2 最低な家賊

 「うっす、戻って来たぜ」


 「あらユウマちゃん、早いわね。

 おばあちゃんがいるよ!」


 家賃7万、2Kのボロアパートのドアを開けると、そこは香水地獄だった。

 この身体は嗅覚に優れているので、本当につらい。

 リビングを覗くと、ソファには母のさつきと祖母の川端スエコ、叔父のミノルが座っていた。

 悪臭のもとは祖母、齢60を突破しても化粧に余念のない吸血鬼のものであった。

 招かれざる客、親戚とは思いたくもない糞ども。


 おれは黙って自室に入り、ドアを閉めた。

 机を動かし、ドアにくっつける。

 さすれば怪力デブのミノルも入って来られないだろう。


 「ちくしょう、腹が減った」


 かび臭い煎餅布団に横になりつつ、おれはつぶやいた。

 今日の給食は、おれの分だけなかった。

 給食係が他の奴らに配ってしまったから。

 いじめはなにも、山田らに限ったことではない。

 担任の杉田先生は見て見ぬふりだ。

 この女、政治活動(?)には熱心らしいが、教師としての仕事は放棄している。

 いわば、給料泥棒だ。

 日〇組の幹部の娘という噂もあれば、宗教団体の教祖の娘という話も聞く。

 いずれにしても、普通の女ではない。

 いじめの相談をしたが、自己責任だと突っ返された。

 まあ、山田らが街の有力者の子弟なので、逆らえないのかもしれない。

 でも一応教師なのだから、少なくとも暴力だけはやらせないようにしてもらいたかった。


 腹がクーッと鳴る。


 「何か食いてえ。

 でも、川端の婆と会うのやだしな」


 台所とリビングは同じ場所にある。

 婆とその息子に会うのだけは避けたい。

 おれが連中を嫌ってるのには訳がある。


 スエコは昔、横須賀でパンスケをしていた。

 その時生まれたのが一番上の伯母・エレナだった。

 真偽はともかく、ロシア系アメリカ人とのハーフらしい。

 きれいだったが、おつむは空っぽでセンチとミリの違いも知らない人だった。

 あだし男に騙され、母親同様売春婦に身を落とした挙句エイズで死んだ。

 婆さんは器量自慢で口がうまく、窃盗と詐欺で数回逮捕歴があった。

 二番目の伯母も私生児で、残念ながら太った不器量な娘だった。

 (サトと名付けられたこの伯母は16歳で家出し、今は川崎で黒人と同棲している)


 その後酒場で酔いつぶれている公務員をうまくだまし、スエコ婆は三十路にして晴れて籍を入れることができた。

 おれの母と叔父のミノルはこの二人から生まれた。


 母のさつきは、若い頃着物のモデルをしていたという色白美人だ。

 リビングのキャビネには、彼女の栄光時代の写真が飾ってある。

 大手通信会社の重役だった父・黒木静磨しずまと結婚し、おれが生まれたという。

 その際黒木家から猛反発を食らい、入籍後10年で別居してしまった。

 離婚はしてない。

 母が承知しないからだ。

 原因は彼女があまりにもバカだからだと思う。

 まあ、父も同じ会社の若い女にお手付きしてたらしいが(笑)。

 女は容姿が重要とされるが、それがすべてではない。

 頭のよさや経済観念が問われるのだ。


 いじめのことは母にも相談した。

 しかし、彼女はブヒッと笑ってこう一言。


 「ユウマちゃん、そんな悪い子なんているわけないでしょ。

 思い過ごしよ、考えすぎ。

 人間みんな仲良しなんだから。

 それに山田君って、あのきれいな感じの子でしょ。

 ママ好きだな、ああいう感じの男の子。

 ユウマちゃん、あの子ともっと仲良くしなさいよ、もったいない」


 冗談じゃねえ!

 何が仲良くしろだ!

 下手すりゃ殺されちまうだろ!


 ということで、とっくの昔に親に相談するのはあきらめた。

 おれが今の場所に越してきたのは小学校5年の秋だ。

 それまで東京の渋谷にいた。

 両親の別居の際、スエコ婆の実家の近くに引っ越してきたのだ。

 都会から北関東の寂れた閉鎖的な街に来ざるを得なかった子供の気持ちを考えてほしい。

 店は8時には閉まってるし、コンビニは少なく、ヤンキーだらけ。

 教育水準は低く、教師は糞左〇だらけ。

 ガキどもは小学生のころから刃物を持って暴れたり、女の子に卑猥な言葉を投げつけたりしている。

 教師は笑って見てるだけ。

 信じがたい話だが、日本の僻地では令和の今、こんなことが起きているのです!

 

 父はおれの養育費だけは払ってくれている。

 しかしそれすら元売春婦のスエコ婆に吸い取られている始末である。

 母のさつきはそれを親孝行と言い、ミノル叔父は40過ぎなのにいまだに無職ニートで、姉の金にぶら下がっている状態だ。

 こいつは本当のクズで、来るたびにおれの部屋に侵入し売れる物はすべて盗んで持って行ってしまう。

 母からプレゼントされたニ〇テンドース〇ッチを転売されたときは、さすがのおれも殺意を抱いた。

 しかし、彼らは気にしない。

 母は馬鹿みたいに笑ってるだけだし、スエコ婆は叔父さん孝行しなさいの一点張り。

 今の自分は情けないことに孤立無援、四面楚歌の状況だ。


 「死ねよ売女」


 おれはそうつぶやき、寝返りを打った。

 ゲームもラノベもない、殺風景な4畳半の部屋。

 すべてミノルに持っていかれたからだ。

 幸いなことに(?)教科書ノートや参考書はそのままだ。

 ミノルは頭が悪く、勉強が嫌いだから手を付けたくないのだろう。


 「勉強でもすっか」


 おれは数学の参考書を拾い、方程式を解きはじめた。

 簡単すぎてつまらない。

 あっという間に勉強を終えた。

 脳の回転がだいぶ良くなったようだ。


 リビングで重いものが倒れる音がした。

 ミノルのバカが暴れているのだろうか?

 関わらないように息をひそめていると、母がすごい勢いでノックしてきた。


 「ゆ、ユウマちゃん、大変よ」


 美人だが知性に欠けるさつきは涙声だ。


 「おばあちゃんが倒れちゃった!」


 「は?」


 「どうしよう!」


 頭痛がした。

 さっき死ねとか言ったが、まさか・・・。


 「救急車は呼んだ?」


 「うん」


 さつきは涙をふき、5歳児のように素直にうなずいた。


 「ミノルちゃんが付き添うって」


 「クズニートなんだからそれぐらい当たり前だな」


 「もう、ユウマったら!」


 いきなりビンタされた。

 母の目が怒りできらきらしている。

 もうたくさんだ。

 頭が極端に悪く感情的で、親孝行だの奉仕だのとがなりたてる。

 家事など一切やらないので、夕飯はいつもレンチンかインスタントか菓子パン。

 基本的にゴミ屋敷、大家に怒られること度々。

 

 「家族ごっこはごめんだよ。

 家の金、婆どもに横流ししやがって。

 これじゃあ家賊だ」


 そういうと、さつきははっとしたように目をぱちくりした。

 ふらふらとリビングに戻っていく。


 救急車が来たのはそれから15分後。

 婆さんは脳梗塞で入院するらしい。

 死ななくてよかったと思う反面、まさか自分の言葉が・・・と恐ろしくなった。

 それに入院費は誰が支払うというのか?

 ミノルは無職ニートで無収入。

 うちからふんだくった金と婆の年金で暮らしているざまだし。

 最悪の場合に備えて行動しなくてはいけない。


 「呪い・・・魔法じゃないだろうな」


 がらんとしたリビングで呟いてみる。

 婆とミノルが救急車に乗った後、母のさつきも彼らを追った。

 泊まりで付き添いするらしい。


 「コンビニにパンでも買いにいくべ」


 料理はできるが、材料がない。

 それに店は早く閉まってしまう。


 「変な一日だったな。

 目覚めたらおれはここにいた。

 呪いだか魔法だかを使えるようになって・・・」


 心の中で、体よ浮かび上がれと念じてみた。

 おれの頭は勢いよく天井に衝突した。

 痛い。

 魔法が使えるようになったのは夢ではない。

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