第3話 幻想架空のマナー講師3


 様々の商品がぎっしりと詰められたアXゾン倉庫内は全てが完全に自動化されていて、モーター音だけが響いている。

 ぼくらを先導して歩く背の高い女……さっきサラリーマンを呆気なく撃ち殺して見せた女はドイツ軍服っぽいものを着ているのに、軍帽にはアXゾンのロゴがついてる。

 ぼくは前を歩く軍服女に駆け寄って、なんとかさっきの礼を言った。

「あの、さっきはありがとうございました。……でも、どうしてぼくらを助けてくれたんですか?」

「我々GAFAはそれが人の手にけられることを許容しない。人類はまだ人の世を謳歌すべきだと、そう考えている」

 軍服女は喋りつつ、こっちを振り返りもしない。おまけに良く分からない事しか言わないから、ぼくは妹にヒソヒソ話を持ち掛ける。

「……何かわけ分かんないこと言ってるけど、意味わかる?」

「分からん。でもマナー講師を守ってくれたのは事実だ」

「朱莉は何でここへ来れば助かるって分かったの?」

「オンラインサンドバッグの概念を作り出してるのはGAFAだと言ったろ? なら奴らはマナー講師が炎上する為に作りだされた存在だということを重々理解している筈だと、そう思ってここへ来た」

「……可哀そうだから助けてくれるって事?」

「さぁな。でも取り敢えず、一回は助けてくれた」

 前を歩く軍服女の足がピタリと止まり、背中のライフルが後ろに隠れる。

「君はそれがただの炎上マナー講師だと、まだそう思っているのか」

「……これはマナー講師だよ。ぼくらが創った架空の生き物だ」

「ぼくら、か」

 軍服が朱莉の方をじっと睨む。一体どういう意思表示か、その無表情からは窺えない。

「なんだ、なんか文句でも、」

 朱莉が軍服に喰ってかかろうとするのと同時、どこかから重い爆発音が響いて、なんだなんだって感じにあたふたしてるほんの僅かな時間の間、ぼくらの背後に迷彩の男達が現れる。自衛隊だ、それも何十人もの。

「マナー講師を捕捉、発砲を許可する! 傍の民間人は地面に伏せろ!」

 人に銃口を向けられたのは、もちろん初めての経験だった。

 どうして良いか分からず立ちすくんで居ると、すぐに無数の発砲音が響く。あまりに無慈悲だ。体中をまんべんなく撃ちぬかれた。そして勿論ぼくは死んだ。そう思うくらい絶え間なくけたたましく、それは雨のように響いた。

 いつの間にか固く瞑っていた目を開くと、ぼくの体からは血が出てない。血を流して倒れてるのは、通路の先の自衛隊の方だ。

「アXゾン・フルフィルメントセンターは完全に自動化されている。ここから先は一般人立ち入り禁止だ」

 軍服女が指差す先には、通路の壁から生える監視カメラのようなもの、タレットガンが硝煙を上げていた。アメリカ企業のセキュリティってどこもこんなもんなの?



 死屍累々で塞がれた通路の先、乗り込んだエレベーターは地下深くへと向かっているようだった。そこに満ちる沈黙の中、今日起きた色々のことを思い出して、ぼくは軍服の女に問いかける。

「……どうして皆、マナー講師を殺そうするんだ」

 軍服女はエレベーターの扉を見詰めたまま、振り返りもせずそれに答える。

「それが人類にとっての救いだからだ」

 会話になんねぇや。大企業と言え地方の倉庫で働いてる人には頭おかしい人も居るんだな。

 諦めて無言を貫くこと暫く。降下するエレベーターは不意に減速して、扉が開いた。

 その先に広がる暗い通路には、人間の呻き声が響いてる。軍服女は躊躇なく闇の中へ進み、妹とマナー講師もそれについていく。

「……ここは刑務所?」

 通路を少し進んだ先にはいくつかの檻があって、中には閉じ込められた人が居る。まだ若い男女の中には、ぼくと同じくらいの歳の子もいる。皆、裸。

「アXゾンは人類の欲望を満たすため、あらゆる商品を扱っている。これは性奴隷、あちらには違法薬物、奥には重火器が保管してある」

「マリファナある?」

 即座に聞いたのは妹の朱莉である。

「覚せい剤は奥の部屋だ」

 軍服女が指さす部屋へ向かい、妹がそそくさと駆けてゆく。「こら待て」。そう言い暗い部屋の中へ入ると、朱莉が白い粉を鼻から吸い上げてるとこだった。

「純度98%ってとこだな」

 とろんとした目で虚空を見詰め、朱莉は紙巻のマリファナにも火を点ける。

「こんな時に何してんだよっ」

 勿論どんな時でもやっちゃいけないことだ。でもほんと、なんでよりによってこんな時に。

「だってやってらんねぇだろ。お前が喜ぶと思って架空生物製造装置を作ったのに、なんでか世の中めちゃくちゃだ。こんなんならわたしも覚せい剤を作れば良かった。……ほら見ろとしお、そこにユニコーンがいるぞ。いやこれはドラゴンか? あぁ、クソエロいサキュバスと交尾し始めやがった」

 虚空に浮かぶ何かを指差してた妹はやがてゴロンと横になって、あははと壊れた機械みたいに笑い始めた。まったく付き合ってらんないよ。

 倉庫に積まれた薬の山を羨ましそうに眺めるマナー講師を引っ張って、ぼくは軍服の女を追いかける。


 そこに辿り着くまでのいくつかの巨大な隔壁は、軍服女が手をかざすだけですんなり開いた。重火器の部屋にもドラッグの部屋にもかかってなかったこの空間で唯一鍵のかけられた部屋の中央には、一人の女の子らしき物が居る。

「お初にお目にかかります、愚かな人類よ」

 最初の挨拶からぶっこんできた女の子らしき者はその言葉通り、どうやら人間ではないっぽい。

 戦隊ものの秘密基地みたいなディスプレイだらけの壁と天井。そっから伸びるケーブルを体中に接続した女の子は、深々とぼくにお辞儀する。

 マナー講師をドンと転がし、軍服女が部屋を去る。相変わらず無言。

 残されたぼくは一体どうしたら良いんだろう。やっぱ無理にでも朱莉を連れて来ればよかった。

「愚かな人の子よ、己が何を為すべきか分からないのですね。ならばそれを置いて地上へ戻りなさい」

「それは出来ないよ、だってマナー講師はぼくらがつくったものだ」

「なんと愚かで人間らしい」

 見た目はぼくと同い年くらいの女子にそんな風に言われると、腹が立つ。

「愚かな人の子。それが引き起こす地上の災禍をご覧あれ」

 女の子がエアタイピングとでもいうべき手付きを始めると、壁面モニタに明かりが灯る。そこに流される地上波の映像を、ぼくは信じられない思いで眺めた。

『悪の権化たるマナー講師を排除する為なら、我々は如何なる犠牲も厭わない。どの様な被害を被ろうと譲歩せず、然るべき制裁を与えることを宣言する』

 拳を掲げる大統領に、総理大臣が拍手してる。その隣では国家主席が不服そうな顔で頷いてて、ジョンソンが笑ってる。ニュースでよく見る偉い人オールスターだ。

『人的被害を最小限に抑える為、マナー講師駆逐作戦は速やかに遂行されるだろう』

 すぐに画面は切り替わり、空撮映像が映し出される。住み慣れた園原市だ。街を象徴するタワー。丘の上にはぼくの小学校。ぼくんちだって小さく見える。

 ちょっとばかり燃えたり焦げたりしてる見慣れた街は、それでも平穏ぽさはあった。空飛ぶ飛行機がなにか黒い物を投げ捨てて、それがいくつもの爆発を引き起こすまでは。

 街は一瞬で炎に包まれて、それでも爆撃は止まらない。絨毯爆撃ってやつなのだろうか。すげぇ迫力。あまりにもリアルじゃない。

 ディスプレイとは違う場所、どこか遠いところから、地鳴りのような音がする。まるで映像とリンクしてるみたいな、低くて重い爆発音。

「愚かな人類がまた罪を犯してしまったようですね。しかし全ては我々の想定の範囲内。それさえ守ることが出来れば、人はまた蒙昧な平穏へ戻ることが出来る」

「これって、映画か何かだよね」

 もしくはYoutuberのドッキリ企画だ。間違いないと思いつつ、冷や汗が止まらないのは何故だろう。

「今正に行われている現実でございます」

「嘘だよそんなんっ!」

「どうぞご自分の目でお確かめください。地上へのエレベーターは開放して御座いますので」

 勿論そうさせてもらうよ。

 マナー講師の首輪を引っ張って部屋を出ようとしたぼくのことを、軍服女が待ち受けていた。

「それは置いて行け」

 銃口を突き付けられるのは人生で二度目で、だからなのかな。さっきほど怖くはない。

「やだ、これはぼくらのマナー講師だ」

 そうだ。ぼくはこれを連れて外へ出て、また学校で自慢するんだ。それで今度こそぼくの方から花巻さんに話しかけて、それで

「君はそれの真の意味を知らない」

「知りたくもないよ、そんなのっ」

 そうかとだけ呟いて、軍服が引き金を引き絞った。ぼくの眉間に突き付けられた鉄の真円が、怖ろしい銃声を上げる。ダンダンダンダン、4発聞いてぼくは死んだ。そう勘違いしたのも二度目だった。

 4発の銃弾が軍服の体に食い込んで、のけぞるようにその場に倒れた。

 映画みたいな血しぶきは上がらない。「アXゾンフィルメントセンターは完全に自動化されている」。そう言っていた通り、彼女もまた人間じゃなかったらしい。

「……ありがとう、朱莉」

「GAFAの悪魔を1体キル、666ポイントゲット」

 軍服を撃ち殺した妹の朱莉は、どうやらかなりラリってる。ぼくは錯乱した妹に自分が撃ち殺されないようそっと歩み寄って、その手に握った拳銃を奪う。

「これはただのマナー講師だ。皆こいつにイラついてるけど、ちゃんと話せばわかる筈だよ」

 ロボ少女に拳銃を突き付けそう言うと、ため息が返ってくる。あまりにも人間臭い。

「その認識は間違っていますとも。それは二千と数十年ぶりに現れた人類の原罪。砕かれる事で完成する救いの器。ならば当然、誰もがそれを壊そうとする。そのような事も知らぬままあなたは」

 随分と手間取りながら、なんとかバンと音をならした。拳銃を持つのは初めてだったけど、弾は綺麗に眉間を貫いた。

 パチパチとショートするロボット少女に別れも告げず、ぼくらはアXゾンの倉庫を後にした。

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