それぞれの思惑(5)


「ここです。」


 息を荒げながら眼前に高々とそびえ立つそれを、私達は息を呑んで見上げました。


「ここにファラが……。」


 本来なら目新しいはずの街並みにも一切目もくれず、十数年ぶりの外でもここまで迷わずに来られたのは、遠くからでも分かる程に主張の強いお城の存在感と、ガイラさんが道を覚えていてくれたおかげです。


「ここからどう侵入するかが問題ですね。もう後戻りも出来ませんから慎重に行きましょう。」

「はい。」


 一先ず建物の陰に隠れて周辺の様子を窺いますが、やはり想像以上に警備が厳重です。

 今見える範囲でも四人は確認できますし、今回の相手は憲兵さんです。学院の正門を掻い潜るのとは訳が違います。


「流石にここばかりは強行突破のしようがありません。何処か侵入できそうな場所を見つけないといけませんね。」

「ガイラさん、心当たりはありませんか?」

「ここを訪れたのは十一年も前のことなので、内装なら多少は記憶にありますが、流石に侵入経路までは……。」

「ですよね、すみません。」


 周辺の警備が厳しいため、考えなしに動き回るのは得策ではありません。

 かといって、侵入場所を探すとなると動かなければ始まりません。


「それに、彼の居場所も突き止めなければなりません。侵入できたとして、中で下手に動いて見つかってしまえば意味がありませんから。」

「確かに。でも、ここからだと中の様子は確認できそうにありませんね。」


 ガイラさんの言う通り、ファラの居場所が分からなければお城中を探し回らなくてはいけません。中は外よりも人が多いでしょうから、見つかる可能性はずっと高くなります。


「憲兵を倒して鎧を奪えれば堂々と城を歩けるか……。」

「ガイラさん、急に考え方が物騒ですよ。それに、その方法だと助けた後の方が問題になります。」

「ですね。失礼しました。」


 注意はしたものの、ガイラさんの考えは一理あると思いました。


 ただこそこそと侵入するだけが方法ではありません。

 視点を変えて考え直すのは何事においても大切なことです。


「お城に入れて、中でも堂々と歩けて、ファラの居場所も分かる……。」

「その全部を満たす方法があれば一番ですが、流石に厳しいでしょう。兎に角まずは中に入る方法を考えま――」

「ありました!」


 雷に撃たれた様に思わず声を上げてしまいました。

 それに慌ててガイラさんが憲兵さん達に警戒を向けましたが、どうやら気づかれてはいないようでした。


「何か思いついたんですか?」


 ふう、と安堵の溜息をつくと同時に、ガイラさんはこちらに向き直りました。


「はい。たぶん……いいえ、絶対いけると思います。」


 自分でも怖いくらい最適解だと思える方法を見つけてしまい、高揚する気持ちを抑えるのが大変でした。


「いったいどうするつもり何ですか?」

「説明する時間がもったいないので、ガイラさんは私を信じてついて来て下さい。」


 堂々と真正面から突っ込んでいくユナウをガイラは止めようとしたが、既に憲兵の視界に入っていたため半ば決心してついて行った。


「止まれ。」


 門の前まで来ると、門の両端に立っていた門番さん達が互いの槍を交差させて行く手を阻みました。


「ん?貴殿達は確か、先程今年の最優秀に選ばれていたミス・アルバートンとミスター・スイルリードか。卒業式は明日の筈だが、何故学院の外に出ている?」


 流石お城で門番をやっているだけの事はあります。一瞬にして素性がバレました。


 ここからは言動には細心の注意を払わなければなりません。

 もし一度でも言動を間違えれば即下界落ちが待っています。


「それは……。」


 自信はあります。

 それでも死と隣り合わせだと思うと緊張せずにはいられません。


「ん?どうした?」


 やや警戒を強め、怪訝な面持ちでこちらの様子を窺い始める門番さんに、益々手に嫌な汗を掻いてしまいます。


「ユナウさん。」


 ふと微かに耳に届いた声に誘われ、俯いていた顔を上げました。


「貴女は一人じゃない。」


 声の主はガイラさんでした。

 目の前の門番さんにはギリギリ聞こえないボソッとした音量で、顔はそのまま、私に声を掛けてくれていました。



 そうです。私は一人じゃない――。



 ガイラさんはすぐ横にいる。

 これまで何度も助けてくれました。



 あの時、学院の正門で助けてくれた――。



 あれは間違いなくクリスちゃんの声でした。

 聞き間違えるはずがありません。



 クリスちゃんには嫌われても仕方がないと思っていたのに、あの時助けてくれた。

 今度は私から謝りに行かなくちゃ。



 そしてファラ――。



 私を守るために自分を犠牲にしてくれた。

 今度は私が身を削ってでも助ける番です。



「私達は王妃殿下に呼ばれてここに来ました。」


 私は胸を張って口に出しました。


「王妃殿下に?お前何か聞いているか?」

「いや、何も。」


 門番さんの二人が互いに確認し合っていますが、当然聞いている訳がありません。


「本当に殿下がお前達を呼んだのか?」

「もちろんです。」

「何かそれを証明する物は?」

「物はありませんが、今私達がここにいることが何よりの証拠です。王妃殿下の勅命があったからこそ、こうして特別に学院の外に出ることを許されたんです。」

「むむ、確かに……。」


 人生で最大の大嘘なのに、ここまですらすらと言葉が出てくることに自分でも驚いています。


「承知した。ただ今は有事な故、確認を取らせていただくので少し待たれよ。」


 そう言って、一人がお城の中へ走っていきました。


「ユナウさん、どういうつもりですか?まさか本当に勅命を受けているわけではありませんよね?」

「そうですが、大丈夫だと思います。」


 心配そうに小声で話すガイラさんに私は頷いて答えました。


 十分程して門番さんが戻ってくると、先程までのこちらを怪しむ様子は一切なく、開口すると同時に頭を深く下げてきました。


「大変失礼いたしました。王妃殿下より確認が取れました。殿下の勅命により、こちらの憲兵が審判の間までご案内いたします。」


 そう言って新たに憲兵さんが一人奥から姿を現しては、こちらに会釈して下さいました。


 自信はあったものの、私は内心ほっとしました。


「すみません、私の理解力が足りていない所為で状況が呑み込めていないのですが、これはどういうことでしょうか?」


 廊下を歩きながら憲兵さんと少し距離を取ったところで、ガイラさんは囁くようにこちらへ問いかけてきました。


「王妃殿下はやはり味方ということですか?」

「それは、まだ分かりません。」

「では何故?」

「どちらにせよ、王妃殿下のご助力は得られるんです。」

「と、言うと?」

「王妃殿下が味方だとすれば、私達のことを庇って下さるはずです。でなければ下界落ちは免れないでしょうから。」

「それは分かりますが、もし敵だったとしたら?」

「仮に敵だったとしても、それならそれでファラを捕まえている今、ファラに力を貸していた内通者も捕まえたいはずなんです。このタイミングでここに来たのだとしたら、それは――。」

「内通者である可能性が高い。そうでなかったとしても、無関係なはずがない。」

「そう言うことです。」

「なるほど。両賭けとは考えましたね。」


 王妃殿下の勅命ともなれば、例外的に学生が外に出ていても不思議ではない。

 加えて客人としてもてなされる為、堂々と城の中を歩いても怪しまれることはなく、おまけに案内までしてもらえる。


 ファラの素性やいきなり城に連れていかれた現状を考えれば、国の重役達は事を重く見ている。

 となれば、殿下がファラと同じ場所にいる可能性は極めて高いでしょう。


「まさに最適解。お見事です。」

「いえ。そんな大したことでは。」


 褒められるのは素直に嬉しいです。

 ここまで散々ガイラさんに頼りきっていましたが、ようやくその恩返しが一つ出来た気がします。


「ここが審判の間です。」


 地下一階の長い廊下を歩いていき、その最奥にあるヒト三人分程の大きな扉に憲兵さんが手を掛けると、目の前に視界一杯の大広間が姿を現しました。


 そこは正に審判の間と呼ばれるにふさわしい装いをした部屋でした。


 急な有事にもかかわらず満席の傍聴席が手前に広がり、周囲には二十人近い憲兵さん達が待機しており、奥には見上げるように高さのついた裁判官席――。


 そこには国王陛下と王妃殿下に加え、見知らぬ老齢の紳士と主教様、そして真ん中には王家の紋章が刺繍された帽子を被った審問官の五人がいらっしゃいました。


 そして傍聴席の柵の奥――この部屋の中央に、太い鎖で両手首を前で繋がれ、両足には重石の鉄球が付いた足枷を繋がれた〝彼〟の姿がありました。

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