第五章 母と子

母と子(1)

 殿下に連れられた私達はお城の二階まで下りて来ました。


「あ、あの……殿下、失礼ながらどうして此処なのですか?」


 最初は殿下の自室か、もしくは広間に連れて行かれるものと思っていたのですが、着いた場所はなんと厨房でした。


 まさかこんなところで話すのか、と私は畏れ多くも口を挟んでしまいました。


「違うわ、ユナウ。」

「えっ――?」


 意外にもクリスちゃんから声を掛けられ、私は虚を突かれたようについ足を止めてしまいました。


「すみませんが、そこの棚をずらしてもらえますか、ミスター・スイルリード。」

「承知しました。」


 ガイラさんは何の疑問も持たずに殿下に言われた通り、慣れた手つきで食器棚を力一杯押し始めました。

「あの、えっと……。」

「覚えてない?隠し通路のこと。」


 そこまで言われてようやく思い出しました。


「そういえば、クリスちゃん達ここを通ってお城の中に入って来たんだったね。」

「そうよ。ここを通ると学院の大庭園に繋がっているわ。」

「あの像の台座部分が隠し扉になっていたんですよ、ユナウさん。」


 あの像――大庭園に繋がっているということは、ガイラさんが言っているのはレクロリクス像のことでしょう。


「そんなところに……なんで今まで誰も気づかなかったんだろう?」

「気づいた人はいたかもしれないけど、どの道隠し扉を開けるには鍵が必要なのよ。」


 ガイラさんとクリスちゃんは確か手紙を受け取ったと言っていました。

 その中に鍵が入っていたとも。


 それを渡したのは十中八九王妃殿下だと思いますが、殿下はどうしてクリスちゃん達に手紙を送ったのでしょうか。


 そんなことを考えている内にガイラさんが食器棚を押し終わり、棚があった場所から階段が姿を現しました。


「ここは、元々有事の際に王族が避難する為に作られた通路です。ついて来て下さい。」


 そう言って殿下は〝もう大丈夫〟と手振りしてはご自身で階段を下りられ、私達もその後ろをついていきました。


 かなり長い階段を下りていくとやがて底に辿り着き、今度は一本の通路が先が見えない程に伸びていました。

 感覚からして、ここは大体お城の地下一階と同じくらいの高さでしょうか。


「こちらです。」


 通路の左右の壁に一定間隔で置かれた灯りを頼りに、私達はどんどん奥へと進んでいきました。


「ここです。」


 五分程歩いた頃、まだ通路の途中にもかかわらず殿下は足をお止めになられました。


「学院に行くのではないのですか?」


 こちらの問いに、殿下は首を横に振られました。

 クリスちゃんとガイラさんの方を見ますが、ここを通って来た二人も分からない様子でした。


「目的地はここです。」


 そういって殿下は壁のある箇所を手でグイッと押されました。


 すると、どうしたことでしょう。

 殿下が押した箇所の壁が凹み、それと連動するように殿下の目の前の壁が鈍い音を立てて振動しながら動き始めたのです。

「こ、これは――!?」


 数秒後、私達の目の前に古びた木製の扉が姿を現しました。


「隠し通路の中に、更に隠し扉があるとは……。」


 私達は驚きの余り言葉を失っていましたが、殿下が中に入るのを見て我に返ったようにぞろぞろと中へ入りました。


「ここって――。」


 その部屋に入った瞬間、私はその既視感に驚き困惑しました。


「あの夢の部屋だ。」

「夢?」


 訝し気にこちらを見るファラにも気づかず、私は四方の壁一面に広がるオルゴールを見渡していました。


「凄い数のオルゴールね。一体いくつあるのかしら?」

「百……どころではないですね。千は超えているでしょうか?あちらにも部屋が続いているようですから、もっと多いかもしれません。」


 クリスちゃんとガイラさんは壁ぎっしりのオルゴールに、呆気に取られたように魅入っていました。


 私も二人と同じようにオルゴールを傍で鑑賞しました。


 やはり近くで見ると一つ一つが異なる素材や装飾で作られているのが分かります。

 数も凄いですが、何より凄いのはその精巧さです。


 普通オルゴールと言えば曲を流す物だと思いますが、ここにあるものは開くと美しいメロディと共に女性の肉声が聞こえてきます。

 私が手に取った物はかなり年代物のようで、音が錆びて掠れてしまっていて、声の主が何と言っているのかまでは聞き取れませんでした。


「殿下、これは――」


 このオルゴールは何なのか――。

 そう聞こうとした時、奥にあったもう一つの扉がカチャリと小さな音を立てて開きました。


「あっ、やっぱり!ナスタシア様だ!」


 そう言って扉の奥から出て来たのは一人の男の子でした。


 男の子は無邪気にニカッと笑っては殿下の元へ駆け寄りました。


 十歳くらいでしょうか。

 男の子は愛嬌のある笑顔で殿下の足に抱き着きましたが、すぐに私達に見られているのに気づいたようで殿下の後ろに隠れてしまいました。

 その様子は単に人見知りのようにも思えますが、それ以前に殿下以外の人にそもそも慣れていないといった様子にも見て取れました。


「マルクス、あれから何事もありませんでしたか?」


 マルクスと呼ばれたその少年は殿下の質問に頷いて答えると、ドレスの裾を一頻りに握っていたその手を更にギュッと握り締めました。


 その仕草は愛おしくも、なんだか悲しく思えてしまいます。

 こんなところに一人でいるなんてこの子は一体何者なのでしょうか。


 それに気のせいでしょうか。

 どことなくガイラさんに面影が似ている気がします。


「畏れ多くも殿下、この子はどちら様でしょうか?」


 ガイラさんは怯える少年に優しい目を向けながら殿下に問いました。


「そうですね。この子のことも話さなくてはなりません。特にミスター・スイルリード、貴方には。」


 その含みのある言い方は気になりましたが、急かさなくても殿下は包み隠さず話してくれるでしょう。


「少し長くなりますが、一から順を追って話しましょう。」


 そう前置きして殿下は一呼吸間をおいてからおもむろに口を開きました。


「今から千年前のことです。この国を建国した初代王アレキシウス=レクロリクスは、当時若干十九歳にしてその武力で上界の人間達を制し、それまで無法であったこの土地に法を作りました。そして、暗黙として存在していたカースト制度を撤廃し、国を統治する己自身を除く全ての国民を平等に扱うこととしました。」


 それはロースハイム陛下が仰っていた内容と同じものでした。


 学院で習った歴史、

 陛下から聞いた歴史、

 ファラから聞いた古い言い伝え――。


 私達の知る歴史は、そのどれもが大なり小なり食い違っています。

 私達はまずこの国の歴史を正しく知るところから始めなくてはなりません。


「やがてアレキシウス王は国民と共に城の建設に着手しました。王は王でありながら自ら資材を収集し、進んで働いたといいます。王は民と共に汗を流し、時には友人のように、時には親のように寄り添い、民を愛していました。そして、それは国民達も同じ。国民もそんな気さくな王を愛していました。」


 初代レクロリクス王は、自らを王としながらもそれをあまり表に出す事はなかった。


 それが国を治める者として正しいのか、間違いなのか、私には分かりません。


 ですが、ロースハイム王家に抹殺され跡継ぎが絶えてしまうまでの五〇〇年間、その幾星霜ともいえる年月レクロリクス王政が続いたのは、きっと初代王の人格と、王が自らの手で築き上げてきた国民との信頼あってこそのものなのだろう、と何となくそう思います。


「月日は流れ城が完成すると、アレキシウス王と国民達は大いに喜び祝杯を上げました。そしてその時に王は出会ったのです。後に自身の妻となる女性と。」

「それが、昔話に出てくる王妃か――。」


 殿下はファラの呟きに小さく頷かれました。


「その女性の名は、ディアンヌ=レクロリクス。旧姓は記録に残っていないため分かりませんが、城の建設にも協力していた国民の一人だったとされています。あなた方もお姿は見た事があるでしょう。学院の大庭園にある像がディアンヌ様その人です。」


 ディアンヌ=レクロリクス――ようやくその名前に辿り着きました。


 ずっと謎だった大庭園の像。

 その存在や記録が一切見つからなかったのはロースハイム王家の手による為だと思いますが、何故学院の大庭園に初代王妃様の像が残されていたのか。


 その理由は未だに分かっていません。


「あの像が大庭園に残されているのは何故ですか?陛下や主教様のお話の通りなら、ロースハイム王家にとってあの像は抹消するべき物のはずです。他の物証は一切残っていないのに、どうしてあの像だけが、それも大庭園なんて目につくところに残されているのですか?」


 私の問いに殿下は一度少年に視線を落とし、その頭を優しく撫でては一呼吸置かれました。


「それは、単にあの像が壊せないからです。」

「壊せない?」

「あの像――もっと言えば、この石室の壁や通ってきた地下通路の壁もそうですが、それらはナルチウム鉱石と呼ばれる特殊な鉱石で作られています。」

「ナルチウム鉱石?」


 耳慣れない鉱石の名前に、私は徐々に理解が追いつかなくなってしまいました。


「なるほどな。」

「ファラは知っているの?」


 クリスちゃんも、ガイラさんも、その表情から察するに私と同じように知らない様子でしたが、ファラだけは違いました。


「ナルチウム鉱石は下界だとそう珍しいものじゃない。鉱山で銅鉱や亜鉛なんかと一緒によく出土する滅茶苦茶硬い鉱石だ。あまりに硬すぎて加工が出来ないから、下界だと出土しても放置するか、使っても精々漬けもの石にするくらいにしか使わないけどな。」


 だからあの像はあのまま残っている。


 それなら壊せないというのは納得できます。

 でも、なら何故ロースハイム王家はあの像を隠そうとしなかったのでしょうか。

 禁足の森にでも投棄してしまえば、まず見つかる事はないはずですが――。


「今でこそナルチウム鉱石は上界ではほとんど産出しませんが、昔は上界でもそれなりに採れたと言われています。ロースハイム王家はあの像を幾度となく破壊しようと試みましたが、あらゆる手を尽くしても傷一つ付けることは叶いませんでした。その為、あの像を人目のつかない場所へと移そうとしましたが、そこにもまたロースハイム王家にとって誤算がありました。」

「誤算?」


 考えられるとすれば重量でしょうか。

 重すぎるせいで運ぶことが出来なかったとか。


「そうか、この地下通路だ!」


 不意にガイラさんが閃いたと言わんばかりに声を上げました。


「地下通路?」

「はい。ユナウさんとファラはまだ見ていないので分からないかもしれませんが、あの像の台座はこの地下通路と繋がっています。この地下通路の壁も同じナルチウム鉱石で出来ているなら、像を動かすためには台座と地下通路の壁を切り離さなければなりません。」

「なるほど。ナルチウム鉱石は加工できない。つまり、切断なんかできやしない。だから像を動かせなかったのか。」


 ガイラさんとファラの話でようやく合点がいきました。

 硬すぎるが故に破壊も出来ず、移動させることもできない。

 しかし、そうなると新たに別の疑問が生れます。


「でも、そこまで硬い鉱石ならそもそもどうやって像に加工したんでしょうか?」


 当然の疑問に私達は殿下を見つめました。


「それは、当時には加工出来る職人が唯一人存在したからです。」

「そんな職人が?」

「クリエッラ・トゥートス=トンベリはご存知ですね?」

「はい、もちろんです。私が学院社交会で着たドレスがトンベリさんのオートクチュールでした。でも何故急にトンベリさんの名前を……って、もしかして――!?」


 私の考えは当たっているようでした。


 殿下はコクリと頷いては続けられました。


「貴女の考えている通り、その唯一人の職人とはミセス・トンベリの先祖です。」


 まさかこんなところでその名前が出て来るとは思いもしませんでした。


 意外な人物の登場に驚いたのは私だけではありません。


「しかし殿下、ミセス・トンベリは服飾系の職人では?」

「元々トンベリ家は彫刻家の家系でした。先程話した城の建設――その設計や城壁の建設を直接指揮したのも、当時のトンベリ家頭首マルシエラ・スタティス=トンベリだと言われています。」

「知らなかった……。」


 ガイラさんが知らなかったという事は、恐らくトンベリ家についてもロースハイム王家にとっての抹消対象だったのでしょう。


 確かに考えようによってはトンベリ家の実績を追えば、レクロリクス王家に行きつくことも可能かもしれません。


「あの像は、後にレクロリクス王家が抹殺される直前に技術を受け継いだトンベリ家の者が、当時自身の死期を悟ったレクロリクス王妃の『自分達の意志を後世に残したい』という願いの元、五〇〇年前に作られたものなのです。」

「死期を悟った……てことは、当時の王妃は殺されるのが分かっていたってことか?それなら逃げようとは思わなかったのか?」


 ファラは少し怒っているように見えました。

 心に引っ掛かるその気持ちは分かります。

 何故殺されるのが分かっていたにもかかわらず、逃げずに初代王妃の像なんて作ったのか。


「それは、自身の身内を信じたかったからです。」


 その答えにファラは何も言い返しませんでした。

 寧ろ少しでも怒りが湧いたことを後悔するように、殿下から顔を背けていました。


「自分か、他人かは関係なく、自分の身内が私利私欲で人を殺すなど信じたくはなかった。」


 当時の王妃殿下の心境はお察しします。

 確かに、誰だって身内が殺しに手を染めるなんて、分かっていたとしても信じたくはありません。


 私なら止めますし、当時の王妃殿下もきっと殺される寸前まで説得したのだと思います。


「そういえば、陛下は『レクロリクス王家はロースハイム王家を王政から排除した』と仰っていましたが、あれは本当なんですか?もしそうなら、どうしてそんなことを?」


 話の流れに乗って私は先程の陛下の話で疑問に思ったことを殿下に問いました。


「レクロリクス王家がロースハイム王家を王政に参加させなかったのは事実です。ですが、それには理由があったのです。」


 殿下は柔らかな物腰は残しながらも悲しげな表情を浮かべました。


「初代王であるアレキシウス王は、自らの王国から何れは王制をも撤廃し、国民が協力して自分達の力で築き上げていく民主共和国となることを目指していました。」


 それはつまり、アレキシウス王にとって自身が王となったのはただのきっかけに過ぎなかったということでしょうか。


 今までの話からしてもアレキシウス王がそういった思想の持ち主だということは分かります。

 だからこそ、王族の権力を振り翳すようなことはせず、国民と同じ立場になって寄り添っていた。


 そんな王様だったからこそ国民に愛されていたと思えば、何だか納得できてしまいます。


「アレキシウス王は、目的の為には王政に余り多くの人間を関与させるべきではないと考えていました。組織というのは規模が大きくなればなるほど解体しにくくなります。加えて、組織が大きくなるということは、当然その組織による影響力と依存度も大きなものとなります。そうなれば、解体した際の影響は大きくなってしまうでしょう。」

「逆に組織が小さければ自分に掛かる負担は大きくなるが、解体しやすく、その際の影響も抑えられる、か。まあ話を聞く限り、自分の負担なんて気にするような王とは思えないしな。」

「ええ。そしてアレキシウス王の遺志は後世にも継がれていきました。その結果、ロースハイム家は王位とその権力を行使できず、それらを欲してレクロリクス王家を抹殺したのです。」


 言ってしまえば、それはロースハイム家の【勘違い】だったということ――。


 なんて悲しい結末なのでしょうか。

 理解し合えることだってきっと出来た筈です。


 王位を欲したということは、ロースハイム家は王制思想だった。

 レクロリクス王家との思想の違いはどの道あったかもしれません。


 ですが、殺さずとももっと良い落としどころ――折衷案があった筈です。

 それが出来なかったのはとても悲しいことです。


「話を少し戻しましょう。結局のところ、ディアンヌ様の像は壊す事も隠す事も出来なかった為、ロースハイム王家は像に関するあらゆる資料を処分し、学院を像のある場所に建設しました。そして、学院内に他にも複数の像を作ることで、ディアンヌ様の像をオブジェクトの一つとして馴染ませることで像の本質を隠したのです。学院が出来た理由は……もうあなた方はご存知でしたね。」

「はい。でも、そんなことで何百年もあの像のことを隠せるとはあまり思えないのですが……学院が出来てから五〇〇年もの間誰も像について調べたり、疑問に思うことはなかったのでしょうか?コンクリートなどで像全体を固めてしまった方が良かったのでは?」

「勿論過去にはそういったこともしていました。しかし、数百年も雨風に晒されれば風化して中身が露出します。三〇〇年ほど前に一度それであの像にかなりの注目が集まったことが実際にあり、その際には学生達の記憶を操作するのにかなり時間が掛かったようです。」

「なるほど。風化するごとにそれじゃあ、隠し通すのは難しい。かといって、定期的に固めるにも学院のど真ん中じゃ常に誰かに見られる。そうなれば疑問に思う奴も出てくるか。」


 確かにそれならオブジェクトとしてそこに置いておいた方が良いのかもしれません。


 実際あの像は大庭園に馴染んでいますし、違和感を覚えたことは今年に入るまでありませんでした。


 それに思い返してみれば、展示物などは気に留めることもありましたが、元々そこにある像をじっくり見ることはほとんどありませんでした。


 犬や子供が遊んでいる像があったとか、何処に像があったかなどの記憶はありますが、その作者や作られた背景まで気にしたことは失礼ながら一度もありません。



 そこにあるのが当然だと思うと疑問に思うことすらしない――。



 これも主教様が言っていた固定観念の一つということでしょうか。


 知れば知るほど学院がレクロリクス王家の存在を隠すために造られたものなのだと、その綿密さに怖くなります。


「あの像のことは分かった。けど、まだ分からないことがある。何故五〇〇年前の王妃は自分達の意志を残すのにわざわざ初代王妃を像にしたんだ?普通なら自分や当時の王、もしくは初代にしてもアレキシウス王の方を像にしないか?」


 言われてみれば、それは確かに気がかりに思います。


「それは、ディアンヌ様の遺志が五〇〇年経ったあの当時も、そして今もなお息づいておられるからです。」


 殿下の言葉に、私は地下牢で見た夢を思い出しました。


 なぜあんな夢を見たのかは今も分かりませんが、あの夢で殿下はオルゴールを作られていました。


 ここには正確な数は分からずとも千個近いオルゴールがあります。

 この国が建国してから今日で丁度千年。

 もし仮にこれが初代王妃であるディアンヌ殿下の頃から一年に一個作られていたのだとしたら、この悍ましいともいえるオルゴールの数とも帳尻が合います。


「初代王妃の遺志……。」


 ファラは思い当たる節があるといった顔でした。

 私も同じです。


 ディアンヌ殿下があの昔話に出てくる王妃なのであれば、その遺志――願いはだいたい想像がつきます。


「あなた方も知っての通り、アレキシウス王とディアンヌ様の間には三人の子供がいました。三人の名は、長男アレス、長女エレティア、次男ルシウス。三人はそれぞれ勇敢、清廉潔白、好奇心旺盛と、それぞれ王族に相応しい素質を持っていました。アレキシウス王とディアンヌ様は三人が自分達の意志を継ぎ、ヘイルベンをより良い国に導いてくれると確信していました。」


 ファラが話してくれた昔話。

 その詳細もここに来て明らかになってきました。


 この後の展開は私も皆ももう知っています。


「しかし、建国からおよそ三十年が経とうとする頃に事件は起こりました。第二王子が〝あの穴〟に落ちてしまい生死不明となったのです。」


 そうです。

 ファラの話では確か、ディアンヌ王妃とのお散歩の途中に第二王子はあの穴に――すなわち禁足の森にある〝ドウケツの洞穴〟を見つけ、誤って落ちてしまった。


「第二王子は死んだものとされ、王とディアンヌ様はもちろん、全ての国民がルシウス様の夭折を悲しみました。」

「でも、ディアンヌ殿下は生きていると信じていたんですよね?だからドウケツの洞穴に食べ物を落とすようになったと、それで第二王子は死なずに済んだと、ファラの話ではそのように聞きました。」

「ユナウさんの仰る通りです。ディアンヌ様は悲しみにくれながらも、ルシウス様が生きていると信じてあの穴に声をかけ続け、食べ物を落とし続けたのです。だからこそあの穴を、母と子を繋ぐへその緒に見立て【同血どうけつの洞穴】と呼ぶようになったのです。」

「〝ドウケツ〟って、そういう意味だったんだ。」


 学院の噂ではドウケツの洞穴の由来は色々言われていましたが、一番有力と言われていたのは洞窟の中にあるほら穴だから【洞穴どうけつ洞穴ほらあな】という説が唱えられていました。


 しかし、実際はディアンヌ殿下とルシウス殿下を繋ぐへその緒だから【同血】と呼ばれていた。


 本来の由来がそんな素敵な意味だったということに、私は純粋に感動を覚えました。


「そのおかげでルシウスは助かって下界が繁栄したんだから、王妃の信じ続けたその気持ちは間違っていなかった……って、そうか。」


 ファラは話の途中で何か思いついたように顎に手を乗せて考え始めました。


「俺、少し勘違いしてたかも。」


 ファラはぽつりとそう呟くと、顔を上げてナスタシア殿下を見つめました。


「ディアンヌ王妃の遺志は、ルシウスに生きていて欲しいってことだと思ってた。だからその血を継いだ俺達を生かすことがディアンヌ王妃の遺志になる。それがあんたの行動原理だと思ってたけど、そうじゃなくて、願いはもっと単純なんじゃないのか?」

「と、言いますと?」


 殿下もまた試すかのようにファラの目を見つめられていました。


「ディアンヌ王妃の遺志――それはたぶん、願うことならもう一度ルシウスに会いたいってことだ。もっと言えば、ルシウスが落ちた先で生きているなら、何年掛かろうとももう一度会いに行く。例えそれが直接叶わなくとも、世代を超えてでももう一度会いたいって、そういうことだと思う。」


 どうだ、当たっているか――。


 そう言うようにファラはナスタシアの目を見つめ返した。


「お見事です。流石はレクロリクスの血を色濃く継ぐ者。ディアンヌ様の遺志は正しく今貴方が言った通りです。」


 そんなことはないと思いますが、この時私は初めて殿下の笑顔を見た気がしました。


 目に若干の涙を浮かべて笑うそのお姿は、長年の願いがようやく達成された事への感動でしょうか。


「でも、そうだとすると一つだけおかしな点がある。」


 感動に浸るかと思いきやファラの顔を覗いてみると、何故か戸惑っているようでした。


「ルシウスの血を強く引いた俺は分かるとして、ディアンヌ王妃の遺志を果たすにはディアンヌ王妃の血を引いた人間がいなきゃ始まらない。」

「ロースハイム王家はレクロリクス王家の分家なんでしょ?だったら陛下と貴方は親戚ってことではないの?それに、陛下の純血思想を考えたら、ナスタシア殿下だってロースハイムの血を引いている訳なんだから、薄くともディアンヌ殿下の血を引いているといって良いんじゃないかしら?」


 クリスちゃんの言う通りだと私も思います。


 陛下はナスタシア殿下のことを〝純血を守るための道具〟だと仰っていました。


 その表現自体は許せませんが、それはつまりナスタシア殿下もロースハイム家の血を引いておられるということで、縁遠いとはいえディアンヌ殿下の血を引いておられるのですから、それほどおかしいことだとは思いません。


「まあ、そうなんだけど……。」


 ファラはどうしても納得がいかない様子でした。


「これもレクロリクスの血が成せる〝感〟でしょうか。」


 私達が困っていると、いつの間にか真顔に戻った殿下が口を挟まれました。


「そうですね。それも順を追って説明しましょう。」


 正直ここまででも大分聞き疲れてしまいましたが、殿下の物言いに話はまだ終わっていないのだと、私達は改めて気を引き締めました。

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