第21話 おおかみさん

 あるところに たくさんの どうぶつが すむ もりが ありました。そのもりの おおくの どうぶつは みんな なかよく たのしく くらしていました。


 ですが みんなと なかよくない どうぶつも いました。


 それは おおかみさん です。

 おおかみさんは ひとりぼっちでした。あるいていても ひとりぼっち でした。ごはんを たべる ときも ひとりぼっち でした。

 どうして ひとりぼっちなのか というと それは みんなから こわがられているから でした。


 ねこさんがいいます。


「こわいよ」


 ねずみさんが いいます。


「たべられちゃうよ」


 きつねさんが いいます。


「みんな ちかくには いかない ほうが いいよ」


 ほかの どうぶつたちは おおかみさんの すみかには いきません。

 だから おおかみさんは ひとりぼっちで くらしていました。

 

 ですが おおかみさんは へいきでした。

 ひとりぼっちでも いいと 思っていました。さびしくは ありませんでした。

 ですが わらうことも ありませんでした。いつもいつも つまらなそうな かおを していました。




 あるひ おおかみさんが もりのなかを あるいていると えんかうんとが おきました。

 まかいに きてしまったのです。もりに かえるには まものを たおさないと いけません。

 だからたたかって まものを やっつけました。おおかみさんは つよくて まものを かんたんに たおして しまいました。

 そのかわり だれかが みたら こわがってしまうような おそろしい かおを していました。


 ふつうなら ほかの どうぶつさんたちは とおくにいて ちかくには きません。えんかうんとでも ひとりぼっち でした。

 ですが きょうだけは ちがいました。

 おおかみさんの すみかの ちかくに まいごになった いぬさんが きていたのです。おおかみさんの おかげで まものから たすかったのです。

 だから いぬさんは げんきよく おれいを いいます。


「ありがとう おおかみさん!」

「……」


 ですが おおかみさんは なにも いわずに さっさと かえってしまいました。




 おおかみさんは ひとりぼっちでした。

 だけど さびしくは ありません。

 きょうも ひとりぼっちで ごはんを たべます。しずかに たべます。


 ですが このひは しずかでは なくなってしまいました。


「おおかみさん おおかみさん。ぼくと ともだちに なってよ!」


 いきなり はなしかけてきたのは まいごに なっていた いぬさんでした。

 だれも こない おおかみさんの いえに はじめてきた おきゃくさん でした。


 そんな いぬさんをみて おおかみさんは いやそうな かおを します。しらんかおを します。むしして ごはんを つづけます。

 ですが いぬさんは あきらめません。


「ぼくと ともだちに なってよ!」


 いぬさんは なんども なんども いいます。つめたくされても めげずに ともだちに なろうとします。

 あまりに しつこいので おおかみさんは おこった かおで いいました。


「なんかい いわれても いやだ。どうして おれと ともだちに なりたいんだ?」

「だって つよくて かっこいい じゃない!」

「それだけか?」

「それだけで じゅうぶん でしょ!」

「かえってくれ」


 おおかみさんは きげんの わるい かおで いぬさんを おいだしました。


 ただし いぬさんは それで あきらめたりは しませんでした。


 いぬさんは つぎの ひも やってきました。そのつぎの ひも やってきました。

 そして ともだちに なってよ と いいました。

 それでも おおかみさんは まいにち ずっと ことわり つづけて いました。


 このひも いぬさんが やってきて おおかみさんは ともだちになるのを ことわります。


 その とちゅう。ふたりが はなしていると きゅうに ちがうばしょへ いどうして しまいました。

 えんかうんと です。ふたりそろって まかいに きてしまいました。

 はなれたところに まものが あらわれます。とても こわそうな みためです。おおかみさんよりも こわそうです。


 だから いぬさんは しんぱいします。


「あのまものは つよそうだから あぶないよ」

「よわい くせに おれの しんぱいなんて するなよ。ひとりで やっつけてやる」


 いきごむ おおかみさんは とても こわいかおを していました。ほかの どうぶつたちが こわがるような とても こわい かおでした。


 ですが いぬさんは にこにこ していました。


「やっぱり おおかみさんは かっこいいね。ともだちに なってよ」

「いやだ」


 おおかみさんは そっけなく ことわります。

 いぬさんを こわいかおで にらんで いいます。


「ともだちに なりたいのは どうせ おれに たよって らくしたい だけなんだろ? それだけが めあて なんだろ? いままでにきた やつらは そうだった」


 そういった おおかみさんは さびしそうな かおを していました。くるしそうな かおを していました。

 それから やっぱり さびしそうな こえで いいます。


「そんなやつと ともだちに なれるもんか」

「ちがうよ!」


 いぬさんは とっても おおきな こえを だしました。

 おおかみさんは びっくりして めを まるくします。


「わかった。おおかみさんは たたかわなくても いいよ。ぼくだけで がんばるから」


 そういうと いぬさんは はしりだしました。ひとりぼっちで たたかおうと したのです。

 ですが いぬさんは おおかみさんみたいに つよくは ありません。なんども なんども あぶない めに あいました。

 いまも まものの こうげきが いぬさんに せまります。それは とても よけられない こうげき でした。


「あぶない!」


 そのとき。

 おおかみさんは すばやく とびだすと まものの こうげきから いぬさんを まもりました。

 それから つぎは おおかみさんの ばんです。

 はやくて ちからづよい うごきで たたかって あっというまに まものを やっつけました。


 いぬさんは まっすぐ みつめて おれいを いいます。


「ありがとう おおかみさん。たすけてくれる なんて やっぱり やさしいんだね」

「……ちがう。おれは」


 おおかみさんは なにかを いおうと しましたが なにも いえませんでした。めを およがせて だまって しまいます。

 はんたいに いぬさんは げんきいっぱいに しゃべります。


「おおかみさんは たしかに こわいところも あるけど ほかに いっぱい いいところが あるよ。つよくて かっこよくて やさしくて おとこらしくて。ほかの みんなにだって ちっとも まけない じゃないか!」


 いぬさんは おおかみさんを ほめます。たくさん たくさん ほめます。

 それをきいた おおかみさんは てれていました。はずかしそうに むずがゆそうに しています。

 ですが いぬさんは きにせずに つづけます。


「だから ともだちに なりたいんだよ。まもって もらいたいから じゃないよ。いっしょに いたいんだ。ぼくは おおかみさん みたいに なりたいんだ。だから ぼくと ともだちに なってよ!」


 いぬさんは わらって てを さしだして きました。


 ですが そのては なかなか とられません。

 おおかみさんは まよっていました。

 いぬさんの めをみて じかんを たっぷり つかって まよっていました。

 たっぷりの じかんを つかって きめました。


 おおかみさんは いぬさんの てを にぎります。とても あたたかい てでした。やさしい てでした。

 おおかみさんは そっぽを むいて いいました。


「しかたないな。そんなに いうなら おまえと ともだちに なってやるよ」

「うん。よろしくね!」


 おおかみさんは わらいます。いぬさんと いっしょに わらいます。

 おおかみさんには ともだちが できました。もう ひとりぼっちでは ありませんでした。

 だからもう つまらなそうな かおをすることは ありませんでした。






「……こうして、狼さんは友達になった犬さんと楽しく暮らしましたとさ。おしまい」


 感情豊かに絵本の朗読をしていた女性の声が止んだ。静けさの中にしばし余韻が満ちる。

 彼女の目の前には、華やかな飾りつけが施された広い部屋と、身を寄せ合うように座る幼い子供達。そこは幼稚園だった。


「さあ、みんなー。今の絵本はどうだったかなー?」


 優しげな笑顔の保母が読み聞かせを聞いていた園児達に感想を求めると、答えはすぐに返ってきた。


「おもしろかったー」

「いぬさんがかわいかったー」

「おおかみさんに、ともだちができてよかったー」


 子供達が我先にと感想を口にし、園内はたちまちワイワイと元気な音に満ち溢れた。絵本には良い影響があったらしく、皆楽しそうな笑顔だ。

 感想を聞き終えた保母は満足そうに頷くと、絵本の内容を園児達自身の話へと繋げる。


「皆もエンカウントが起きたら狼さんみたいに強い大人に頼りましょう。戦わないのは悪い事じゃありません。でも大きくなったら、狼さんと犬さんみたいに仲良く助け合いましょうねー!」

『はーい!』


 将来への助言に、数多く重なる素直な返事が響くのだった。

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