チュートリアル・バトル

 車でやってきたのは、東京都心の箱愛町はこめちょうでも人気ひとけの少ない場所だった。

 そこから降りて、薄暗い路地裏へ入っていく。


 先頭を行くエルフの姫――イセルは慣れているようでズンズンと進んでいた。

 あとから付いていく秘書子、さらにその背中を追う不安げな牙太。


「……ここに何があるんだ」

「ここにあるのは結界です」

「結界……? 天球世界で聞いたことがあるな……」


 結界とは、魔術などによって発生する〝壁〟である。

 牙太が見たことがあるものだと、見習い魔術師が盾サイズのもので炎を防いだりしていた。

 結界が〝ここにある〟という表現をしていたので、もう少し規模が大きくて建物を覆う上級魔術の部類かもしれない。


 先を行くイセルが、突然空間に飲まれたように消えたので、そこが境目らしい。

 秘書子も入っていったので、牙太はギュッと目をつぶり、意を決して飛び込んだ。




 最初に感じたのは空気だ。

 肌に触れるそれは禍々しく、生き物の気配を否定するようだった。

 次に瞼を開けた牙太の目に映ったのは、豹変した世界だった。


「……こ、これが結界!?」


 抽象画のような不思議な色使いになってしまった空はよどんでいるが、牙太たちを照らす明るさは変わらない。

 周囲に見える建物だけがそのままで、何かが明らかにおかしい。


「これは地球と天球で共同開発した世界級結界――〝カクリヨ〟です」

「カクリヨ……?」

「今から戦うモノを閉じ込めておくためのものです。稼働限界があるので……イセルさん、頼みました。我々以外のヒトはいないはずです」

「人間風情に指図されなくとも、やってやろうではないか」


 牙太は状況を飲み込めないのだが、質問攻めにして時間を取らせてもまずいようだ。

 三年ぶりに聞いた、イセルの相変わらずの声と態度に飽き飽きしながらも、今は見学に徹する事にした。

 街並みに現れたのは人々ではなく、牙太が天球世界で見てきた存在だった。


「アレは……モンスター!?」


 マガツカミが原因で生み出されるという、不気味な魔力を纏う凶悪な存在だ。

 メジャーなものだとゴブリンやオークだが、今集団でやって来ているのは〝人面樹〟と呼ばれる樹木モンスターで、兵士の格好をしている。

 地球世界ではモンスターのことはニュースにもなっていなかったため、ひどく驚いてしまう。


「なんでこんなところにモンスターがいるんだ!?」

「少し前から出現していましたが、各国によって対処と秘匿されていただけです」

「こ、このカクリヨっていう結界で隠していたのか……」

「そうです。そして、今から対処が始まります」


 対処というのは、天球世界でもやっていたようにモンスターを討伐することだろう。

 イセルは〝力ある言葉〟を放った。


「我は育み、我は滅ぼす……。魂を燃やせ、カソウシン#サラマンダー!」


〝カソウシン〟とは、天球世界で一部の適性がある者が使える強力なエンチャントである。

 イセルの身体に火の魔力が集まり、硬い鋼鉄を形作っていく。

 まず飛び込んできたのは鎧を彩るメタリックレッドだ。

 黒と黄色がサブカラーとして配色され、何か警告色のような危険な雰囲気を醸し出している。


 手には、一四〇センチのイセルには不釣り合いなほど巨大な大剣。

 纏っていた炎の渦が消え去ると、イセルの蒼い眼と金色の髪は燃えるような赤に染まっていた。

 一言で表現するなら、それは〝変身〟だった。


「か、かっけぇ……!」


 イセルにはあまり良い印象はなかったが、牙太も男なのでこういうのには弱い。


「女の子に金属鎧、小柄なのに大剣、大胆なカラーチェンジ……。中身はともかく、外見はすごく良い!」

「……中身はともかくだと?」

「あ、いや、何でもない……よ……」


 イセルの赤くなった瞳でギロリと睨まれると、牙太はあまりの圧にたじろいでしまう。

 元々の威圧感はあったのだが、変身した姿はさらに『逆らえば殺す』という雰囲気を感じてしまうのだ。


「ハァッ!」


 イセルは人面樹兵士の群れの中に飛び込み、大剣を横薙ぎにする。

 なぎ払われた人面樹兵士は吹き飛び、千切れ、燃え上がり――瞬く間に数を減らしていく。


「見た目だけじゃなく、圧倒的な火力だな……」


 思わず戦いっぷりに見惚れてしまうほどだ。

 そのため注意力が散漫になっていたのかもしれない。

 秘書子がいる方向から、人面樹兵士の数体がこちらに近付いてきていたのだ。


「っ! 危ない、秘書子くん!」

「きゃっ!?」


 人面樹兵士の触手が鞭のようにしなり、秘書子を狙っていた。

 先端の音速を超えるそれを食らえば、骨くらいは簡単に砕けるだろう。


「だ、大丈夫ですか?」

「平気……平気……。向こうの戦場で鍛えてたから……!」


 間一髪、牙太は秘書子をかばうことに成功していた。

 魔力強化した腕で防いだのだが、正直なところ死ぬほど痛い。

 普通に動かせるので神経や骨にダメージは受けていないため、やせ我慢で必死にごまかす。


(社長ロールプレイしなきゃな……)


 牙太は自分の役割を思い出して、キリッと表情を作った。


「俺は社長だ。社員やタレントには指一本触れさせない!」

「……」


 チラッと秘書子の方を見てみると――ポカンとした表情だった。

 これはやらかしてしまったな、と後悔しながらも、危機的状況ではあるのでマジメに戦うことにした。

 と言っても、ここは天球世界ではない。

 帯剣しているわけでもないし、イセルのように武器を呼び出すこともできない。

 そこらへんに放置されていた鉄パイプを拾い、魔力で強化して構えた。

 地球は空気中の魔力が薄い気がして、とても心もとない。


「こ、こんな物で何とかなるのか……!?」


 人面樹兵士を鉄パイプで殴るも、よくて腕の一本をへし折って相手を怯ませるくらいだ。

 イセルのように無双している方がおかしい。

 それに初めて戦うモンスターの種類というのもある。

 予想外の瞬発力で人面樹兵士が飛びかかってきた。


「しまった!?」


 牙太社長、就任一日目にして死亡――とはならなかった。

 パンッ! という軽い破裂音が響き、人面樹兵士が体勢を崩して倒れた。

 何か聞いたことがある音だ。

 それも天球世界ではなく、FPSや映画やドラマなどで。


「発砲します。ご注意を」


 秘書子が構えているのは黒いハンドガンだった。

 どこかの軍隊で使っているやつだ。


「……ずっと銃、持ってたんですか!?」

「はい、対人用です」


 牙太と一緒にいる間に持っていた対人用の銃……それを誰に使おうとしていたのかを考えると冷や汗が出てくる。

 それと同時に、モンスター相手に銃が効くのなら、秘書子に任せてしまった方がいいのではという考えも浮かんだのだが――


「どうやら9ミリ弾では動きを止めるくらいが精一杯のようですね」


 ハンドガンで撃たれても、人面樹兵士はすぐに立ち上がってきた。

 弾が表面で止まっていて貫通していない。

 魔力が込められた攻撃でないと、魔力防御を抜けないらしい。


「でも、衝撃だけでも与えているから……」

「強引に相手を倒すには、もっと大火力を持ち込む必要がありますが、それは現実的ではありませんね。以前、天球世界とも交流がない頃、米軍はたった一グループのマガツカミとモンスターを倒すために広大な土地を焦土にしたらしいです」


 言葉にはしていないが、たぶん核攻撃でも行ったのだろう。

 それくらいの脅威だというのは牙太も、あちら側の世界でわかっている。

 現代兵器なら――と一抹の希望を幻想として持ちたかっただけだ。


「くそっ、倒しきれない!」


 牙太の鉄パイプと、秘書子のハンドガンでは防戦一方だった。

 ジリジリと追いつめられるような形になったのだが――赤い一閃が迸った。


「これで倒しきったぞ、人間」


 燃え上がる人面樹兵士たちの背後から現れたのは、カソウシン#サラマンダーによる変身を解除して、ちびっ子ながらも見下すような視線のイセルだった。


「貴様ら種族は足手まといにしかならんな」

「くっ、反論できない……!」

「今回は突発的な見学目的なので仕方がありませんよ。それに森焼イセル様なら私たち二人がいても平気だと思っていましたから」


 褒められたイセルは後ろを向いてしまい、『フンッ』とツンツンするだけだった。


「メッチャ嫌われてるな……。秘書子さん、俺はいらないんじゃ?」

「いえ、牙太社長は絶対的に必要です。なぜなら――」


 丁度、そのタイミングでイセルがフラッと倒れそうになる。

 牙太は『危ない!』と叫び、急いでイセルを抱きかかえるように受け止めた。

 どうやら気を失っているようだ。


「――先ほどの変身――カソウシン#サラマンダーの力を使うには膨大な魔力が必要となり、それを補給する一番効率の良い手段が〝VTuberによる配信〟だからです」

「……まじ?」

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