第13話 悪だくみ

「殿下の寝室は2階。広場に面する窓からは侵入が困難です。警備の人数によっては廊下から入るでしょう。なので城の衛兵に病気が流行っているため警備が手薄だと情報を逆に流しましょう。経路がわかればとっ捕まえやすいので。

 わたくしは今日から具合が悪いということで自室に籠ります。エリクはオーロフ殿下へ調子が悪いと伝言をお願いします。オーロフ殿下からヒウィル司教にお伝え頂けば、ダグ達にも本日中に伝わるでしょう。殿下が寝所に一人きりだと思わせるのです」


 ベアトリクスはクローディアスと兵士数人とエリクをスタツホルメン公国の兵士の大部屋に集めた。まだ2つ目の鐘(6時)が鳴る前の暗い時刻だ。長い銀髪をぎゅっと朱色の紐でひとまとめにして結んでおり、服装は訓練時のりりしいものだ。その姿は、とてもではないが王太子妃には見えない。


「そ、そうはおっしゃいますが、その場合殿下とベアトリクス様が危険です」


 ベアトリクスの計画を聞いてクローディアスが慌てて早口で反対した。

 

(いくら一網打尽にしたいからといっても殿下とベアトリクス様が負傷したら大変なことになる…デーン王国とスタツホルメン公国との全面戦争にもなりかねない)


 しかし青くなったクローディアスを前にベアトリクスは全くの通常運転だ。


「殿下を事前に安全な場所に逃がします。寝具にはわたくしが殿下のふりをして寝るので大丈夫です。脱出方法を詳しくはお教えできませんが、殿下は安全です。今夜から寝室の隣の部屋でクローディアス様達に詰めて頂き、わたくしの合図で…」


「ダメだ!おまえ何考えてんだ!!」


 公女がおとりになると聞き、それまでぎりぎり胃を痛めながらも黙っていたベアトリクスのいとこ、エリクの怒りが爆発した。当然だが周りの兵士たちは皇太子妃をおまえ呼ばわりして怒鳴りつけたので一斉に青ざめる。

 エリクが次期公主だと知る者はデーン王国においてはクリストファ王だけだ。皆はエリクが公女ベアトリクスの幼馴染で普通の貴族出身の兵士だと思っている。

 クローディアスは苦笑いを浮かべた。


(そりゃそうでしょ、どうもこの公女は我々の常識からずれている。母親の身分が低いとか育ちとかの問題じゃない。だから真面目一徹なヴァルが惹かれるのか…)


「心配しなくとも大丈夫ですよ、エリク。一人も取り逃さないためです。やつらを徹底的に取り調べし、できるだけ多くの情報を聞き出します。どのような拷問でも死なない程度なら手段は問いません。証言を取ったらいかなる権力者であっても王に報告の上迅速に逮捕状をもって捕縛し牢に連行します。あとは陛下が決めますわ。わたくしたちの役目は出来るだけ多くの癌を取り除き、王国を長く生き残らせることです。エリク、これはスタツホルメン公国の平和の為でもありま」


 ベアトリクスの話を聞き、エリクだけでなくデーン王国の兵士たちも使命の大きさに目が覚めた。空気がピリリとしたところでクローディアスがすかざずまとめ上げて解散の運びとなったのに、エリクはまだ引き下がらなかった。


「俺も隣室にいてベアを守る」


「いえ、エリクには秘密で頼みたいことがあるの」


 ベアトリクスが甘えるように小さくウインクしたそので、皆が彼女は17歳であることを思い出した。




「ほう、あの元気が取り柄のベアトリクス様が調子が悪いと…それは心配です。城の護衛兵士たちに病気が広がっていると聞きました。オーロフ殿下もくれぐれもお気を付けください」


「はい、ヒウィル司教様。しかし、そうなるとヴァルも心配ですね。ベアと毎晩一緒にいたわけですから…」


 何も知らないオーロフは二人の夜を想像して赤くなり、慌てて司教に教義でわからないことを質問した。

 その司教の後ろでオーロフより真っ赤に沸騰していたのはダグであった。


(王子の部屋の警備が今夜から手薄!?これは神が敬虔なおいらに与えた好機ですだっ!)


 自分が厳かで金ピカの司教服を着ているのを想像し、ダグはますます顔を真っ赤にした。彼は司教の教義をメモするふりをして、グンナルと彼らの計画を後押しする貴族達に手紙を書いた。すぐにでも出さないと今夜の決行には間に合わない。

 ダグは自分がヴァルデマーを殺す光景を想像し、興奮で腫れた唇をぷるぷると震わせた。


(教義に関心を持たない愚かな王子は今のうちに死んだほうが幸せですだ!王子の死後の苦悩を減らす為においらが手を下してやろうではないか、きひひ…)


 しかし実のところは生来の嗜虐的嗜好が彼のハリス教の下地になっていることに彼は気が付いていなかった。

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