二つの王家(9)


「陛下!」


 私は大声で叫びました。

 その声に、この場にいる全員の視線が私に集まりました。


「陛下にとって大切な人とは誰ですか?」


 その問いに、数秒沈黙が謁見の間を覆いました。

 まるで時が止まったかのように物音一つせず静寂が続きました。


「私には大切な人がいます。」


 その沈黙を私は心を落ち着けながらゆっくりと破りました。


「私の大切な人、大好きな人――それが、ここにいるファラです。」

「ユナウ……。」


 ファラは心配そうにこちらを見つめていました。

 それに優しく微笑んでから、私は話を続けました。


「ファラは私の知らない世界から、想像もできない方法でここまでやってきて、そしてある日ミイラのような姿で目の前に現れました。ファラは私とは何もかも違って、共通点といえばお母さまを亡くしていることくらいで、始めは何もかも違うことに戸惑いを覚えたこともありました。でも、彼と話しをする内に彼の価値観やその性格に触れて、彼の温かさを知りました。」


 陛下も憲兵の方々も、皆私の話に耳を傾けてくれているようでした。


 捕まる様子もない。

 これなら気兼ねなく思っていることを話すことが出来ます。


「その温もりはお母さまのものと似ていて、私は気づけば彼とお母さまを重ねていました。でも彼と対話を繰り返していくと、それはお母さまの温もりではなく、彼自身のものなのだと分かりました。それからお互いに異なる価値観を分かち合って、彼のことを理解する度に、彼の温かさに触れる度に、私は彼のことが好きになっていきました。」


 そう――。

 私はファラのことが好き。

 ファラとこれからもずっと一緒にいたい。



 ドウケツの洞穴ではお互いに沢山のことを話しました。


 お弁当を作って持って行って、彼が美味しそうに食べてくれるのが嬉しかった。


 ボロボロの服は衛生的に良くないと思って新しい服を買って行って、私は似合うと思ったのにファラは文句ばかりブツブツ言って、喧嘩をしたこともありました。


 湖で彼のボサボサに伸びきった髪を切って、目の悪い彼に眼鏡をプレゼントしました。

 その時に初めて彼が私の顔を見て言ってくれた言葉にドキドキしたことは忘れもしません。


 どれも大切な思い出です。

 一つも忘れたくない。

 ずっと心に留めておきたい思い出――。



「私にとってファラはかけがえのない存在です。親友のクリスちゃんも、同じ最優秀で憧れであるガイラさんも、私を大切に思ってくれているお父さまも、星になって見守ってくれているお母さまも、私にとってはみんな大切な人達、かけがえのない存在です。」


 私はファラの元に歩み寄って、ファラの目を見つめました。


「ファラもそう。ファラにも大切な人がいるでしょ?」

「ああ、勿論だ。」


 ファラは笑みを浮かべて力強く頷いてくれました。


「クリスちゃんにも、ガイラさんにも、そこにいる憲兵さん達にも、そしてヘイルベンのみんなにも、下界の人達にだって、一人一人に大切な人がいます。そこには血とか、身分とか、上界か下界かとか、そんなことは関係ないんです。その人のことが好きだから、一緒にいたいと思うから、誰かは誰かの大切な人で、いなくなったら悲しむ人がいます。」


 私は陛下の目を一心に見つめました。


「だからどうしたと言うのだ?其方は結局何が言いたい?」


 退屈そうに再び頬杖を突く陛下に、私は一歩前に出て叫びました。


「陛下にだって大切な人がいらっしゃるはずです。奥様である王妃殿下や、陛下のお母さまで在らせられる前王妃殿下。その人達がいなくなったら、陛下も悲しく思われるはずです。その気持ちは誰もが同じだから……だから、この戦争を止めて下さい!これ以上誰かの大切な人が死ぬのを、悲しむ人達が増えるのを止めて下さい!」



 これが私の想い――私の心からの叫び。



 大切な人を守りたい。

 誰かの大切な人を死なせたくない。

 誰かが悲しむのを見たくない。


 陛下にだって人の心はあるはず。

 例え下界を迫害しているとしても、国民を想う気持ちは持っているはずです。


 それならきっと陛下にもこの想いは届くはず――。


 私は祈るように陛下を見つめました。


「くだらない感情論ですね。実にくだらない。」


 ふと唐突に陛下ではない女性の声が、玉座の奥――正確には玉座の後ろから聞こえてきました。


「主教様!?」


 姿を現すよりも前に、耳に胼胝ができるほど幾度となく聞いたことのあるその声で、私はその人物を言い当てました。


「感情に任せて物を言うのは淑女として恥ずべき行為ですよ、ミス・アルバートン。」

「どうして主教様がここに!?それにくだらないって……。」


 状況の変化に私は混乱しました。


 主教様が陛下側に着いていることは分かっていたことです。

 しかし、そこから出てきたということは、私達が入ってきた時から謁見の間にいたという事です。


 それならばどうして始めから姿を現さなかったのか。

 そもそも道中であった侍従さんの話からするに、主教様は王妃殿下の足止めに回っていたはず。


 今ここにいるということはまさか――。


「大切な人を守る。実に素晴らしい心がけですね。流石は最優秀淑女です。ですが、貴女の考えは的外れです。」

「的外れ?」


 主教様の言葉に違和感を覚え、私は胸の奥で不安を抱き始めました。


「ええ。貴女は先程陛下に対し、王妃殿下と前王妃殿下を失えば悲しむ、とそう言っていましたね?」

「はい。それが的外れだと?」

「そうです。」

「何故ですか!?陛下に取って王妃殿下は愛する奥様のはずです。前王妃殿下だって、実のお母さまなら、家族なら大切に思っていらっしゃるはずです!」


 胸の奥の不安が益々大きくなるのを紛らわすように、私は主教様に反論しました。


「そこが大きな間違いだと言っているのです。」


 主教様はこちらが焦るのを楽しむように不敵に笑っておられました。

 その様子に何だか息苦しさを感じてきました。


「まあいいでしょう。ここまで知った貴女達を今更生かしておくことはしませんし、冥土の土産にでも教えて差し上げましょう。」


 主教様は陛下が相槌で許可するのを確認してから話を続けました。


「まず前王妃殿下――すなわち陛下のお母上であるレビィア殿下ですが、陛下の手によって既に亡くなっておられます。」


 その事実に衝撃を受けたのは私だけではありませんでした。

 後ろで足を止めていた憲兵の方々も私と同じように動揺しているようでした。


 それも当然です。


 王族の訃報は誰であっても国中で大々的に報道されます。

 それは学院でも同じで、陛下のお父さまに当たる前国王陛下の訃報の際は、学生を含めた全国民が黙祷を捧げたものです。


 ですが、前王妃殿下の訃報は今日に至るまで報道はされていません。

 ですから御健在とばかり思っていたのですが、既に亡くなられていたなんて。


 それに、陛下の手によってというのは一体――。


「あの女はロースハイムの人間でありながら、あろうことか下界人に、それもよりによってレクロリクスの血を色濃く継いだ男とこの城で密会していました。」

「レクロリクスの血を色濃く継いだ男……それって――!?」


 私は思わず横に振り向きました。

 ファラは愕然とした表情で額に汗を滲ませていました。


 ファラよりも前に下界人がここへ来ていた。

 しかもその人はレクロリクスの血を色濃く継いでいる。

 その条件を満たす人を私は一人しか知りません。


「父さんが、この国の前王妃と……。」


 ファラのお父さま――八年前に行商に出て行ったきり帰って来ず、その後何故かドウケツの塔でファラのお父様の手帳が見つかった。


 その事から、ファラのお父様はどうしてか上界に到達し、ドウケツの洞穴から落ちて亡くなったのだと判断していましたが、まさかその死因がここで繋がるなんて――。


「でも、どうしてファラのお父さまが前王妃殿下と?」

「分からない。けど多分、レクロリクス王家とロースハイム王家――二つの王家の関係が父さんと前王妃を引き合わせたんだ。父さんは自分の素性を知っていたから。」


 ファラは悔しそうに奥歯を噛みしめていました。


「我々も拷問したんですがね。レビィア殿下も、その男も、最後まで口を割りませんでしたよ。」

「てめえ!!」

「ファラ、落ち着いて!!」


 殺してしまいそうな勢いで目を血走らせて殴りかかろうとするファラを、私は必死に止めました。


 今ここで暴力を振るってしまえば状況は益々悪くなる一方です。

 それに暴力で解決してしまっては、五〇〇年前の歴史を繰り返すことになってしまいます。


「野蛮な血が。所詮は貴様も穢れた血を継いだ者。ロースハイム王家を裏切ったあやつらと同罪だ。」

「そんな、実のお母さまをそんな風に言うなんて……。」


 陛下のお言葉に、危うく私まで踊らされてしまいそうです。

 陛下にはもう人の心はないのでしょうか。


「レビィア殿下だけではありませんよ。」


 止めと言わんばかりに主教様は不気味に口元を緩めました。


「現王妃殿下も又、陛下にとってはただの駒に過ぎません。」

「駒?」


 その不可解な表現に、私とファラは嫌な予感を滲ませながら聞き返しました。


「ナスタシアは我ら王家が純血を守る為の道具に過ぎん。」

「純血を守る為の道具?」


 陛下のその例えは、比喩にしても明らかに穏やかではない表現でした。


「我らが王は絶対の存在。レクロリクスの穢れた血を洗い流す為にも別の血で上書きする必要があります。しかし、それはレクロリクス以外の血なら誰でもいいという訳ではありません。下等な国民の血で上書きしてしまえば、我らがロースハイムの高貴な血が汚れてしまう。だからこそ、同じ高貴な血である親類から妻を娶る必要がありました。親類ではレクロリクスの血を完全に消す事は叶いませんが、レクロリクスと遠類でロースハイムの近類であれば、代を重ねて確実に薄めることはできます。その駒がナスタシア王妃であり、純血を守る為の道具という意味なのです。」


 陛下の純血思想は法廷の時から分かっていた事ではありました。

 しかし、ここまで酷いものだとは思いもしませんでした。


 陛下にしても、主教様にしても、この人達は既に大事なものを自ら捨ててしまっている。


 この悪魔に魂を売ったような人達を説得しようだなんて、私達は根本から間違っていたのかもしれません。


「どうしてそこまで血にこだわるんですか!?純血でも、混血でも、私達は等しく同じ人間です!極論かもしれないけれど、ファラが前に言っていた通り、私達は根源を辿ればみんな同じ人種です!どうしてそこまで他人を貶める必要があるんですか!?」


 どうしても納得が出来ませんでした。出来る訳がありません。


 今ここで私達が引いてしまったら、それは人間としての尊厳を捨てたも同然です。

 だからこそ私達は絶対に引く訳にはいきません。


「その問いには何の意味もありませんね。」


 主教様はあからさまに大げさな溜息をつきました。


「それは……どういう意味ですか?」


 ここまで来ると流石の私も静かながらに心が荒ぶっていました。


「貴女は前提から間違っているのですよ、ミス・アルバートン。」

「前提?」

「そうですね……では、貴女に一つ質問をしましょう。」


 その含みのある言い方に、私はどことなく不快感を覚えました。


「貴女は何故人を殺してはいけないと思うのですか?」

「えっ?」


 全く気にしていなかった角度からの、それも当たり前過ぎて予想もしていなかった質問に、私は一瞬頭が真っ白になりました。


「それは……。」


 私は直ぐに答えることが出来ませんでした。

 当たり前すぎて深く考えた事もありません。


 人の命は一つしかないから?

 同じ種族を傷つけるのは心が痛むから?

 はたまた、そう言われてきたから?


「そう。直ぐには答えが出ないでしょう。それは貴女が当たり前だと思っているから。人はそれが当たり前だと思うと、例え犯罪であっても手を染める。何故ならその人にとってはそれが当たり前だからです。」

「そんなことっ――」

「では、考えて見て下さい。もしこの国で殺人が当たり前に起きていた場合、産まれた時からその環境に身を置いていた場合、先程貴女が口にしていた大切な人達が当然のように人を殺していた場合、貴女は人を殺すことをどう思うでしょう?」

「そんなの決まってます!!」


 人を殺すなんて駄目に決まっています。

 例えそんな環境に産まれたとしても、私は人殺しなんてしない。


 もしファラが、ガイラさんが、クリスちゃんが、人を殺すようなことがあったとしても、私は皆を説得して、やってしまったことの罪を償わせます。


 それが正しいことです。それが持つべき倫理観です。



 なのに、なのにどうして……。

 どうしてこの先の言葉が出ないの――!?



「ふふふ。言葉が出ないのは貴女が優秀だからですよ、ミス・アルバートン。」

「いったい何を……。」

「貴女は最優秀淑女に選ばれるほど優秀です。優秀だからこそより繊細に、より現実的に考えてしまう。考えてしまうから、絶対にしないと否定できない。」

「違います!!」


 そんなことない。

 あるはずがない。


 私が人を殺すなんて、殺人を肯定するなんて、そんなこと――。


「まあ良いでしょう。この質問の答え自体はどうでも良いことです。」


 私は胸が締め付けられるように苦しくなりました。


 主教様の話を聞けば聞くほど自分の心の弱さが浮き彫りになっていくような気がして恐ろしくなります。


「さて、先程私は貴女に前提が間違っていると言いましたね。」


 情報を整理させる為か、主教様はこちらの様子を窺い一呼吸置いた後に話を戻しました。


「そもそも我々の考えは唯一つです。レクロリクスの血を絶つこと。もっと言えば、その存在を抹消することにあります。」

「存在を、抹消する……?」


 そのフレーズには聞き覚えがありました。

 ガイラさんのお母さまが〝その存在を抹消された〟と、ガイラさんがそう言っていました。


「先の質問の意図もそうですが、人間というのは固定観念を持つと、たとえ間違ったことでもそれが正しいことだと認識するようになります。逆に言えば、固定観念さえ植えつけてしまえばその人間の記憶を操作することも容易いという事です。」

「嘘……そんな、そんな事って……。じゃあ、もしかて学院が出来たのは――!?」

「流石に察しがいいですね。ええ、その通りです。学院は国民の記憶を操作するために造られた機関です。」



 学院は私達の記憶を操作するための機関だった――。



 もしそれが本当だったとしたら、学院で過ごしたあの日々は、皆と笑って、泣いて、楽しかった思い出すべてが、主教様達によって意図的に作られたものだったということ。


「そんなのって……あんまりだよ……。」


 その時、私の中でポキッと何かが折れる音が聞こえました。


 直後、足に力が入らなくなり、私は膝から崩れ落ちていました。


 皆と過ごした日々の記憶全部が主教様達によって作られた記憶――。


 でも、だとしたら今私が考えていることは?

 私の気持ちは?

 全部洗脳された価値観で生まれたものなの?


 だとしたら私って……何?


「ユナウ!」


 その声に気づいて顔を上げた時、私の頬に零れた涙をファラはそっとその無い指で懸命に拭ってくれました。


「ファラ……。」


 ファラは私の目を見ていつもの声で言いました。



「君の記憶は、君の物だ――。」



 ファラが涙を拭いてくれているのに、瞼からは止め処なく涙が溢れ出てきます。


 止めようとしても止められない。


 それほどまでにファラは私が今一番欲しかった言葉をくれました。


「君には俺との思い出が――楽しい記憶が沢山あるはずだ。俺の存在は奴等にとって誤算だった。だから俺を必死で捕らえようとしている。なら、ユナウの中にある俺との記憶はあいつ等に作られたものなんかじゃない。君自身の記憶だ。他の記憶だってそう。君が感じて、君が得た経験は、全て君自身のものだ。誰のものでもない、君だけのものだよ。」


 気づけばファラを抱きしめていました。

 状況や周囲など気にせず、私は溢れる涙を抑えることなく咽び泣いていました。


「俺は君の中にずっといる。何処にもいかないよ。俺がいる限り、あいつ等に君の記憶を弄らせるようなことはさせない。」


 ファラはユナウの背中を撫でながら、落ち着かせるように耳元で囁いた。


「むほん。全く……まだ話の途中だと言うのにこの様では、話すだけ時間の無駄になってしまいます。」


 主教様の声を背に、私は右腕で両目を強く拭ってからファラと共に立ち上がりました。


「すみませんでした。もう、泣いたりしません。迷うこともありません。」

「ほう、良い目です。」


 主教様は錫杖を左右に持ち替えて仕切り直すと改めて話し始めました。


「もう一度言いますが、学院は生徒達に固定観念を植え付け、その記憶を操作する為に造られた機関です。」

「どうして学院なんですか?固定観念を植え付けるだけなら他にも方法はあると思います。それこそ宗教とか、祭事のような国家行事にするとか――。」

「その方が表立って出来るからですよ。それも確実にすべての国民を対象にできます。宗教や祭事では強制力に欠けますし、信仰する、しないも人によって大きな差ができるでしょう。それにそういったものは反対する勢力が出来かねません。その点、教育機関というのは義務化することが容易く、反対勢力が出来る恐れもありません。」


 確かに確実性や外受けの良さを考えれば、教育機関というのは打ってつけかもしれません。


 それに仮に洗脳する為だとしても、国民全体が勤勉になれば国の更なる発展にも繋がり、附帯効果で一石二鳥です。


「ですから、五〇〇年前の初代ロースハイム王は複数あった学び舎を一つに統合し、学院を設立したのです。そして数多の人体実験を経て、どんな人間でも固定観念を定着させるのに十一年あればほぼ例外なく定着させることが出来ることを見つけ出しました。」

「人体実験……だから学院は十一年間なのですか?」

「そうです。そして学院内での生活を強制し、授業や日々の習慣から我々が用意した固定観念を植え付けるのです。まあ純粋でしたよ、貴女達は。子供というのは疑うことを知りませんからね。扱いやすさから考えても、やはり教育機関にしたのは正解だったでしょう。」


 なるほど。

 そう言われて今までの学院生活を思い返せば、確かに違和感を覚えるものがいくつかあります。


「貴女が毎朝唱えていた〝淑女の心得 六か条〟もその一つです。毎日口に出して唱えさせれば、それに疑問を抱いていたとしても脳が唱えている物が正しいと誤認するようになります。学院の規則もそう。授業も、教室や寮に置いてある物一つ一つに至るまで、その全てが我々のいいように記憶を改竄させるためのシステムとなっているのです。」

「それじゃあ、ガイラさんのお母さまの存在が皆から消えたのも同じように?」

「ほう、よくご存じですね。どこからそれを知り得たのか。まさかあの小僧からか……。」


 主教様は考えるように顎に手を乗せると、少しの間動かなくなりました。


「まあ良いでしょう。」


 主教様は手を錫杖に戻すと、再び不敵な笑みを浮かべて続けました。


「話を戻しますが、記憶操作をする為の機関は何も学院だけではありません。というより、この国自体が我々のいいように支配するために存在しているのです。」

「国自体も!?」

「そうです。この国を紳士・淑女の国と呼ぶようになったのも、紳士・淑女というお堅い枠に当てはめさせることで言動を制限するためであり、更に【最優秀】という称号を作ったのも、学院生時代に生徒同士で切磋琢磨させることでより勤勉に取り組むよう促し、大人になってからも固定観念を一層根付かせ易くするためなのです。」

「そんなことって――」

「あるのですよ、実際に。」


 それは実に受け入れ難い話でした。


 今のこの国自体がロースハイム王家によって五〇〇年前に創られたもの――。


 もしそうだとしたら、ヘイルベンは最早レクロリクス王家の建国した国ではなく、ロースハイム王家によるプロパガンダの王国だということになります。


「そんなの……どうしたらいいの?」


 この国の闇は私達が想像していたよりも遥かに根深いものでした。

 私達は覗いてはいけない深淵を覗いてしまったのかもしれません。


 ここまでの話からしてそのスケールの大きさ故に、もうどんな材料を提示したとしても陛下を説得することは不可能でしょう。


 ファラに助けを求めようと横を向きますが、ファラも私と同様にどうしたらいいか必死に悩んでいる様子でした。


「あれ?でも、だとしたら何であの像はあそこにあったんだろう?」


 それは唐突に降って湧いた疑問でした。


 この国の歴史や成り立ちも、学院にしても、その全てはロースハイム王家がレクロリクス王家の存在を国民の記憶から抹消する為のものだと、そう主教様は仰いました。


 でも、それなら何故大庭園にはレクロリクス像が残っていたのでしょうか――。


 あの像についての文献や噂は学院には何一つありませんでした。

 私が知ったのもガイラさんがお父さまの書斎で見たという話を聞いたからで、その点では隠されていたと言っていいでしょう。


 ですが、それならそもそもあの像自体を壊したり、それが叶わずともあの場から移動させればいいだけのことです。


 あの像を残さなければならない事情があるのだとしても、わざわざ大庭園のど真ん中なんて目立つところに置く理由はないはず。


「さて、お話しはここまでです。憲兵、この者達の首を刎ねよ!」


 主教様の声に、それまで矛先を下ろしてじっと聞いていた憲兵さん達が体を震わせてその矛先をこちらに向けてきました。


「そんなっ――!?お願いです陛下!どうかお考え直し下さい!この戦争で下界人達を殲滅できたとしても、残ったこの国の人達は陛下への反乱を起こします!」

「それについては当然考えていますよ。これまでもそうしてきたように、洗脳し、脅し、黙らせる。洗脳から外れた人間は下界落ちにするだけです。」

「そんなこと許される訳が――」

「諄い!!」


 像のことは一旦置いておくしかありません。


 こうなってしまえば、もうどうする事も出来ません。

 ここはどうにかして逃げるしか――。



 そう思った時でした。



「そこまでだ!!」



 その聞き覚えのある声に、私とファラは驚きと期待に溢れ振り返りました。

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