第7話 ステージ2と連休開始!



 時刻は朝の、とても早い時間。庭にいる飼い犬の鳴き声に、瑠璃の意識は何度目かの覚醒を試み始めた。……それともあれは、お隣のマロンの鳴き声だろうか?

 その考えが、完全に少女の眠気のヴェールを取り去った。低血圧の体質なりに気張りつつ、瑠璃はガバッと上体を起こすと、慌ててカーテンを開け外を見遣る。

 外はまだまだ薄暗いが、朝日の気配は街の輪郭を綺麗に浮き上がらせている。


 お隣さんの玄関前の庭先で、幼馴染みの弾美が大型犬を従えて屈伸をしている姿を確認。その雰囲気を察して、自分も散歩に連れて行けとコロンが騒ぎ立てている。

 瑠璃は目覚まし時計を確認、17分もいつもの起床時間を過ぎていた。慌てて窓を開け放ち、弾美に向かってなるべく小声で寝坊をした事実を告げる。

 ここから焦って支度しても、どうしても10分近くは掛かってしまう。


「ハズミちゃん、ごめん寝坊しちゃった。すぐ支度するから、コロンをお願い」


 弾美が軽く手を振り返すのを確認して、瑠璃は大急ぎで窓を閉めて着替えに掛かる。昨日の夜に、ついつい夜更かしして本を読みふけってしまったのが明らかな敗因。

 何にしろ、弾美があまり怒ってなくて良かった。ついでに、コロンの鳴き声も止んでくれた。


 いつものジョギング姿に身を包み、タオルと家の鍵、財布と犬のフンの始末袋を用意。素早く顔を洗ってトイレを済ますと、両親を起こさないように静かに玄関を出る。

 いつもの行為なので、そこら辺は全く淀みは無い。


 出るなり、大型犬のコロンが思いっきりぶつかって来た。この子の甘え癖は、家族一同困ってはいるのだが。取り立てて真剣に直そうと思った事は、実は今まで一度もない。

 犬とはそういうものだと、家族全員が思い込んでいるせいかも知れない。


 小さい頃はそれでも良かったが、今となっては大人が抱え上げるのも無理な程の体格に成長を遂げているコロン。まぁ、愛情表現なのだから目くじらを立てるのも可笑しな話だ。

 お隣のマロンに限っては、そんな癖は全く無いのだけれど。


「屈伸くらいしとけ、怪我するぞ」

「うん」


 弾美が2匹の手綱を操っている間に、瑠璃は簡単にストレッチを済ます。兄弟犬のテンションは引き絞られた弓のげんさながら。弾美の前では、何故か大人しいコロンである。

 それでも走り出すと、いかにも楽しそうにいつもの道を先導する2匹。


 休みの日でも、もちろん犬の散歩は欠かせない。朝の6時起きのジョギングも兼ねるようになって、お隣同士の間で余程の事が無い限りは、休まないルールが出来てしまった。

 正直、瑠璃は早起きが大の苦手だったのだけれど。慣れとは怖いもので、今ではすっかり平気になってしまっている。テスト期間中は、もっと早起きして朝型にしている程だ。

 その効率の良さは、弾美も瑠璃も身をもって体験している。


 そんな訳でいつものジョギングは、軽やかなペースを保ちつつ、毎日通っている目的地へ。2人の通う中学校のすぐ南に位置する運動公園は、朝からジョギングしたり早朝の体操をする人が、連休初日の今日もちらほらと見て取れた。

 広い芝生や小さな運動コート、端の方には散歩コースや子供の運動玩具やアスレチックコースも設置されており、開放感のある清潔に整備された場所である。


 ここに辿り着くまで軽いランニングスピードで、片道10分あまり。その後は、運動公園のジョギングコースを廻ったり、犬達と芝生でかけっこしたり、バスケットコートでシュート練習したり、体操をしたり。

 とにかく2人と2匹は、思い思いに時間を過ごす。


 今日も軽い柔軟体操の後、コートに入ってシュート練習をこなしていた弾美。30分程度でようやく一区切りつけて、休憩のついでにタオルで汗を拭いている。

 コートの端で犬達とボール遊びをしていた瑠璃は、ようやく働き始めた思考を巡らせ、弾美に話しかけた。あまり誘うのが遅れて、変にスケジュールを気にしなくても済むように。

 つまりは、連休中のスケジュールについての計画である。


「今日はこの後どうするの、ハズミちゃん?」

「そうだなぁ……早起きしても、意外にする事ないかもな。夕方までポッカリだ」


 夕方には、散歩ついでにペットショップ店に遊びに行くと言う予定はあるのだが。それ以外は取り立てて予定が無い事に、弾美はちょっとショックを受けていたり。

 普通の休みの日は、何だかんだで友達と遊ぶ予定が入ったりしているのだが。大型連休と言う事で、家族で旅行したり出掛けたりする者も少なくないという周囲の現状をかんがみて。

 特に前もって、こちらから遊びの予定を振らなかった結果かも知れない。


「文化会館で押し花展やってるんだけど、一緒に見に行こうよ。昨日ネットで調べたら、司書さんに誘われた書道展と同じ会場だったの」

「へえ……んじゃ、一緒にまとめて行くか。でも、昼から出掛けるにしてもそれまで暇だなぁ」


 適当に計画を練りながら、公園の大きな時計を見る弾美。帰り支度を始める様子を見て、瑠璃もマロンとコロンを呼び戻す。2匹は仲良くじゃれあいながら、飼い主の指示に従う。

 周囲はまだほんわかとした朝日の明かりのみで、それでも2匹は元気いっぱい。散歩が大好きを、その大きな体躯全体で表現している。大きな生き物の純粋で無邪気な仕草は、それだけで心がホンワカしてしまう。

 リードに2匹を繋げながら、瑠璃は予定の再確認。


「じゃあ、お昼までは何もしない? お昼ごはん食べてから、展示会に行くでいい?」

「ん~、そうだな……そう言えば、早朝なら空いてそうだなぁ、ファンスカの期間限定イベントエリア。

 おおっ、これは逆転の発想かもっ、帰ってすぐインしてみようぜ!」

「えっ、こんな朝から……?」


 弾美は良い事に気付いたと、ズルそうな笑みを浮かべて指を鳴らす素振り。それから勢い込んでマロンのリードを受け取ると、戸惑う瑠璃をせき立てて家路につく。

 ところが弾美は、公園を出る前に思い出したように足を止める。それに合わせて瑠璃と2匹も、立ち止まって弾美を見遣る。弾美は運動公園の端の川べりにあるコンビニを見つめており、何やら暫し逡巡している様子。

 それから瑠璃を振り返って、こんな提案をして来た。


「瑠璃、朝飯買って食べながら、一緒にゲームしよう。金持ってる?」

「あるけど……こんな朝早くにお邪魔して平気なの?」


 特に弾美の家にお邪魔する事に、遠慮する訳ではないけれど。時間から逆算するに、弾美の両親は、今頃丁度起き出して仕事に出掛ける準備をしている筈である。

 朝の忙しいこの時間に、お隣さんだからと言ってのこのこ上がりこむのもどうかと思う。


「別にいいじゃん、親も瑠璃なら何も言わないって」

 

 そう言いながら、財布の催促。弾美は邪魔になるので、朝のジョギングにはお金を持って出ないのだ。仕方ないので、2匹のリードを預かって、弾美に財布を渡す瑠璃。

 その頃には、まあいいかと思い直し始める瑠璃であった。心の中では、小狡い言い訳を浮かべる事に余念がない。昼から遊ぶため、学校の宿題を一緒にするって言えば良いと。

 どうせゲームは2時間で終わるし、その後に本当に宿題もすれば良い。


「サンドイッチでいいよな。飲み物は何にする?」


 ――主犯の弾美に関しては、まるで気にしていないようだったが。




「あら、瑠璃ちゃん。お早う、いつも早いのねぇ」

「お早うございます、律子りつこさん。朝早くから済みません……」 


 弾美の母親の律子さんが、ダイニングで二人を見てちょっと驚いた表情を浮かべる。まだ寝間着姿で、トーストを焼いたりと朝食の支度をしているようだ。

 ちなみに、この律子さん。おばさんと呼ばれるのが嫌で、彼女は瑠璃に自分の事を名前で呼ばせるようにしている。この事実を、弾美も甘んじて受け入れているのは、自分も瑠璃の母親を名前で呼ぶように、本人からきつく命じられているから。

 女性は自分の歳を、一瞬でも若く感じていたいらしい。


「朝食、買って来たからいらないよ。今から2階で、ゲームしながら食べるから」

「あら、そうなの?」

「べっ、勉強もちゃんとしますからっ!」


 あまりに正直過ぎる弾美の告白に、逆に瑠璃が焦って言葉を継ぎ足す。律子さんはニコニコしながら、朝っぱらからのゲーム大会については特に気にしていない様子である。

 それどころか、恐縮している瑠璃に一言添えて来る。


「瑠璃ちゃんが勉強見てくれるなら、私も一安心だわ! 恭子から瑠璃ちゃんの成績、いつも耳にタコが出来るほど聞かされてるからねぇ」

「い、いえっ……言うほどのものじゃありませんからっ」


 あんまり自分の娘の成績を触れ回って欲しくないと、瑠璃は内心母親に恨みの波動。もっともその母親は、技術研究職で長年チームを引っ張っているような才女なのである。

 超仲の良いお隣さんに、自分の遺伝子を継ぐ者を自慢したい気持ちも分るのだが。瑠璃には全く、母親の仕事に興味は無いし関係ない話だ。


 引きつった愛想笑いを浮かべ、家から持ってきた問題集を目立つように抱え直して。瑠璃はとっくに姿を消した弾美に続いて、立花家の階段をのぼって行った。

 部屋のドアを閉めると、何となくホッとため息をついてしまう瑠璃。既にゲームの用意に移っていた弾美は、呆れたように幼馴染みの少女を見つめていた。

 さっさと座れと催促しながら、そんなに親の目を気にするなと悟った物言い。


「あのな、向こうも連休中どこにも連れて行けない負い目があるんだぜ? ゲームしてるくらいじゃ、目くじら立てる訳ないだろうに」

「こんな朝早くからってのに、問題ある気がするんだけど……」


 それはそうと、ネット内はさすがに弾美の読み通りの空き具合。休みとは言え、朝の7時過ぎにインする粋狂なプレーヤーは、見た限りほとんどいないようだ。

 昨日味わった、イモ洗いの如くの混み具合はまるで嘘のよう。弾美と瑠璃のキャラは、がらがらの中立エリアに無事ログインを果たす。

 そして薄暗いエリア内を、自由自在に動き回る。


「ハズミちゃん、万能薬が1個840モネーだって。まだちょっと高いね~」

「消耗品に300以上は使いたくないな、勿体無い。おっと、武器の補修しとかないと」

「う~ん、一部屋見て回ってから決めようか。あっ、今日の妖精チェック忘れてた!」


 妖精はいつものハイテンションで、おざなりにそれぞれの部屋の説明をしてくれた。鍵の掛かった扉を開けるには、他の部屋の仕掛けを操作解除しなければならないらしい。

 それから、地上に近付いた分だけ大樹『グランドイーター』の影響力が薄れたらしい。2人分なら何とかバリアを張れるから、同じ目的を持つ仲間を見付けてみたらと来たもんだ。

 さっさと地上に出れるよう、頑張ってネ☆ みたいな。


 瑠璃は妖精の言葉にいちいち頷いて、おざなりな応援にも頑張るポーズを返す。ちょっとずつだが、この小さな案内人を好きになって来ているし、強引な理由付けもちょっと笑える。

 後半この娘がどんな導入に絡んで来るのかも楽しみでもある。


 弾美の方はサンドイッチをぱくつきながら、何やら妖精に毒づいていた。もごもごと聞き取り辛かったが、もっとましな情報をよこせ、さもなくば装備をよこせと言う事らしい。

 瑠璃もちょっとだけ思う、せめて薬品類の融通程度は欲しい所。


 先日の混み混み具合で、完全に後発となってしまった2人だが。ようやく1日遅れで、限定イベント最初のパーティ戦に挑む事に。

 パーティを組んだら、ハズミンから速攻でトレードの申込みが。何事かと思ったら、昨日のNM戦で獲得した水の術書を渡された。

 ありがたく頂戴し、さっそく使ってみたり。


 薬品が高くて買えないせいで、あまり意味の無いダンジョン突入前の用意を整えて。ハズミンを先頭に階段を昇り切って、最初の部屋の石製の扉をクリックする。

 緊張気味の瑠璃は、朝食もおぼつかない。


「だ、大丈夫かな?」

「最初は俺がタゲ取るから、瑠璃は平気だよ。俺が殴った奴を殴ればいい」

「わ、分った。回復は任せといて」





 ――こうして、初のイベント2人パーティ攻略は始まった。








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