第12話 天才経済学者

 丁度その時、ロボットのリバアサンがアイスコーヒーを運んできた。劉生は迷わずアイスコーヒーを飲みほした。エリザの分も。


「はあはあ。ヤバかった」

「落ち着いたか? 遼東共和国製の機械化人は発熱しやすいのだな」

「すみません」

「まあいい。おい、リヴァイアサン。劉生に氷水を二杯だ」

「カシコマリマシタ」

「ありがとうございます」

「ふむ。何の話だったかな? ああそうそう。肉体の転写だったな」

「はい」

「これはな。意識体には肉体の組成や形状など全てが記憶されているのだ。例えば、刺殺された幽霊はその時のままの姿で現れるだろ? 腹から血を流して」

「すみません。見た事ないんですけど」

「まあ、そういうものだと思ってくれ。その、意識体の情報を次元操作システムを使って再現した。四次元存在の意識体を三次元存在へと次元降下させたんだ。結果はまあ、成功したんだよ」

「成功したんですか? その次元操作システムって、3Dプリンターみたいなものですか?」

「そう考えてもらって結構だ。意識体の記憶をそのまま三次元化した。つまり、先ほどの説明にある仮の意識体だな。これを三次元化して元の肉体を再現したのだ」

「え? それじゃあ、一つの意識体に肉体が二つ存在しているって事になるんですか?」

「元の肉体が生きているならそうなる。死んでいたとすれば、生き返った事になる」

「生き返る? そんな事が?」

「可能だ」

「だから、研究倫理審査会から異端とされたんですね」

「その通りだ。しかしな。この研究を有効に利用したいという意見も多数あってな。岐阜県のカミオカンデの隣に実験施設を作った」

「異端だって非難されたのに。よくそんな施設を作る事が出来ましたね」

「まあな。それは世界中の金持ちが投資してくれたからだよ。この技術を上手く使えば不老不死が手に入ると思ったのだろうな」

「え? 何回も繰り返せば永遠の生命になるんじゃないですか?」

「ふん。意識体は永遠だが肉体は永遠ではない。例えば、80歳で肉体を再生すれば80歳の肉体にしかならん。若返りは不可能なのだよ」

「じゃあ、若くして死んだとか、大けがをして半身不随になったとかだったら?」

「その場合は再生可能だ。つまり、医学的には不治の病を治す奇跡だと言われていた訳だ」

「凄いです。でも一つ疑問があるんですが?」

「何だ?」

「ドクターヒョウゴは経済学部の教授ですよね。何でこんな畑違いの研究をされてたんですか?」

「肉体の再生は究極の経済効果をもたらすからな。ま、私の経済理論が2020年代の経済危機を救ったから自由な研究ができたという面もある」

「え? そんなに凄い人だったんですか?」

「まあな。2020年頃からパンデミックとウクライナ戦争の影響で発生した未曽有のインフレが世界中を襲った。その時の日本政府は私の経済理論を使っていち早く不況を脱出したのだ」

「ええ? そんなすごい人が地方の山口大学にいたんですか?」

「中央地方など関係がないぞ。まあ、私が天才だって事だな」

「ところで、その経済理論というのは?」

「戦争に経済を絡めて上手く活用する方法だ。当時は丁度、ロシアとウクライナがやっていたしな」

「そうですね」

「あと、中国と一番仲が悪い国は何処だか知っているか?」

「え? 中国嫌い度では台湾と遼東が筆頭だと思いますけど、仲が悪いって話なら……インドですか?」

「ご名答。まあ、遠交近攻の策を経済に応用した。後は習近平政権をいかに穏便に崩壊させていくかの策略だな」

「習政権が崩壊したのって、ドクターヒョウゴの指金だったんですか?」

「いや、その為の方策を提示したにすぎんよ。その当時から私のMTS理論に対する関心は高くてね。世界中の金持ち、特に中国の金持ちが協力してくれた。表向きは習政権寄りの態度を示し、裏では? ってやつさ」

「不老不死を餌にしたとか」

「ははは。それは秘密だ。まあ、習政権が上手く崩壊してくれたおかげで私は影のヒーローとなった訳だ。そして十年後、MTSの原型は完成した」

「なるほど……」

「ほえ? あれ? 私、寝ちゃったの? 口空けて寝てた? よだれがべっとりついてる? 喉が渇いちゃった」

「リヴァイアサン。子猫ちゃんにアイスコーヒーを」

「了解」


 バケツ型ロボのリヴァイアサンは再び給湯室へと向かう。大あくびをしながら瞼を擦っているエリザは、今の話を全く聞いていなかった。


(注)当初、長野県の人類再生センターと記載していましたが岐阜県に変更しています。これは、作者がカミオカンデの位置を長野県だと勘違いしていたため。阿呆ですね……。

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