第4話 新しい世界

※第4話と第5話が重複しておりましたので修正しました。

 第4話の方をミスっております。申し訳ありません。



西下さんからの質問に少しだけ考えて、首を竦める。


「どうなんでしょう。最近そういうこととは縁がなくって、よくわからなくなってます」


そんなことを考えることがないくらい、わたしは恋愛事から遠ざかってる。


「恋愛をしようという思いはあるんですか?」


「自分で切り開こうという前向きな気持ちはないですけど、そろそろ色々言われる年かなとは思ってます。西下さんは結婚願望あります?」


「結婚したいとは思っていませんけど、恋人は欲しいですよ」


25歳なので、確かにまだ結婚よりも恋人の年だろう。


「今、彼氏いないんですね」


「一回り上の人とつき合っていたんですけど去年別れちゃいました」


「西下さん大人っぽいって思っていたけど、一回り上の人とつき合うってすごいなぁ」


西下さんの一回り上だと37歳になる。今のわたしであれば37歳の人はそこまで掛け離れてないとしても、西下さんから見るとかなり上だ。


「多少落ち着いてる部分はありますけど、そんなに変わらないですよ?」


「それは西下さんが精神的に大人ってことじゃないですか」


「それでも喧嘩別れしちゃったので、私がまだまだ子供だったってことです」


「悩みがあったら相談してくださいね。わたしじゃ頼りにならないかもしれませんけど、話くらいは聞くので」


「須加さんって、お人好しですよね」


「そうですか? 思ったことを口にしちゃうので、軽いですけどね」


「軽いわりには、ちゃんと考えてくれる人じゃないですか?」


西下さんには既にわたしの性格は見透かされてしまっている。


自分でも分かっている。でも、条件反射みたいになっているのでこれが自分なのだと諦めていた。


「須加さん、私は実はレズビアンなんです」


西下さんは自分をしっかり持ってる凛としたところのある美人で、わたしは逆立ちしても手に入らないものをたくさん持っている女性だった。


とはいえ、この告白にどういう意味があるのかわからず、西下さんを真っ直ぐ見つめ返す。


「襲ったりしないので、安心してください。ただ須加さんの一瀬さんへの思いを聞いてしまったので、不公平だなって思っただけです」


「それは有り難うございます。じゃあ、つき合っていたのも女性なんですよね?」


さすがに一緒に仕事をする人とややこしい関係にはなりたくなかったので、内心で安堵する。


「そうです。2年半つき合って別れました」


「2年半ってわりと長いですよね。でも、ずっとつき合い続けるのは難しいですよね」


「何でもできる人だったから、あの人の恋人なんて私には荷が重すぎたんです」


「じゃあ、わたしが合コン企画しましょうかって言っても余計なお世話にしかならないですね。でも、いい人に出会えるといいですね」


それに西下さんの応答は鈍くて、しばらく口を噤んだ後、


「そうだ。須加さん、ビアンバーに行ってみません?」


とんんでもないことを言い出した。


「別れてから行きづらい場所になっちゃったんです。好奇心だけで行くでもいいですから、一緒に付いて来て頂けたらなって。私と一緒なら声を掛けられることもありませんし、どうですか?」


まさかの誘いだったけど、行ってみたさはちょっとある。西下さんのトラウマ克服のためだと理由をつけて乗ることにした。





西下さんと飲み会をした週の週末、天気の良さに家にはいられなくて、トレーニング用のシューズを履いて家を出た。


目当ての公園までは歩いて、手頃な芝生の上でストレッチをする。


過ごしやすい気温ということもあってか、周りにはボールで遊んでいる子供たちやそれを見守る親たちが目に入る。


多分わたしとそうは変わらない年代の親たちは、勝ち組なのだろうか。


真依を好きになって、わたしの中で結婚に対しての願望が低くなったのは事実だった。


真依への思いは、恋をした頃に比べると随分変わった。姉といることを受け止められるようにはなったし、今真依とどうこうなりたいという思いはない。


「須加さん?」


不意に声が掛けられて視線を向けると、先日飲み会で会った存在が立っていた。この公園の最寄りはわたしの利用する路線の次の駅なので、この近くに住んでいるのかもしれない。


「木崎さん、ですよね? こんにちは」


小さな子供が横にひっついていて、母親の足にくっついている様が可愛い。


「こんにちは。ランニングですか?」


シューズやウェアを見れば、それは知れてしまうだろう。


「そうです。唯一の趣味なんです。木崎さんはお子さんと遊びに来られたんですか?」


「はい。天気もいいので。ひびき、お姉ちゃんに挨拶できる?」


屈んだ木崎さんが少女の背を押すと、小さな瞳がわたしに向く。


小さい子の視線ってどうしてこんなに真っ直ぐなんだろう。


「こんにちは、きさきひびきです」


「ひびきちゃん、こんにちは。お姉ちゃん……いや、もうおばさんかな、は すがゆずは って言います」


「ゆず、はちゃん?」


小さい子の舌ったらずな声は思わず可愛いと言ってしまいたくなるものだった。しかもひびきちゃんはお母さんに似ているので、将来は絶対美人だろう。


「そう。ひびきちゃんは何歳?」


わたしに向かって差し出された手は小指だけが折り曲げられていて、4を示している。


「4歳なんだ。保育園に通ってるの?」


「ひびき、ももぐみさんなの」


上下にジャンプする様も可愛くて、子供って無条件に可愛がりたくなる、なんてことを考えていた。


「すみません、須加さん。お邪魔をしちゃって」


「いえ、目的もなく走ってるだけなので大丈夫ですよ。木崎さんは、この近くにお住まいなんですか?」


「はい。公園を出てすぐ近くのマンションに2年前から住んでいます」


「このあたり、子育てには良さそうな環境ですよね」


少し街の中心部からは離れているけれど緑も多くて、通勤時間と生活環境のバランスが取れた場所だった。


わたしはそれよりも家賃が安めな隣駅を選んだけれど、家族で住むならこちらだろう。


「はい。ひびきが外に行きたいってきかないので出て来た所なんです」


幸せな家族像に見えて、木崎さん美人だしな、と自分との差にちょっと自虐を感じる。


ひびきちゃんと少し遊んでから、またねと根拠もなく手を振ってわたしは木崎さんとひびきちゃんと別れた。

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