それぞれの思惑(3)

 雲一つない晴天――今日は公に何かを公表するには絶好の日和です。


 学院の中は何処もかしこも騒がしく、皆ソワソワしていました。


 きっとそれは学院の外でも同じなのでしょう。

 見えなくても容易に想像が出来ます。


 今日という日を待ち望んでいなかった国民はきっといない。

 それほど今日という日は特別な日です。


「それでは、今年の【最優秀】を発表します。名前を呼ばれた二名は速やかにこちらへ。」


 主教様の声がホールに響き渡ると、それまでの騒がしさは一瞬にして消え失せました。


 ホールで、寮のテレビで、街頭スクリーンで、今度は緊張がこの国全てを包み込みました。


「まず今年の【最優秀紳士】は――」


 既に誰か知っている私ですら周りの緊張に釣られてしまいます。


「ガイラ・ジーン=スイルリード。」


 その名が告げられた瞬間、皆さん予想はしていたであろうに、拍手喝采と共に祝福の声がホールを埋め尽くしました。


 ガイラさんはご学友の方々に手で挨拶しながら人混みを掻き分けて壇上へと上がって行きました。


「静粛に!」


 ガイラさんが壇上に上がった後も拍手は一向に鳴り止まず、主教様は二、三度ガベルを叩かれました。


 その音で再び場に静寂が訪れると、つい先程の緊張が再びホールを覆いつくしました。


「続いて今年の【最優秀淑女】は――」


 私は高鳴る鼓動を抑えながらゆっくり深呼吸しました。

 視線の先ではガイラさんがこちらに頷いているのが見えます。


「ユナウ・レスクレイズ=アルバートン。」


 自分の名前が呼ばれた瞬間に、皆さんの視線が一斉に私に向けられました。

 しかし、驚く暇もないまま先程同様に拍手の雨と祝福の声に晒されて恥ずかしくなります。


 こんなにも歓迎されてしまうと何だか畏れ多くて、嬉しいを通り越して不安にすらなってしまいます。


「ユナウさん、おめでとう御座います。」

「ガイラさんも、おめでとう御座います。」


 お互いに壇上で祝福し合うと、その様子を見ていた学生や来賓の方々の拍手が更に激しくホールを包みました。


「静粛に!!」


 先程よりも強く主教様がガベルを叩きましたが、今度は収まる様子はありません。


 お祭り騒ぎのようになるホールに、主教様はやれやれと首を振ると、私達の方に振り返られました。


「この十一年間、本当によく頑張りましたね。あなた達二人は、歴代の【最優秀】の中でも特に優秀な部類に入るでしょう。ここで培った紳士・淑女としての教養や振る舞いを今後は是非とも国のために奮って下さい。」


 私達はそのお言葉に胸を張って返事をしました。

 それを聞いた主教様は頷き、皆さんの前に向き直ります。


「以上を持って、今年の【最優秀】の公表は終了とします。学生は明日の卒業式に備えるように。御来賓の方々を含む公衆の民達は、明日卒業し成人する者達を向かい入れるよう備えるように。以上。」


 主教様は最後に一回ガベルを叩くと自ら壇上を降りていかれました。


 直後、それを見計らったかのように学生達が壇上に押し寄せてきました。


 学生達の中には握手を求めてくる者、ただお礼を言いにくる者、ガイラさんに関しては胴上げされているようでした。


「ちょ、ちょっと待ってください!引っ張らないでください!」


 あらゆる方向から声を掛けられ、引っ張られ、どうすることもできない状態でした。


 祝福して下さるのは勿論嬉しいのですが、それよりも今は会って話したい人が――。


「クリスちゃん、どこ?」


 精一杯声を張って探しますが、余りの人口密度に探すどころの話ではありません。


「クリスちゃん……。」


 クリスちゃんとは結局今日まで仲直り出来ていません。

 何度かクリスちゃんに接触しようと試みもしましたが、ちゃんと話せそうな唯一の機会である就寝時でさえ狸寝入りされてしまう始末で、未だにまともに話すことすら出来ていません。


「嫌だよ、私……。」


 このまま仲直りもしないまま明日の卒業式を迎えるなんて絶対に嫌です。


 最早手段は選びません。

 多少強引でもクリスちゃんに会って仲直りしてみせます。


 とはいえ、ここにいては埒が明きません。


 私は寮の方へ逃げるように走り出しました。


 よく考えてみれば、クリスちゃんがホール内にいるとは限りません。

 学院の中でも中継は至る所でやっていますから、他の所で見ている可能性は十分あります。

 それに今は後ろから皆さん追って来ていますが、寮の自室までは流石に入っては来ないでしょう。


 息も絶え絶えになりながら追いつかれまいとひたすら走っていると、気づけば何とか皆さんを振りきり自室に辿り着いていました。


「ク、クリス……ちゃん……。」


 息を整えながら自室を見渡しますが、部屋はもぬけの殻でクリスちゃんの姿はありませんでした。


 ドアの向こうから追いかけてきた学生達の声が聞こえてきますが、思った通り部屋までは入ってくる様子はありません。


「けど、これでは外にも出られません……。」


 クリスちゃんを探しに行きたいですが表からは出られません。

 また捕まってしまえば解放されるまでどれだけ時間が掛かるか分かりません。


「そうです!ここからなら!」


 窓の外を見れば、こちら側には人はいません。それにすぐ横に上の階から排水用のパイプが下まで繋がっているので、これを伝って下りれば外へ出られます。


「淑女として窓から出るのは如何なものかと思いますが、この際そんなことは言ってられません!」


 意を決して私は窓から外へ出ました。

 入口の方には、悪気はないのでしょうが女生徒達が我先に寮へ入ろうと今も群がっています。


 それを尻目に、私は屋内庭園へと向かいました。


「ここにもいない。」


 屋内庭園に着くや否や、四つあるガゼボをそれぞれ順に巡りましたが、クリスちゃんの姿は見当たりませんでした。


 屋内庭園にも大型モニタがあるため式典の様子は見ることが出来ます。

 クリスちゃんは屋内庭園が好きでここのガゼボでよくお茶を飲んで過ごしているので、寮の自室にいないとなるとここが最有力候補だったのですが、どうやら当ては外れてしまったようです。


「ここにいないとなると、後は……。」


 学院内で式典の様子が見られる場所は、後は大庭園か学食か――。


 いいえ、考えてみればそもそもクリスちゃんが式典を見ているとは限りません。

 もし見ていないとなれば、クリスちゃんの居場所を特定するのは不可能に近いです。


 仮に見ていたとしても大庭園にいるとしたら広すぎて探すのは困難を極めます。


「とにかく探さなくちゃ。このままなんて絶対嫌だからね、クリスちゃん!」


 心当たりがない以上片っ端から探すしかありません。


「残りの場所で一番可能性が高いのは、やはり大庭園でしょうか?」


 屋内庭園を出ると早々に大庭園に向かいます。


 広大な大庭園――それでも最初に訪れてしまうのは、やはりレクロリクス像のあるスイートピー広場でした。


「思えばここから始まったんですよね。」


 ガイラさんとのお話会――始まりはそれでした。


 婚約の申し出に悩んでいたところで禁足の森に迷い、下界落ちの現場を見てしまった。


 そこで私は下界落ちを止める為に、ガイラさんは亡きお母さまの存在を取り戻す為に、互いに協力することとなりました。


 そしてファラと出会って、下界のことを知って、私の中で価値観が少しずつ変わっていって、王妃殿下に謁見して――。


 そうして今に至りました。


「たった一年弱のことなのに、本当に色んなことがありました。」


 まだ何も解決していないのに明日で学院を卒業し、成人して出ていく事に全く実感が湧きません。


 学院を出てしまえば禁足の森に入ることは難しくなります。

 そうなれば必然的にファラと今みたく会うのは難しいでしょう。

 それもどうするかこれから考えなければなりません。


「えっ?あれは確か――」


 ファラのことを想って禁足の森の方を見ると、見知らぬ大人達が数十名の列を成して進行していくのが目に入りました。


 全身に鎖帷子を纏い、陽光で銀色に輝く兜を被っています。

 そのうちの十数人は腰に剣を、残りの十数人は槍や弓を携えているようでした。


 その様相は明らかに何かあった事を示唆しています。


「どうしてお城の憲兵さん達が学院に……?」


 一人、二人ならお城の遣いか何かだと気に留めることではありませんが、数十人が進行するその光景はどう見ても異様です。


「もしかして!?」


 いったい何が――。

 そう思うよりも前に私は一つの可能性に思い当たり、クリスちゃんを探しに来たことも忘れて禁足の森の方へと駆け出しました。


「やっぱり。」


 当たって欲しくないと祈りながら走って来たものの、予想は奇しくも当たっていました。


 本来閉じているはずの禁足の森への唯一の扉は開け放たれており、憲兵さん達がぞろぞろと中へと入っていきます。


 どうして憲兵さん達が禁足の森に入っていくのか。

 考え付く限り一つしかありません。


「ファラが危ない!」


 どうしてバレたのか。

 そんなことを考える余裕もないまま、私は一目散にいつも出入りしている叢に隠れたフェンスの破れ目へ向かいました。


 息を荒げながら叢を掻き分けたところで、私は目の前の光景に喫驚しました。


「何で……どうして……。」


 いつもはここの破れたフェンスの隙間から中に入っていました。

 間違いなくここにあったはずなんです。


「穴が、ありません。」


 確かにあったはずの場所に手を引っ掛けながら私は膝を折りました。


 誰かが穴が開いていることに気づいて塞いだ。


 そんな当たり前のことに考えが至らない程に、目の前の現実に私は混乱していました。


「これは、溶接した後?」


 切れ目だった部分の不自然な跡が目に入り、そこでようやく冷静になりました。


 しかし、だからといって問題が解決した訳ではありません。

 ここから入れないとなると他の手段を探さなくてはなりませんが、もたもたしていてはファラが憲兵の方々に捕まってしまいます。


「おや、こんなところでどうしましたか?ミス・アルバートン。」


 その声を聞いた瞬間、私は絶望しました。

 この場所で一番見られてはいけない人に見られてしまいました。


「主教様。」


 体が芯から震える中、何とかして誤魔化さなければ、と主教様の方へと叢から出ました。


「いえ、別に何も。ちょっと探し物をしておりまして。」


 一言でも紡ぐ言葉を間違えればその場で罰せられるのではないかという恐怖が、足を竦ませ、心臓の鼓動を跳ね上げ、ひしひしと緊張を与えて私の心身を蝕みました。


「左様ですか。して、探し物は見つかったのですか?」

「いえ、それはまだです……。」


 こちらを怪しむでもなく普段と変わらぬ口調で話す主教様に思わず気を緩めてしまいそうになりますが、既に後ろ指さされている可能性もあります。


 予断を許さない状況に変わりありません。

 紡ぐ言葉には細心の注意を払わなければなりません。


「そうですか。まあ叢に潜ってまで探すような物のようですから大事なものなのでしょう。ですが、あまりここに近づいては行けませんよ。特に今は勘違いされてしまいますから。」

「勘違い?」


 その単語に私は最早吐いた直後のような気持ち悪さすら覚えました。


「ええ、そこの叢で隠れていましたからずっと気がつきませんでしたが、先程貴女のいた辺りのフェンスが丁度ヒト一人分程の大きさに破れていたのです。」

「フェンスが、ですか?」


 白々しいかもしれないと思いつつも、知らなかったふりをしてやり過ごす以外に道はありません。


「ええ。まあ、昨日見つけて直ぐに修理しましたから、今は直っていますがね。もしかしたらこれまでに禁足とされたこの森に足を踏み入れた愚か者がいたかもしれません。今その輩を見つけようと監視していたんですよ。犯人は同じ場所に戻ると言うでしょう?」


 この時私は純粋に主教様を怖いと思いました。

 図星だった事もありますが、それ以上に全てを見透かしているようで、その上で泳がされているような気がしてなりませんでした。


「あ、あの!主教様、先程憲兵の方々が大勢で禁足の森へ入っていくのをお見かけしたのですが、あれは何だったのでしょうか?」


 このままではバレてしまうのも時間の問題だと思い、私は咄嗟に話をすり替えました。


「ああ、まあ……色々ありましてね。学生に話すような事情ではありません。」

「そこを何とか教えてはもらえないでしょうか?」


 ここは逆にチャンスです。

 話をすり替えられるのは勿論、あの憲兵さん達が本当にファラの存在を知って捕縛しに来たのか、その意図を知ることが出来るかもしれません。


 それが分かれば先回りしてファラに危機を伝えることもできます。


「珍しいですね。貴女がこのようなことにクビを突っ込むとは。」

「い、いえ。あれだけの憲兵さんを見たのは初めてだったもので、只事ではないと思いまして。」

「そうですね。」


 主教様は考え込むように目を瞑ると、一風吹く間を置いてからおもむろに見開きました。


「まあ明日卒業する事ですし、最優秀淑女の貴女になら話しても良いでしょう。」


 そう言って主教様はフェンスの方に歩み寄り、フェンス越しに禁足の森の奥を眺めました。


「この禁足の森の奥には洞窟が存在するのです。貴女も学院で過ごす中で噂ぐらいは聞いたことがあるでしょう。」

「ドウケツの、洞穴……。」

「そうです。いったいどこから、いつから漏れたのかは分かりませんが、そう呼ばれる洞窟がこの森には存在するのです。」


 主教様の口ぶりからして、ガイラさんがその噂を広めたということは本当に知られていないようでした。

 そのことには少しホッとします。


「まあ正確にはドウケツの洞穴という呼び名は、その洞窟自体ではなく、その中にある大穴のことをそう呼んでいるのですが、まあそのような細かいこと、今はどうでもよいでしょう。」

「その洞窟と憲兵の方々が大勢で押し寄せているのには何か関係があるのですか?」

「ええまあ。しかし、ここから話す事は秘匿事項。例え最優秀淑女の貴女と言えど、外部に漏らせばその身は保証できません。それでも知りたいですか?」


 含みを持たせるような話し方に、私はやきもきして思わず知っていることを口走ってしまいそうになります。


「お願いします。」


 早まる気持ちをぐっと抑えて、私は恐る恐る頷きました。


「一昨日のことです。ある筋からの情報で、この禁足の森に何者かが出入りしていると報告がありました。」


 禁足の森に入っていくのを誰かに見られていた。


 それを聞いた時、私は心臓が口から飛び出してしまいそうな程鼓動が大きく速くなるのを感じました。


「ある筋?」

「はい。その報告によれば、その人物はドウケツの洞穴を拠点として何者かと接触し、国家転覆を企んでいるとのことでした。」

「国家転覆!?」


 それまで自分の行動と完全に一致した情報から、急に突拍子もない話になったことで、私は思わず素で驚いてしまいました。


「思っていた反応と違いますね……。」

「えっ?」

「ああ、いえ、何も。こちらの話です。」


 薄っすらと聞こえた主教様のその呟きには不審感を抱きましたが、不注意に追及しては逆にこちらが墓穴を掘る可能性もあるため深入りは出来ませんでした。


 とはいえ、今の自然な驚きが主教様の私に対する疑惑を晴らすこととなったのは僥倖でした。


「いったいどれだけの人物が関わっているのか、何人この森に入り込んでいるのか、それはまだ分かりません。しかし、相手が本当に国家転覆を企んでいるのであれば、こちらも相応の戦力で立ち向かわなければなりません。相手がどれだけの規模か分からない以上、こちらは多めに戦力を投入する必要があります。それが先程貴女が見た、憲兵達が派遣された理由です。」


 主教様の聞いた報告というのは、どうやら正しい情報と的外れな情報が交錯しているようでした。


 しかし、仮にすべての情報が正しかったとしても、これだけの憲兵を派遣する程の確証を持てるのは何故なのか。


 ここまでの話を聞く限り、主教様は私を怪しいと睨んではいるものの、実際のところは何も掴んでいない様子です。

 にもかかわらず、派遣を要請し、破れたフェンスの場所をご自身で監視し、森に入り込んでいる人物がいることを信じて疑わないのはなぜか――。


 その答えに行きつくのはそこまで難しくありませんでした。


 主教様が確信をもって動いている理由。

 それはきっと情報元が絶対的な信頼にたる人物からのものであるから。


「あの、主教様。先程申し上げられた〝ある筋〟というのはいったい――?」


 できれば信じたくはありませんでした。

 これまでの言動から、きっと味方なのだろうと確信に近いものを感じていました。


 だから当たって欲しくない――。


 しかし、その願いは虚しくも外れてしまいました。


「私にその情報を提供して下さったのは、殿です。」


 主教様の口からその人物の名を聞いた瞬間、私は深い絶望に苛まれました。


 ここに来て王妃殿下に裏切られてしまうなんて――。


 いいえ、そもそも私が思い違いをしていただけで、元々あちら側の人だったのかもしれません。


 王妃殿下はあくまでも王家の方です。

 味方というよりも、寧ろ一番の敵とみるべきでした。


「話はここまでです。私も憲兵と共に洞穴へ赴かなければなりません。くれぐれも今話した内容は外部に漏らさないように。でないと貴女もどうなるか分かりませんよ。」


 そう言って、主教様は憲兵さん達の隊列に加わって森へ入っていってしまいました。


「いったいどうしたら……。」


 主教様にバレなかったのは良しとして、一刻も早くファラの元へ知らせに行かなければなりません。

 でないと、ただでさえ身元自体がバレたら大変な彼が、更に国家転覆の容疑までかけられて捕まってしまったら、間違いなく殺されてしまう。


「ユナウさん!」


 状況を整理するので精一杯な中で願ってもいない声が聞こえたことに、私は心底安堵しました。


「ガイラさん!あのっ――」

「憲兵が大勢で禁足の森に押し寄せてきています!」


 こちらが説明するまでもなく、ガイラさんは既に状況を把握されているようでした。


「急いで憲兵達よりも先回りして例の青年に逃げるよう伝えないと。彼が捕まってしまえば彼自身はもちろん、芋づる式にユナウさんまでその身が危険です。」

「はい。でも、あそこのフェンスは修復されてしまっています。入口からは流石に入れないと思いますし、いったいどうしたらいいか……。」


 俯く私にガイラさんは急ぎながらも優しく手を取って下さいました。


「諦めないで下さい。まだ方法はあります。」

「方法ですか?」

「はい。ですが、悠長に説明している時間はありません。とにかくついて来て下さい。」


 そう言って駆け出すガイラさんの背中を私は縋る思いで追いかけました。


「ここからは一切喋らないで下さい。」


 ガイラさんは壁に背を預けながら、その先にいる警備員さんの隙を窺っていました。


「よし、今です。」


 警備員さんがこちらに背を向けたところで、ガイラさんは物音を立てないように細い通路を抜けて人気の少ない建物の裏へと隠れました。


「ここって、男子寮ですよね?初めて見ました。」

「そんなにじろじろ見ないで下さい。ベランダには下着等も干してありますから……。」


 その言葉に、逆の立場だったらと考えると、私は咄嗟に顎を引きました。


「普段ならここも人がそれなりにいるのですが、今日に限っては皆燥いで外に出ているので比較的安全です。」

「それは分かるんですが、ここからはどうするんですか?」

「もう少し行った先に大庭園と同じように禁足の森との境目があって、そこにフェンスがあります。そのフェンスの一部分にこれを撒いて下さい。私がここ数カ月で化学準備室からこっそりと少しずつ入手した腐食剤です。これを使えばかなり脆くなるはずなので、ユナウさんでも簡単に蹴破れると思います。そこから侵入して下さい。」

「そんなことまで……。」

「遅かれ早かれフェンスを直されることは予測できていましたから、万が一の為に保険を打っておいたまでです。」


 この人は本当に凄い。


 私は行き当たりばったりだというのに、ガイラさんは全て計算してことに当たっている。


 この人がいなかったら、きっと私は何も出来ずに後悔していたかもしれません。


「さあ、早く。本当は私も一緒について行きたいところですが、戻って来た時に誰かと鉢合わせるといけません。ここを見張っておきます。」

「はい。ありがとう御座います。」

「ユナウさん、くれぐれも気をつけて下さい。貴女自身が見つかってもいけないという事を忘れないで。」


 私は頷き、腐食剤の入った瓶を受け取るとフェンスの元へと急ぎました。

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