第3話


 施設に帰ると珍しく財前くんが待っていてくれた。



「おかえりなさい。取り敢えず2人とも無事でよかった。……その子が例の?」


「こんにちは! ―――――――――――――。」



 メアリは財前君のそばまで行って俺の時と同じように笑顔で挨拶しに行った。この調子ならすぐに施設に馴染んでいけるだろう。俺はほっと胸をなでおろした。



「……。真央くん。メアリちゃんパッと見た感じ怪我はしてなさそうだけど、念のため医務室に連れて行ってもいいかな」


「あぁ、何なら俺も一緒に行こうか?」


「いや、僕一人で行ってくるよ。真央くんはほら……」



 財前君が指さす方を見ると子供たちにもみくちゃにされている園田さんの姿があった。相変わらず子供人気がすごいなあの人は。



「大丈夫ですか園田さん」


「これがだいじょうぶに見えるか?」



 少し前まで寝たきりだった体には堪えるほどの快活さだった。何で子供っていうのはこんなに元気なんだ。息を切らしながら俺は倒れこんだ。そんな俺を園田さんは覗き込むようにして言った。



「なっさけねぇな。俺よりも年下のはずなのによ」


「……園田さん、忘れてるかも、知れないですけど。俺、ちょっと前まで、寝た、きrゴホッ」


「あれ? お兄さんもう終わり?」


「え~もっと遊ぼうよ!!」


「は~い。そろそろみんなはお風呂入ろうね」



 子供たちにおもちゃにされる俺を見かねてか、ガブリエラさんが子供たちの興味を他に促してくれた。



「ありがとう……ございます」


「いいのよ。ふふっ、それにしても随分とあの子たちと仲良くなったのね」


「えぇまあ。多分園田さんと一緒にいるからそのうちに」


「あの人は常に物事の中心に立っているわよね、トラブルメーカーって言うか」


「そうですね。今日も被災者の子を見つけたのは園田さんでしたし」



 俺がガブリエラさんと談笑していると、検診が終わったメアリが財前君と一緒に医務室から戻ってきた。



「特に異常は無かったみたい」


「良かった」


「その時の状況を詳しく聞きたいんだけど。これから僕の部屋に来てくれない?」


「なら、園田さんも」


「彼は子供たちとお風呂に行ってしまったからね。後で個別で話を聞く事にするよ」



 俺は財前君に言われるがまま着いて行く。部屋も風呂も食堂も1階にある為、2階への階段を上るのは初めてだ。妙な緊張感を持ちながらソワソワと2階の廊下を歩いていく。少し進んだ突き当たりにサナトリウムには似つかわしくない仰々しい観音扉があった。



「マジかよ」


「そんなに緊張しなくても。くつろいで行ってくれ」



 部屋の広さはそこまででは無いが天井が高く、壁一面に並んでいる棚には書類がビッシリと詰まっている。中央には黒いソファーにガラスの机。床には豪華なカーペットが引いてあった。



「やっぱり食堂で話さない?」


「食堂には子供たちも出入りするからね。不安にしたくない」


「だったら俺の部屋とか」


「ほら、お茶とか出したいから」


「言い訳が雑になってきてる」


「ほんとだよ? 危ないからって外には出して貰えないし色々調べ物するのもいい加減飽きて、日々することと言ったら美味しい紅茶や珈琲の入れ方を研究するくらい。そのくせ誰もこの部屋には来てくれない。こんなにも道具は揃っているのに人に出すことすら出来ない。

 僕は寂しいんだよ。せっかく出会った同い年の男の子とも微妙に心の距離を感じるし、なのに子供たちとは打ち解けちゃってさ」


「待った」


「何?」


「寂しいの?」


「うん。たまに医者のところにだる絡みしに行く程度には。今日みたいな事が無ければあの人も大概暇だからね」



 あの目付きと口が悪くて子供達から畏怖の象徴になってる先生のところに行ってるのか。俺は目を覚ました時に会ったきりだけど自分から進んで会いに行きたいとも思わない。



「ところで何飲みたい?」


「コーラ」


「……君も大概酷いやつだな。園原さんに似てきたんじゃないか?」



 ちゃんとコーラが出てきた。緊張で乾燥した口の中を一気に潤すようにグラスを仰ぐ。と口の中にコーラにはあるはずのない苦味と酸味が広がる。想像と全く違う味に俺は思わず口の中に入った得体の知れないそれを吹き出してしまった。



「!?……ゲホッゴホッ」


「あははは」


「何、入れた、んだ」


「珈琲の炭酸割り。どう?」


「どうも何も俺はコーラだと思って飲んだから」


「あら、残念。でも君が悪いんだよ。僕とのお茶会に茶々を入れるから」


「お茶会? 俺はメアリに会った時の話が聞きたいって言ったから」


「アレは口実。最初から言ってたじゃんお茶とか出したかったんだよ」



 緊張して損した。まぁ初期の頃の園田さんのイタズラに比べれば可愛いもんだけど。どうして俺はこうもおもちゃにされるのだろうか。



「あー。面白かった! じゃあ今度こそ……はい」


「……。」


「そんなに警戒しなくても、今度はちゃんとコーラだよ」



 グラスに入っているのは透明な液体。気泡が浮いてはいるが俺の知っているコーラと色が全く違う。警戒しつつコップの縁に鼻を近づける。匂いは俺の知っているコーラと同じだった。



「財前君先に飲んでよ」


「良いよ。この鍋にはさっきそれを作る為に使った原液が入ってる」


「いや、こっちのコップ入ってる方飲んでくれよ」


「……た、炭酸で割っただけだからそれと大差ないよ」


「それと割るタイミングで何か混ぜたかもしれないだろ」


「それ飲むの僕じゃなきゃダメ?」


「変なもの混ざってないかを確認できれば誰でもいいけど」


「ちょっと外すね」



 ……走って出ていってしまった。もっと厳格で取っ付き難い人だと思っていたんだけど。フレンドリーで全然そんなこと無かったな。まさか財前君があんな風に思っていたとは、もう少し関わり方を改めないといけない。



「連れてきた。今回のゲスト『園田さん』でーす」


「坊ちゃん。急にこんな所連れてきて。俺は風呂上がりに一杯やろうと思ってたんですが」


「まぁまぁ、これあげるからさ」


「ほー。ホワイトコーラとはまた洒落たもんを。有難く頂きます」


「美味しい?」


「えぇ。とっても美味しいですよ。全部飲んでも?」


「うん。真央くんの分はまた淹れ直すし」



 と言うことは別に毒でも何でもなく俺が知らないだけでこういうコーラがちゃんと存在するのか。



「と言うことで図らずともメアリちゃんの関係者が集まったので詳しい話聞かせてくれるかな」


「特に話という話はないんですけどねぇ。なぁ?」


「これといった物は……あっ」



 そう言えば外への出方を聞いたんだった。



「なんだぁ? その意味ありげな『あっ』は」


「えーっと。外への行き方知って……るらしいですよメアリちゃん」



 女の子に丸投げしてしまった……。何やってんだか俺は。まぁ、実際メアリちゃんに聞いたし? 結局どこにあるかはわからなかったかし。



「ありがとう。今日はもう遅いから明日にでもメアリちゃんに聞いてみるよ」



 あれ? 思ったよりも反応が薄いな。てっきりもっと飛び跳ねて喜ぶのかと思ったけど。もしかしたら外への出方自体は知っていたとか? その後話が膨らむことはなくそのまま本当のただのお茶会となってしまいその日はお開きとなった。

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