カイピリーニャと手巻きタバコ

「夏だねぇ。カシャッサとカイピリ棒どこだったかな……」


「あのライムを潰すコケシみたいな棒ですわよね? そんな名前ですの?」


「せっかくブラジルまで行って買ってきたから、名付けたの……あったあった。ライム潰してお砂糖混ぜて、お酒入れてお砂糖溶かしてクラッシュアイスっと」


「レシピを確認されると不安になりますわね……」


「うちじゃあんまし出ないカクテルだからね。はい、カイリピーニャ」


「名前間違ってますわ!?」


「カイピリーニャはポルトガル語で『田舎者』って意味だって知ってた?」


「喧嘩売ってますの!? まぁ出身はド田舎ですわね」


「お蝶さん、長野だっけ?」


「松本ですわ。大学からずっと東京ですけれど……はぁ、濃厚なライムの香りと柔らかいカシャッサの味。南国のお酒ですわね」


「お蝶さんは東京来て、そのまま大学の先生だもんね。そういやさっきタバコの話したけど、最近学生のお客さん来てさ」


「まぁ、お若いのにこんなお店に……心配ですわ」


「それ自虐だからね? で、その学生さん『タバコのおすすめはありますか?』って聞くの」


「ここはたばこ屋ですの?」


「酒屋でもないけどね。喫煙者が減って、周りに吸う人がいないからわかんないんだって」


「それでよくおタバコ吸いたいと思いましたわね」


「その辺はなにかきっかけがあるんだろうけど、わたしも吸わないから適当にすすめたのがこれ」


「なんですの、金属の箱と板ガムと何かの包み?」


「聞いただけだと想像力の働かない説明ありがとう」


「他に言いようがありませんのよ!」


「まぁ、そうだよね。手巻きタバコの自動巻き器と巻紙と刻み煙草なんだけど。あとこのフィルターも使うよ」


「手巻きタバコって……密造くさい単語ですけど合法ですの?」


「もちろん。葉っぱを密造してるわけじゃないからね。作り方は簡単。二つあるからお蝶さんもやってみようか」


「望むところですわ!」


「まず巻き器を開けて、蓋の裏に付いた布をローラーの奥に押し込んで、スペースを作る」


「蓋の裏にローラーも付いているのですわね」


「できたスペースにフィルターを置いて、残りのスペースに刻み煙草を詰める。巻紙の端に付いた糊を湿らせて、布に重ねて親指で押さえる」


「糊はなめていいのですわね? 糊の付いた方を上にして、詰めた煙草のすぐ上に紙の端がくるようにセットしましたわ」


「上出来上出来。紙を抑えたまま、ゆっくり蓋を半分くらい閉じよう」


「あっ、紙が巻き込まれていきますわ」


「そうなったら紙から指を離して大丈夫。そのまま蓋閉じちゃって」


「蓋の上のスリットからタバコが出てきましたわ! 不思議ですわ」


「ねー、不思議だよねー。仕組みはわかんないけど、なんか面白いでしょ」


「黙々と繰り返したくなりますわ。面白いものを学生さんに教えましたわね」


「面白いだけじゃなくて節約にもなるの」


「そんなにお安いのですわ?」


「安いよ~。例えば550円の紙巻きタバコが一本当たり27.5円だとするじゃない」


「たいてい一箱20本入りですわね」


「刻み煙草はこの銘柄なら40gで1240円、巻紙は60枚で120円、フィルターは200個入りで390円。紙巻きタバコ一本当たり0.7~0.8gの葉っぱが入っているから――」


「目が回りますわ」


「一本0.8gで計算したメモ見てね」



◎メモ

紙巻き:550円/20本、葉っぱ0.8g/本、27.5円/本

手巻き:葉っぱ24.8円/本+巻紙2円/本+フィルター2円/本=28.8円/本



「……お待ちなさいな。一本当たりの計算で紙巻きが27.5円、手巻きだと28.8円ですわ、どういうことですの!?」


「しかも巻く手間も掛かってくたびれ儲けだね。あはは」


「この性悪女、学生をだまして楽しみましたわね!?」


「いやいや、これはあくまで紙巻きサイズを作った場合。でも今、紙巻き吸ってる人で2,3口で満足しちゃう場合は計算が変わってくるの」


「あー、確かに煙草って根元まで吸わないことが多いですわね。吸わない人間から見ると不思議でしたわ」


「ニコチン摂取の快感は最初だけらしいよ。だから邪魔になって消しちゃう人も多いわけ。それならタバコって、もっと細くて短くてもいいじゃない?」


「道理ですわ。そういえばわたくしが巻いたものはフィルターがやけに細長かったような……」


「うん、あれ直径6ミリ、長さ30ミリ。あのフィルターに合わせると、この刻み煙草一袋で150本は作れる」


「おいしいところだけで吸い終わるミニタバコですわね。おいくらになりますの?」


「お値段なんと、一本当たり10.8円!」


「突然お安くなりましたわ!」


「ちょいタバコの究極はキセルだけど、手巻きもいい手だと思うの。紙巻きタバコを分解しても2,3本巻けるよ。他にも刻み煙草にはいろんなフレーバーがあって、自分好みを探す楽しみもあるね」


「フレーバーというと……『ガラム』ですわね」


「ガラムちゃんをネタにするのはやめましょう。あればクローブの存在感が強すぎるから別格です。

 定番はメンソールやバニラ、変わり種だとワインとかダブルアップルがあるよ」


「ダブルアップルなんて美味しそうですわ」


「アポゥ……」


「アポゥですわ。どうかしましたの?」


「海外製品だから日本人には合わないフレーバーも多くてね。初めてのフレーバーを名前のイメージだけでまとめ買いして、涙目だったお客さんを思い出したの。一度しか来なかったけど」


「怖い話ですわ……ナツさんというか、バーのマスターって数回来た程度のお客さんこと、よく覚えていられますわね?」


「そうだねぇ、単に記憶力がいい人もいると思うけど、わたしは伝票にコテハン書いてる」


「こてはん?」


「あだ名ね。例えば注文が「カンパリソーダ、カンパリ濃いめ」だった人は『カンパリ』。まずそうに飲んでる人は『ドM』。すぐ寝ちゃう人は『名探偵』で、なんかイラッと来た女の子はまとめて『スイーツ』にしてる。名前わかるまでの間にイメージ固めとくと忘れないよ」


「ほとんど悪口ですわね……本人の前で口に出さないことを祈っておりますわ」


「一度だけ言っちゃったことあるよ」


「ええっ、どうなりましたの?」


「すっかりあだ名として定着したよ、『お蝶さん』。次、何飲む?」


「そういえばわたくしのことですわね! そろそろアードベッグをいただきますわ。ストレートで、チェイサーには氷を浮かべてくださいな」

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