第一章 レイシア5歳 弟1歳

はじめてのお出かけ①

 ターナー子爵領は、ガーディアナ王国の南の端っこにある、そこそこ広い農村地帯。国境はガーディアナ山脈の稜線。山から平地までは森が広がっているが、危険な魔獣など出ることもなく、冒険者達からは『初心者の町』と揶揄されている。

 

 特産品はオリーブやオレンジなどの果実。小麦はそれなりに取れ、最近では養蜂が広がりつつある。山があるので材木や山菜、茸などもとれるが、はっきり言えば目立つ産業もなければ他と比べて珍しい特産品もないありふれた貧乏な領地。


 そんなターナー子爵領にはこんな格言がある。


 『温泉無礼』


「温泉とは裸の付き合いである。どんなに贅を尽くした衣装でも、農民の汚れた服でも、脱いでしまえば何も意味のない布切れではないか。温泉まで来て気を使っても仕方があるまい。悪意のない無礼に怒るとは本末転倒。のんびり過ごすことこそ温泉の本懐。皆好きに寛げ、無礼講じゃ〜」


 と、初代領主が『温泉の中では皆平等宣言』(ただし男女は別、混浴禁止)をしたため、領内専用公共温泉では領主も官僚も町人農民全てが裸の付き合いをし、下々の愚痴や困りごとを官僚がすぐ気付き政策に活かせるというとんでもないシステムが出来ていたのである。が、温泉は王国ではターナー子爵領にしかなく、領主も入るため領民限定として秘守。他領冒険者や商人はターナー子爵領に来ても温泉と言う存在は知らないまま、宿屋でタライの水で体を拭くか、川で水に浸かるかだけ。


 そんな貴族と領民が当たり前に触れ合っている、なんとも珍しい領地で、父クリフト・ターナー 母アリシア・ターナーに愛されながらレイシアは生まれ育った。


◇ ◇ ◇


 5歳の誕生日を終えた翌日、朝食を食べ終わったレイシアに、お母様のアリシアは微笑みながら言った。


「今日は教会に行くのよ。レイシアは教会で洗礼を受けるの。お母様が選んだ綺麗なドレスにきがえましょう」


 「教会って絵本に出てくる建物?どこにあるの?お外に行くの?」

 興奮したレイシアは心の中で叫んだ。


 (わたし今日、はじめてお外にでるんだ。絵本で見たようにキレイなとこなのかな〜)

そう思うと飛び跳ねずにはいられなかった。


「まあまあ、レイシアったら」

 お母様は微笑んだ。


 メイド達がレイシアを衣装部屋に誘導する。しばらくして可愛らしく着飾って出てきたレイシアを見てお父様のクリフトは、


「素敵になったねレイシア。これからは一人前のレディとして扱わなければ行けないね」


と笑いながら、レイシアの隣に立って、手のひらを差し出した。レイシアは少し戸惑っていたが、ふと気がついた。


 (これは、いつもおかあさまにしているよね。おかあさまはたしかこうして……わたしはおかあさまのように、にっこり微笑って手をのせた。これでいいの?)


 レイシアはドキドキしながら父の顔を見つめた。


「よくできたね。これは、エスコートと言うんだよ」

 おとうさまに褒められ、エスコートを教えて貰ったレイシアは、


 (わたしはレディになったんだ)


と不思議な気持ちになった。


 (初めて馬車に乗ったよ! 楽しい! お馬さんが箱を引っ張って、歩かないのにわたし勝手に進んでいるんだよ。ナニコレ楽しい〜)


 初めての外出、初めての馬車。レイシアのレディの仮面は一瞬で外れた。馬車の中では興奮しまくってずっと喋り続けていた。


 教会に着いた。レイシアは馬車から飛び降りようとしたが、お父様に止められた。


「レディはおしとやかに降りるんだよ」

とエスコートされた。


 慌ててレディらしく振る舞おうと頑張ったが、無理だった。教会を見たら興奮せずにはいられなかったのだ。


「おかあさま、絵本とおんなじです」


 何度も絵本で見た教会が目の前にある。その感動と興奮でレイシアはクルクル回った。


「すごいすごい、わたしホンモノの教会にきたんだわ」


 両親は微笑みながら、レイシアが落ち着くまで見守った。レイシアの興奮が解けたのを見計らって言った。


「さあ、教会に入ろう。いいかい、私の小さなレディ。教会の中ではお喋りしてはいけないよ。静かにするんだ。約束できるね」


「分かりました。おとうさま、おかあさま。わたしはレディとしておしとやかになります」


 大人びた口調でレイシアが言うと、お母様は「まあステキね」と言って微笑み、お父様は「ではエスコートをしましょう」と言ってレイシアに手を差しのべた。


 レイシアは父の手を取り、教会へ入って行った。

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