伝説の初配信、その後

 イセルの初配信は成功した……いや、成功しすぎてしまった。

 ちょっと前のチャンネル登録者数は300人だったのだが、それが今や30万人だ。

 しかも絶賛増加中である。

 今の牙太の心境をたとえるのなら、こぢんまりとした地下アイドルをプロデュースしたら、いきなり武道館へ行っていたようなものである。

 ダラダラと変な汗が出てくる、なんなら耳から脳みそが流れ出てしまいそうだ。


「……社長? 牙太社長? 聞こえていらっしゃいますか?」

「はっ!? 秘書子くん!! き、聞こえているとも……! 何の用だい!?」


 どうやら事務所の中で秘書子に喋りかけられていたようだ。

 牙太は頭をブンブンと振って平常心を取り戻す。


「〝ファンメール〟が届いています」

「ファンメール!? そ、それはアレか! ファンの方がメールを送ってくるというやつか!」

「はい、その通りでございます」


 牙太も送ったことがあるのでわかる。

 かなりの情熱がないと送ることができない、熱心なファンの証だ。

 これは嬉しい。

 イセルにもあとで教えてやろう――と思ったところで、気が付いてしまった。


「あれ……? まだファンメール用のアドレスを公開してないよな? つまり……」

「政府からのファンメールです」

「ナイスユーモア」


 嫌な予感しかしない。


「要約すると、当事務所、所属タレントの森焼イセルが配信で政府の機密を漏洩した件についてです」

「あ、俺死んだなこれ」


 政府の陰謀を明かしてしまった者は、映画では大抵処分される。

 運が良くても、黒スーツにピカッと光を見せられて記憶消去だ。


「短い間でしたが、くそお世話になりました!!」

「いえ、牙太社長に今お辞めになってもらっては困ります。というか、もう〝辞める〟という選択肢がなくなりました」

「……は? どういうこと……なんだろう……」


 そこから秘書子が順を追って説明してくれた。

 まず、政府のお偉方もイセルの配信には注目していたようだ。

 なにせ、この配信でこれからの地球の運命が決まると言っても過言ではないからだ。

 それほどに大事な試金石。

 お年を召した方々が多いのでVTuberというモノはわからないが、異常なまでに注目されているというのは聞いていた。


 そして、そこであけすけに話される政府の機密。

 異世界人によるVTuber配信、魔力を集めるという目的。

 その場は混乱を極めた。

 今すぐにYotubeに介入してサイトを停止させるか? 視聴者一人一人を特定して処置をするか? それとも、それとも――……という大きすぎる地球の命運をかけた、無駄に権力を振るうバカバカしい提案がなされた。

 もちろん、最終的にそんな冗談のようなものが通るはずないのだが、記録に残らない現場というのは大体こういうものである。


 しかし、一人がコメント欄の反応に気付いたのだ。

 あまりにもスケールが大きすぎて、ウソだと思われている。

 これは使えるとなった。

 過去、宇宙人と接触した際も、わざと陰謀論などで宇宙人との接触を流すことによって、漏れ出てしまった些細な証拠などもお茶の間のゴシップとすることができたのだ。

 いつか公開するときがきても、宇宙人という存在が慣れ親しまれていることにもなる。


 そこでイセルの配信を見逃す事にしたのだ。

 これはいつか、異世界人との協力体制を公開するときに役立つだろう、と。


「よ、よかった……」

「そして、同時に牙太社長のお顔と声も公開されてしまったので、もう社長交代はできません」

「……よくなかった」

「『これからも牙太社長は、異世界ライブの〝顔〟として頑張ってくれ』とのことです」

「ぐぁぁぁあああ!! あの野郎……イセルぅぅぅぅうう!!」


 丁度、獣のような叫びをあげたところで、事務所の入り口からイセルが入ってきた。

 どうやら日帰りの異世界転移から戻ってきたようだ。


「ん? 牙太、呼んだか? それにしても、初配信は思ったより楽勝だったな! 妹にも成果を報告したらとても喜ばれて――」

「そうかそうか……楽勝だったか……イセル……」

「ど、どうした? 何か眼が怖いぞ?」

「それなら、次の配信からはビシバシいくからなぁぁぁああ!!」

「お、おい待て……自分なにかしてしまったか……? 身に覚えがないのだが――」

「人の顔面を100万人に晒しておいてなに言っとんのじゃー!!」


 異世界ライブ事務所の中に、牙太の泣き叫ぶ声が響き渡った。

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