*16* 入学式

 淡い青空が澄みわたる朝。

 ひとしきりさえずった小鳥たちが、八重桜の枝で羽休めをしているころ。


ととさまぁ……」


 畳にへたり込んだ鼓御前つづみごぜんは、潤んだ紫水晶の瞳で、障子をあけたかつての父を見上げた。

 居間をおとずれた桐弥きりやはというと、その日はじめて目にしたむすめとそろいの紫の双眸を、険しく細める。


「なんだその格好は。丈が短すぎる」


「まったくでございます。すぐに『典薬寮てんやくりょう』の縫製局ほうせいきょくへ苦情と、制服のつくろい直し要請を入れておきます」


 鼓御前が着ていたのは、白を基調にし、差し色に緋色を取り入れたセーラー服。

 一見して巫女装束を思わせる清純なデザインを装いながら、スカーフと同じ緋色のプリーツスカートは、ひざ上よりはるかに短い。

 いくらなんでも短すぎる。これでは見えてしまう。なにがとは言わないが。

 はりきって鼓御前の身支度を手伝っていたひなも、いまでは笑みという笑みを削ぎ落とし、桐弥に同意を示す。目は完全に据わっている。


「はしたないなまくら刀で、ごめんなさい……」


「おまえが謝ることじゃない」


 殺気立つ桐弥とひなに畏縮してしまったのか。鼓御前のうなだれた頭を、ひとつ嘆息した桐弥がなでる。

 ひなが用意した黒タイツのおかげでギリギリ許せるが、あれがなければ鼓御前を外にも出さなかっただろう。

 どこの馬の骨とも知れん野郎どもに、かわいいむすめの素足を見せる義理など存在しないからだ。


「おまえは僕が打った最高の刀だ。必要以上にじぶんを卑下するな。低俗な人間どものことなど顎で使う心づもりでいろ」


「えっ? それはさすがに……」


「いいな、てん


「は、はい、父さま!」


 真顔の桐弥に押し切られてしまった。

 反射的に返事をした鼓御前は、このときになってやっと気づくことがある。


「あのう、父さまも見慣れない『着物』をお召しになっていますが、今日はなにかお祝い事でもあるのでしょうか?」


 鼓御前のいう『着物』とは、桐弥が身にまとった学ランのことだ。

 紺青生地の肩まわりがぱっくり割れており、下に着たワイシャツがのぞくさまなどは、狩衣かりぎぬの意匠を彷彿とさせる。


「えぇ、もちろん。本日は鼓御前さまの晴れ舞台でございますからね!」


「わたし?」


 高らかに声をあげるひなを前に、鼓御前が首をかしげたことは、言うまでもない。



  *  *  *



 国立神梛かんなぎ高等専門学校。

 表向きには慎ましい神道系の学校を名乗っているが、しかしてその実態は、対〝ヤスミ〟用の戦力、いわゆる『武装神職者』を育成する『典薬寮』直轄の極秘機関だ。

 言わずもがな、学生や教員をはじめとした関係者は、ことごとくが霊能力者である。


 卯月のはじめ。例年どおり、厳しい入学試験をくぐり抜けた二十一名の新入生をむかえるはずだった。

 が、新入生のうち一名の欠席、ならびに、急遽あらたに二名をむかえて異例の状況下で式を執り行う旨が、冒頭、学長による祝辞でのべられた。


「それでは、新入生代表にかわりまして、御刀おかたなさま──鼓御前さまに、お言葉を頂戴いたします」


「は、はい……!」


 神棚を祀ったステージ上で、まだ慣れぬ人の足をおぼつかなく動かしながら、鼓御前はなんとか壇上へ向かう。


「えぇと、急なお話だったもので、あまり上手なことは申し上げられないのですが……」


『マイク』というものの前で話すと、声がやたらひびきわたり、恥ずかしいことこの上ない。

 さらに視線という視線を一手に引き受け、気分はもう泣きそうだった。


「ふつつかな刀ではございますが、どうぞよろしくお願いいたしますね。〝慰〟をやっつけるために、いっしょにがんばりましょう。えい、えい、おー! ……なんちゃって」


 気恥ずかしさから、えへへ、とおどけてみせる鼓御前。

 花がほころんだかのごとき可憐な笑みに、一瞬の沈黙後。


「女子だ……しかも超かわいい御刀さまぁ!」


「俺たちのむさくるしい未来に光が!」


「御刀さま万歳! 鼓御前さまばんざぁあい!」

 

 すまし顔でパイプ椅子に腰を落ちつけていた新入生たちが、一斉に雄叫びをあげて歓喜する。


「はい、みなさん。もうじき式が終わりますので、ちょっとだけいいこにしましょうね?」


 が、ステージ横の教員席から、柔和な声音が奏でられ。


「あ、申し遅れました、1年生担任の立花たちばなです。本校はクラスも担任も持ち上がりですので、卒業までの5年間、よろしくお願いしますね?」


 発狂していた新入生は、いそいそパイプ椅子へ座り直すなり、がっくり肩を落とした。

 なぜなら、物々しい竜頭の面をつけ、白衣びゃくえに白袴と全身真っ白の装束を身にまとった男など、この世にはただひとりしか存在しないので。


「『鬼神きしん』が担任とか……終わったな、俺らの人生」


「ほんとそれな……」


 これは、上げるだけ上げて落とされた哀れな少年たちの、辞世の句である。

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