第5話 魔獣の呪い

 頭が痛い。身体に力が入らない。

 お腹がすっごく痛む。きゅるきゅる痛む。


「おい無事かっ! 起きたか!」

「……ぅ」


 私はヴァイトの背中に乗っていた。彼は私を背負って走っている。魔獣の剣の力で、風のようなスピードで。


「どうしちまったんだよ。病気か? 今街へ向かってる。この荒野を抜ければツキミの言ってた――お前の屋敷のある街だろ」

「…………けほっ」


 お腹。何より痛い。なんだこれ。なんとか目を開ける。瞼が重い。目の前にあったのは、ヴァイトの剣。魔獣の革や爪、牙が取り付けられた暴力的な剣。

 これに触ってからだ。


「何でも食うのに、病気とかなんのかよお前ら牙人族っ」

「ぅ……待って」

「あん?」


 絞り出した。ヴァイトは急ブレーキ。

 視界に映る剣が。その、棘のひとつ。


 


「……かぷっ」

「は? おい、剣、食ったか? 今? おいおい……っ」


 つい、齧り付いてしまった。牙人族わたしたちが唯一食べられない、呪われたモノに。






■■■






「……どういうこった」


 嘘のように。体調は快復した。身体は軽くなった。なんというか、『極度の飢餓状態だった』ような、そんな感覚がある。

 ヴァイトはポカンとしていた。


「あ。魔獣だよヴァイト」

「む。オラァ!!」


 1匹だけの魔獣がこちらへ来ていた。いつものようにヴァイトが、ひとつ牙の欠けた剣で切り捨てる。私は空中で四散した肉片のひとつを、キャッチした。


「食うのか? 食えるようになったのか?」

「…………」


 少し観察して、ひと口だけ齧って、地面に捨てた。


「……私が『ああ』なったのは、ヴァイトの剣を触ってから」

「おう」


 考察する。恐らく、合ってる。

 私達の宗教で言われてた『呪い』の正体。


「魔獣の肉を食べて治った。今ので最後。けどもうこれ以上、食べられる気がしない。……それが『呪い』なんだ」

「ほう? 俺は常に触ってるぞ? 毎日食ってる」

「『魔獣の剣』は、使うととても強くなるけど、きっと『魔獣の肉を食べないと死ぬ』症状に罹るんだよ。魔獣の肉を獲るには、魔獣の剣を使わないと狩れない。……するとまた、『ああ』なる。そのループが『呪い』」

「…………なるほど」

「ヴァイトは『呪い』の症状、出たこと無いの?」


 ヴァイトはいつから剣を使ってるんだろう。いつから魔獣食をしてるんだろう。このループの最初は。


「……そう言えば、あるぞ。ガキの頃。魔界で俺を育ててくれた魔獣が死んでからだ。育ての親に拾われた時に、原因不明で死にそうになった。……そうか。あの時俺が治ったのは、ジジイがその魔獣の死体を、俺に食わせたからか」


 魔獣に育てられた人。……色んな魔獣が居る、の解釈を広げるなら、そういうこともあるのかな。嘘付きには見えないし。

 まさに、魔人。


「で、それで症状が治ったから、俺はその後ずっと人界に居ても大丈夫だった訳か」

「多分ね。何となく感覚で分かる。私はもう、その剣触らないよ」

「ふむ。ただ触ったくらいじゃ多分大丈夫だぜ。そういう奴は結構居た。『振って』『異能を使う』のが駄目だ。この俺の剣は身体能力強化の異能がある」

「異能……。また新しい単語」

「魔界の常識だ。まあこんな人界に近くて浅い所にゃ、異能持ちは出て来ねえが」


 ヴァイトは日常的に剣を使いまくって、魔獣の肉を食べまくってる。

 もう呪いは、解けないかもしれない。






■■■






「っていうか、何でこの街に? 姉さんを殺した奴は南西の国なんじゃ」

「馬鹿野郎。お前が復讐すべきはまず、その屋敷の男爵だろ。全ての元凶じゃねえか」

「あっ」


 人界と魔界を隔てているのは、巨大な壁だ。大型の魔獣が来ても大丈夫なように。

 ふたりで見上げる。


「人界には魔獣が居ないけど、呪いは大丈夫なの」

「知らねえ。『使う』より『食う』方が多いから『大丈夫さ』のストックがあるんじゃねえか?」

「……あなたが良いなら良いけど。楽観的」

「生きてて楽しいぜ?」

「だろうね。私もそうする。好きに生きる」


 壁の上には警備兵が巡回してる。巨大な正門はあるけど、誰も開けない。


「私魔界に出たの初めてで。いつもどうやって入ってるの?」

「普通に好きに入ってるぜ。壁登ったり破壊したり」

「えっ。侵入ってこと?」

「ああ。大体、魔界で手に入らねえ医療品とか衣服を入手する為にな。適当に手に入れたらすぐ出るぜ。一応なるべく、殺さずにしてるが」

「…………衛兵とか警察に追われながらってこと?」

「まあな」

「呆れた」

「えっ。駄目なのか」

「だから犯罪だって。破壊も強奪も殺人も。極悪人じゃん」

「それで俺に不具合は無えぞ? 人界の奴らが作ったルール上での犯罪なんざ、屁でも無え」

「…………」


 この男。

 指名手配されて、軍に追われても問題ないくらい『強い』。魔界に出ればもう、人類は追ってこない。

 迷惑な人だ。魔界で暮らすこの男は良いとしても、これから一緒に行動する私は、ひとりじゃ魔界で暮らせない。あまり目立つようなことはさせられない。


「今回は、その強奪とは違うから。騒ぎになると男爵は出てこないよ。やり方考えないと」

「なるほどな。そっちのそういうのは分かんねえんだ。極力、関係ない奴を殺したくはねえし。頼むぜミツキ」

「!」


 素直なんだよ。基本的な性格は。バカだし。我は強そうだけど、話は通じる。

 善とか悪とかじゃない。


「分かった。思い付いた方法があるよ」


 姉さんはどんな感じでヴァイトと接してたんだろう。

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