チー牛男子はチー牛魔王に成り果てました〜妖魔の力を得たチー牛男子は強者たちを捻じ伏せる～

第３話 少女の正体

　「父上のからのうつわ…？」

　目の前にいる謎の女の子はたしかにそう言ったが誰１人としてその意味を理解できなかった。

　麻生（まおう）がぽつねんと女の子を見ていると１人の男が女の子の前に近寄っていった。

　「おいコスプレの嬢ちゃん！向こういってろケガしたくねぇだろ」

　「オレたちはチー牛魔王を退治してんだよ。言わば正義の味方孫悟空だぜ」

　「アハハ！正義の味方がカツアゲとか笑えるわ」

　女の子の前で牛魔王退治だなどと言って大笑いする男たち。

　しかし女の子はその言葉を聞いてもただ静かに俯（うつむ）いて去る様子など微塵もなさそうである。

　「さぁ帰れ帰れ！チー牛魔王退治の邪魔だ」

　帰れと再三に促す男たち。

　しかし女の子の様子は先ほどまでと少し違っていた。

　俯（うつむ）きながらワナワナと小刻みに震えている女の子。

　何やら殺気立っているようにも感じる。

　「ん、なんだ怒ってんのか？」

　「おい、もう良いからつまみ出せ」

　「あいよ」

　男は仲間に言われるままに女の子の手を掴んで路地から連れ出そうとした。

　しかし女の子は動こうとせず何かを静かに呟いている｡

　『おいたわしや…』

　「は？タワシ屋がどうしたって？」

　麻生（まおう）にはタワシ屋ではなくおいたわしやと聞こえた。

　女の子は一体、何がおいたわしいというのか。

　麻生（まおう）が女の子を不思議そうに見ていると女の子は続けて何かを呟いた。

　『人間などにこうも馬鹿にされるとは』

　「嬢ちゃん大丈夫か？アニメの見すぎで頭がおかしくなってんじゃねぇの？」

　『おいたわしやおいたわしやおいたわしや』

　「おっおい…そんなにタワシ屋に行きたいのか」

　頭を抱えておいたわしやと連呼する女の子。

　「ひぃっ！！」

　今だにタワシ屋だと勘違いする男も女の子の奇行にようやく只事ではないと気づき思わず手を離した。

　次の瞬間、女の子は勢いよく顔を上げて怒号をあげた。

　『ゆるさん…許さんぞぉぉ！！』

　怒号が路地にあるあらゆる物を揺らした。

　目が血走り長い髪が怒髪天を突いている様（さま）に男たちは倒れ込み怯えだした。

　「や、やべぇ！逃げよう」

　「キチガイだ！」

　２人の男が即座に立ち上がり女の子から逃げようとした。

　しかし男たちが女の子の横に差し掛かったとき、突風が路地を駆け抜けた。

　その突風は麻生（まおう）のいる場所だけを避けて路地のあらゆる物と男を吹き飛ばした。

　「な！何だ！？」

　胸ぐらを掴んでいる男は麻生（まおう）の近くにいたので無事だったが仲間が吹き飛ばされて取り乱していた。

　「お前がやったのか…」

　男が女の子に尋ねると返ってきたのは質問に対する答えではなかった。

　『その手を離せ』

　女の子の殺気が自分に向けられたのを感じた途端に男の全身から汗が吹き出した。

　『さもなくば殺す』

　その一言に男は慌てて手を離す。

　恐怖で魂が抜けたように顔が青くなった男は倒れている仲間を置いてとぼとぼと重い足取りで路地から逃げ帰っていった。

　そして路地には麻生（まおう）と女の子の２人になり先程までの喧騒が嘘のようにしんと静まりかえった。

　雨音が大きなったように感じる。

　「あ、あの…ありがとうございました」

　麻生（まおう）は雨音にかき消されそうなくらいの声でボソボソと女の子にお礼を言った。

　すると女の子はニヤリと笑みを浮かべた。

　明らかに人のものとは違う八重歯がチラリと見えた。

　「あ、あのアナタは何者なんですか？」

　麻生（まおう）は恐る恐る女の子に尋ねてみた。

　すると女の子は妖艶な雰囲気を纏い静かに語りだした。

　『ワタシは牛魔王と羅刹女の娘―――小・羅刹（シャオ・ラセツ）だ…』

　路地に吹く風で女の子の髪がなびく。

　牛魔王と羅刹女の娘だという女の子の正体に麻生（まおう）は呆然自失して固まっていた。