第二章 んの巻

第28話 下ネタ禁止耐久配信(無理) #ゴミ論理

 「もう俺は驚かないぞ」


 朝起きたら、チャンネル登録者が20万人を超えていた。

 いったい何があったんだちくしょう、と叫ばずとも理由は昨日の配信だろう。

 

 性別バレ。

 自らバラしたようなものだけど、結果的には世界に大きな波紋を呼んでしまった。……自惚れっすわ。そんな大したことを仕出かした気がしない。

 俺がやったことと言えば、コロンにてぃんてぃんを言わせただけだ。


 あれは最高だった。

 筆舌に尽くしがたい高揚感を生んだよね、うん。罪悪感? そんなものミリ単位も感じてませんが?


「引き籠もってるせいで、特に何かが変わった気もしないしなぁ……」


 あ、変わったと言えば収益化が通った。

 配信が楽しくて申請するのをすっかり忘れていたけど、これでようやく俺も脱ニートだぜ。


 ……でも、家から一歩も出ないで配信するだけを脱ニートと言うのだろうか。や、リモートワークも珍しくない時代だし仕事だと割り切ろう。


「今日の配信、なにしようかなぁ」


 人が増えようとスタンスは変えない。

 進化はするが退化はしないつもりだ。知能指数はどんどん低下するけどね!!


「てぃーんてぃんてぃん、てぃんてぃんてぃん♪」


 やべぇな、マジで頭に残る。



☆☆☆



「はい、どうも。音ゲーしてる最中に通知来たらガチギレしちゃう。黒樹ハルでええええす!」


ーー

『分かる』

『相手は悪くないのにキレる』

『いつものテンションで安心w』

『なんこれ』

ーー


 同接は8万……8万!?

 幾ら性別バレしてからの初手配信だとしても注目を浴びすぎでしょうよ。


 そうこう驚いている間にもどんどん視聴者が増えていく。


「なんかねー、人が増えてきてガチビビっとるわ。注目集まりすぎ。お前ら本当分かりやすいわ。……下ネタが好きなんだろ?」


ーー

『ちげぇよ』

『そっちじゃないだろwww』

『普通そうは思わねぇだろw』

『ガチ草』

『てぃんてぃんはどこにありますか?(洗脳済み)』

ーー


「みんなの心の中にあるに決まってんだろ、アーカイブ見直してこい」


ーー

『さも常識みたいに言うな』

『初耳だわwww』

『同接九万人でも変わらないようでw』 

『黒樹だから当たり前だろ』

『そうだな、黒樹だし』

ーー


「ネタ枠扱いすんじゃねぇよ。俺は清純で、ちょっと俗世から足を踏み外しただけの男だ」


ーー

『踏み外して真っ逆さまに落ちてるだけだろ』

『人はそれを堕落という』

『悪魔(笑)だもんね、うん』

ーー


 なんかバカにされてる気がするんですけどー?

 いや、バカにされてるな、舐めやがって。


「一緒に地獄に落ちようぜ。俺は閻魔大王に媚び売ったり布教して天国に行くけど」


ーー

『布教は不敬だろwww』

『つか、お前悪魔なのに天国行くのかよ』

『設定ボロクソで草』

『サラッと布教すなw』

ーー


「まあ、よい。とりあえず今日の配信は雑談な。ゲーム用意してきてないし。ただ、縛りを設ける」

 

 ただの雑談じゃあ飽きるからな。いつでもどのでも楽しいエンターテインメントを届ける必要がある。執拗に。


ーー

『雑談が雑談になってないんだよな、毎回』

『雑ではあるw』

『縛りとは』

『緊縛プレイ?(白目)』

『信者いて草』

ーー


「馬鹿か、緊縛プレイなんてしたら身体に跡が残っちゃうだろ。ドMには言葉責めが一番」

 

 親から大事に産んでもらった身体に傷をつけるなんてとんでもない。俺はドMじゃないから、何が興奮するかはよく理解できないから適当言ってるのだが。


ーー

『初めて聞いたわw』

『身体に優しい(物理)』

『草』

ーー


「さて、縛りについてだけど発表します。……題して! 【下ネタ言ったら配信終了縛り】!!! いぇーい!!」


ーー

『さて、解散するか』

『今日は時間空くなぁ』

『あれ、まだ配信やってるの?』

ーー


 全く信用されてない件。

 幾ら何でも酷過ぎやしないか。


「下僕くんさぁ……。俺が下ネタ話さないと死ぬとか思ってんの?」


ーー

『そうだろ』

『何を今更w』

『具体的に言えばてぃんてぃんだろ』  

『え、そういう病に罹患してるわけじゃないんスか!?』

ーー


 まさかの肯定。嘘だろ、そんな風に思われてたのかよ。

 あながち嘘でもないけど。


「別に死にはしない。ただ、ずっと言わなかったら徐々に体が痺れて呂律が回らなくなって、最終的には呼吸困難に陥るだけ」


ーー

『重症じゃねぇか』

『末期症状で草』

『病院行けよ、頭の』

『てぃんてぃんが占めるウェイトが酷い』

ーー


 当たり前だろ。魂に刻まれた本能で喋ってるからな。それを抑えつけるわけだから、それなりの反動を食らうのは当然の話。


「だが、今まで俺は様々なことを有言実行してきた。今回も俺はやり遂げる。俺が下ネタだけの男じゃないって見せてやるよ」


ーー

『見せんでええわ』

『てぃんてぃん以外の取り柄……ある?』

『自分に言い聞かせてるように聞こえるぞー』

『あぁ……そういえば男だった』

ーー


 君ら俺を罵倒する時だけやけに生き生きしてるね!?


「では……スタート!!」


 ここから下ネタは封印だ。

 心の声=フィルターだが、俺の場合は思ったことをすぐに口に出してしまうから内心で呟くのも危険だ。


「いやぁ……いい天気ですね。外見てないけど」


ーー

『陰キャかよ』

『下ネタ禁止した途端に話す内容無くなるのマジでウケる』

『メイビーで天気語るな』

ーー


「じゃあ、クイズでもやるか。問題出すから答えてくれよな」


 平和で安心なクイズでも出して心を落ち着けようと、俺は画策した。


「みんなの心の中にあって、でっかく太い一本の芯はなーんだ」


ーー

『てぃんてぃんだろ』

『あからさまなんだよw』

『てぃんてぃん!!』

ーー


「ひゃっほい!!」


 たまらねぇぜ!!


ーー

『お前、自分が言えないからって、人に言わせることで欲望を発散させようとしてやがるな』

『小狡い』

ーー


「チッ、バレたか」


ーー

『正直かよw』

『欲望になw』

『新手の方法で草生える』

ーー


「良いじゃん別に。下僕たちだって、早々に配信終わるの嫌だろ? これは優しさ。そう、慈悲!」


ーー

『自卑の間違いだろ』

『ハハッ』

『別に嫌じゃない……』

ーー


 なん……だと……。

 あり得ない。下僕はツンデレのはず。今までだって、最後には俺をフォローしてくれた。

 だが、今のこいつらはマジだ。文面から理解できる。


 いや、待てよ?


「なるほど。俺の配信見ていると画面から目が離せなくなっちゃうから、嫌じゃないって言ってるんだな? あーあー、はいはい。分かったわかった。ったく、お前ら本当にツンデレ」


ーー

『発送の飛躍がすぎるw』

『かんちかぃだろ』

『べ、別にそんなことないしー?』

ーー


「誤字するほど戸惑ってんじゃん。嘘は良くないぞ、嘘は。嘘を吐くなら幸せになれる嘘をつけ」


ーー

『嘘に幸せも何もないだろ』

『幸せになれる嘘とはw』

ーー


 あれ、前の世界だと結構浸透してた言葉だけど、この世界にはあんまり伝わってないのか。

 仕方ない。ここは俺が分かりやすい例を出すとしよう。


「イソップ童話の一つに、オオカミ少n……少女があるだろ? ご存知の通り、何度も嘘をついて信用されなくなる話だ。あれは、羊の番に飽きたという身勝手な理由で自己満足に走った結果、誰もが傷つく最悪の事態に発展していった。これがしてはいけない嘘。オッケー?」


 危ない……こっちではオオカミ少女だった。ググっといて正解。

 マジでこういう違い、勘弁してほしい。歴史も人物名とか性別が変わってるみたいだし、なんでそれで大まかな歴史が変わらなかったのは謎でしかない。


ーー

『まあ、そうだな』 

『子どもの頃は誰もが読み聞かされた記憶』

『ああいう事をしてはいけないよ、とかな』

『誇張するのが物語の特徴だけど、嘘の悪辣さを伝えるのに丁度良い話だよね』

『懐かしい』

ーー


「だが、時にはついても良い優しい嘘というのがある。本当に時と場合によるけどな。例えば友人から誕生日プレゼントにあまり嬉しくない物を渡された時。嘘でも嬉しいって言うだろ? その背景には、当然友人が大事に選んでくれたものだしなぁ〜、とか関係を壊したくないとかそんな葛藤が挟まってるわけだ」


ーー

『あー、それはある』

『気持ちは嬉しいんだけど、微妙なプレゼントってあるよね。もちろん、そんなことは面と向かって言えないし失礼だと思うから』

『答えの出づらい問題を、また……』

『道徳的観念』

ーー


 前の世界で経験済み。

 というか、大抵の人は経験があるんじゃないだろうか。


 嘘をつくな、と言われて育つ子どもが多い中でこういった問題に直面した時、そのまま嬉しくないと素直に言えばデリカシーがないと非難される。モラルとか教養も大人になった今は理解できても、子どもが把握することは不可能に近い。


 子どもの成長にとっての分水嶺かもしれない。


「まあ、俺はプレゼント用意してなかった、って言われてからの後出してぃんてぃんプレゼントが、一番ギャップあって嬉し────あ」


ーー

『こいつやった』

『二十分も持たなかったぞwww』 

『それより後出してぃんてぃんプレゼントってなんだよwww』

『ナニをどうするのw』

『馬鹿だwww』

『だから言ったろ』

『つか、折角良い話っぽかったのに一瞬で評価を地に落としてきやがったwww』

『さすが黒樹ハル』

ーー


 しまった。思わず話に興奮して下ネタを──いや、違う。何を勘違いしてたんだ、俺は。


 そうだ、簡単な話じゃないか。



「配信は継続する。てぃんてぃんは────下ネタじゃない」


ーー

『は?』

『は?』

『は?』

『何言ってんのお前w』

『まごうことなき下ネタだろw』

ーー


「俺は今まで勘違いしていた。あってはならないことだ。聖なる存在であるてぃんてぃんを下ネタ扱いするなど。俺は心の中にてぃんてぃんがあると考えている。そして、心は心臓に宿ると思っている。つまり、上半身。はい、証明完了」


ーー

『無理があるwww』

『どんな論理だよw』

『無茶苦茶』

『証明完了、じゃねぇよ、何も証明できてねぇよw』

『賛否両論ある話題を入れんなw』

『強引すぎワロタ』

『それ、もう禁止カードだろwww』

ーー 


「うるせぇ、てぃんてぃんは下ネタじゃないんだよおおおおおおお!!!」







 



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