第5話 修道院付属女学院の思い出と粉飾決算

ちなみに私に家政の才能はない。女学校で多少は教わったものの、他の生徒に比べて、格段に才能がないことは明白だった。


ついでに言うと、女学校へは行きはしたものの、通っていた期間はわずか一年。

それ以上は、学費の捻出ねんしゅつが出来なかったのだ。


それに、やたらに厳しい先生と校則にすっかり嫌気がさした。


ただ、全員女子なので、友達は大勢出来て、授業中以外はしゃべったり笑ったり、それはそれは大騒ぎだった。


派閥は当然あり、私はナンバーツーの侯爵令嬢の派閥のメンバーに属した。


いい、悪いはとにかく、派閥闘争というのは(その時は真剣で、後になってみると笑えるのだが)楽しかった。

人間、敵を作らないと面白くないというのか、刺激がないというのか、派閥闘争は、女子学生の真剣な生活の一要素なのです。(断言)


これは社交界でも通じる普遍的な理論だと思う。


派閥を組まずして、ヘロヘロ態度を留保している人間なんて信用できない。


私の役割は、相手を論破するとか論破のための理論を構築するとか、そう言う口から先に生まれたみたいな特性を活かしての貢献だった。(断じて家政ではない)




今から考えたら、あれが人生の花だったかも知れない。


相手が女だと、すっっごく楽。


考えそうなことの見当もつくし、最悪、武力闘争に発展しても負けることはない。


理由がつけば、ナンバーツーの侯爵令嬢の一味が救出してくれる。


私闘はどこでも許されないが、派閥のための争いは神聖なのだ。


メンバーが揃って、ナンバーワンの公爵令嬢一味と対決する時は、やるぞーっと気合が漲る。



たいていはその後、修道女の皆さん方からの説教と、自己反省のための祈祷が待っていた。


「何を、あんな売れ残り集団!」


「私たちは、イケメン殿方にモテまくって見せるわ!」


「人生の勝利者になるのよ!」


「やるぞー! おー!」


なつかしいわ。



私こと、シャーロットは、皆様方に遅れることほぼ二年(多分、平均で)、現在(母の弁によると)首尾よく人生の勝利者のタイトルを獲得した。


すなわち結婚歴だ。


「やるぞー! の方はちょっと無理だったけど」



考えてみたら、旦那様はなかなか良い人だった。


あの場で強姦されてもおかしくなかったのに、別人だとバレたのか、それとも嫌気がさしたのか、とっとと出て行ってしまった。


「せめてご恩返しをしなくては……」


私に夫人の称号を一時的にせよ授けてくれた得難い人である。


男性だという以外に、問題はない。


人生の大失敗と思っているだろうことを考えると、(本人の勘違いのせいとはいえ)何かお返ししたい。


本日も騎士様は、朝早くからお城に出勤された。


本来は新婚休暇だったそうですが、お仕事が忙しいので、出勤されるそうで。お勤めご苦労様です。


頭が下がります。


同じ家屋の中に居なくて済むので、本当に嬉しいです。





私は苦手な家事に着手することにした。


と言っても、拭き掃除や掃き掃除は、大の苦手。公爵令嬢一派としょっちゅう闘争を繰り広げる罰として、労働を申し付けていた修道女の皆様方さえ、私には、単純労働一択を命じたくらいである。


トイレの奥に台所があったら、トイレ掃除を先に済ませ、その雑巾で皿を拭くのは場所の順番から言って当然ではないかと反論したが、おぞましい悪魔を見たかのような顔つきをされて、追い出されてしまった。


以来、家事には自信がないので、帳簿のほうを観察することにした。


二人の女性使用人、特に料理番のメアリは、それがとても気になったらしく、チラチラ見にくる。


「私、帳簿はさっぱりなのよ。なんだか、よくわからないわあ」


というと、忙しいはずだのに、お茶とお菓子を持ってきてくれて、食堂で一休みされてはいかがでしょうという。


「きっと、昨夜はお疲れのことと思いますし」


それ、嫌味?


嫌がらせ?



しかし、私は女学院でいじめや闘争には筋金入りの戦闘員だ。


そんなものにへこたれたりはしない。


「じゃあ、そこに置いておいて」


というと、どういうわけか顔が真っ青になった。



彼女を書斎から追い出して、帳簿なんか見るのは初めてだったが、尤もらしく眺めていると、気がついたことがあった。


「うん。これは確かにおかしいわ」


誰も居ないのをいいことに、バリバリお菓子を食べながら、ぐいぐいお茶を飲んで、私は計算しまくった。


家事の成績は常に落第スレスレだったが、それ以外の成績は比較的良かったのである。


「監督者って大事よね」


思うに旦那様は、忙しくてこんな所まで手が回らない。それに大体、大根一本買ったことがないのではなかろうか。


「メアリのやつ、相当誤魔化していたわね」


大体、倍ほどの費用を請求していた。


おそらくアンもグル。


そもそもこの家に二人も女中はいらないだろう。

洗濯物も外に出していたようだし、この女二人は一体何をしていたのだろう。



こっそりと書斎を抜け出て、台所の方に向かうと、メアリとアンが大声で話をしていた。


「奥様はどうして帳簿になんか興味を持ったんだろうねえ!」


「きっと、旦那様に嫌われたんだよ。だって、昨夜も何事もなかったみたいだし。この家に来てからも、いっつも下を向いてるし。旦那様のお嫌いなタイプなんだろ」


「だけど、それじゃあ、なんで結婚したんだろう」


私の方が聞きたいわ。


「あっちから旦那様に迫ったのかもしれないよ。もう二十近いとか言っていたから、適齢期は過ぎてる、行き遅れだよ。旦那様の方は、早く貴族の令嬢と結婚しないと、親御様がうるさいだろうから仕方なかったんじゃないか。確か、奥様は伯爵令嬢だろう」


「だけど、それにしちゃ、気が弱そうな人だよね。昨日だって、私らに合わせてくれるって、奥様の方から言い出したし」


「もしかして、本当に旦那様に嫌われているのかもしれないね」



私は力一杯台所のドアを開けた。


突然のことに、驚愕する二人。


ふっ


伯爵令嬢だなどと、油断していると、こういう目に遭うのよ。



「メアリ、アン」


私は言った。


「帳簿は見せてもらったわ」


二人は、がたんと音を立てて立ち上がった。


「このゴマカシはどういうこと?」


「ご、ゴマカシなんて……」


「大根一本千円(日本語訳)、じゃがいも一キロ五千六百円(日本語訳)って、どこの世界にそんな高額な野菜があるっていうの?」


「あ、それは、ちょっとお高いお店がございまして、それはそれは良いお品を売ってくれるんです」


「なんていうお店なの?」


「ええと、あの、そう、ジョンの店という名前です」


「では、台所にあった、ポチの店という領収書はなんなの?」


「そ、それは!」



私はここぞとばかりに一歩踏み出した。


「今度からは、買い物の際には、私に買うものを言ってから、お金を受け取って買い物に行くこと。どこのお宅でもそうしています」


「奥様、昨日は、この家のやり方に従ってくれるっておっしゃっていたではありませんか」


私は驚いたようにメアリを見た。


「掃除の仕方や、料理の仕方、食料品の保存や週に何回買い物をすると言ったような細かいことに口を出したりしませんよ。だけど、お金の管理やお客様を招くときは別。あなた方だって、おかしいと思っていたでしょ?」


それでも、メアリはちょっと黙っていた。


「別にいいのよ。大根一本千円を高いと言った、ケチな奥様と言いふらして歩いてもらって構わないわ。あなたがどこか別のところで働きたいなら、紹介状も書いてあげる。ただし、今の話は当然書くわよ」


「そ、それは脅しではありませんか」


「事実を書くなと言うの? 案外、受け入れてくれる家があるかもしれないわ。だけど、メアリ」


私は続けた。


「クビにするなんて言ってないのよ。今まで通り、働いていいのよ。お金の管理は私がするけど、それはどこの家でも当たり前だわ。この家で女二人は多すぎるくらいよ。とても楽な仕事だわ。それも、あなた方はわかっているはずよ。私のことが気に入らなくても、きちんと働きなさい。そしたら、その通りの紹介状を書いてあげる。この家を辞めてもどこかで働けるわ。それなら、あなたも文句ないでしょ?」



使用人を叱る。これは気持ちの問題だ。悪意はない。だが、修正を求める。感情的になってはダメだ。もっとも、私は怒らないタイプだけど。


実家でも、揉め事を起こす使用人は年に何回かは出た。


しっかり言って、ダメな時はやめてもらうしかなかった。


人間、相性があるので、主人のことが気に入らないこともある。だけど、だからって誰かの甘えを許してしまうと、他の者が収まらないのだ。真面目な人間まで嫌気がさして辞めてしまう。


案外、別な奉公先ならうまくいくということもある。



突然、後ろで、低い笑い声がした。


楽しそうで、愉快そうだった。


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