第10話 はじめてのおそと

 変態女を退けてから十分後、約束の五分前に再びチャイムが鳴った。

 今回はインターホンをチェックする。同じ轍は踏まない。それが俺の天才な部分だろう。まあ、本当の天才は一回も失敗しないんですけどね。


『男性保護官の仲嶺なかみね詩緒里しおりです。定刻より五分ほど早いですがお出迎えに上がりました』


 扉越しにそんな声が聞こえた。凛とした芯のある声がだ。好感が持てる。

 扉越しにわざわざ言うのは近くの人への牽制かな。さっきみたいのが湧き出る世界だし。ゴキブリ級に多いぞ。

 

「え、小さい」


 インターホン越しに見た男性保護官は桃色の髪に怜悧な瞳を携えた、身長130cmほどの女性だった。

 てっきり屈強な姿をイメージしていたのだが、実体は真反対。所謂ロリだ。ひゃっほい! ロリだ!! 

 いや、ロリコンじゃないからな、俺は。俺の飲み友達の野郎がロリコンだったな。合法ロリしか愛せない本物の変態だった。俺たちの間では幼女を愛でる者、って呼んでた。本当に馬鹿。


『……あの』


 放心して固まっていたら、仲嶺さんから訝しげな声で困惑している声が聞こえた。


「あー、今開けます」


 鍵を外して深呼吸。まともであれ、と祈りながら扉を開けた。


「えーと、こんちには?」


「……はじめまして、仲嶺詩緒里です。本日はどのような御用でしょうか」


 え、はじめまして? 初対面なの?

 メールに入ってたしてっきり関わりがあるものだと思っていたけど。


「えっと、はじめまして、でしたっけ」


「……? はい、護衛の任を承った時より、一度も黒田様は家から出ておりませんので」


 えぇ……どんな引き籠もりだよ。というか薄々感じてたけど、俺って前の世界の体で転移したわけじゃないのか? もしくは入れ替わったか。分からないことを考えてもあれ、だと放置してたけどちょっとこの世界での自分について調査する必要があるかもしれん。


「ちなみに護衛っていつから……」


「私はニ年前に前護衛担当者から引き継がれた形になりましたので」


 なるほど分からないってことね。この世界の俺、何してたんだ?


「ええーと、今日は気分転換に散歩がしたくて呼んだんですけど」


「散歩……? 散歩という名の何かの計画ですか?」


 なんでやねん。散歩は隠語じゃねぇぞ。そんな物騒なことするわけないだろ。てか、計画ってなんの計画。


「普通の散歩ですよ。ずっと家にいるのも気が滅入るので」


「四年間も部屋に籠もっていたのにですか?」


「突如気が変わるってこともありますよ」


 言葉を交わしても、なかなか仲嶺さんの疑惑は晴れない。この世界の男性の常識から考えればあり得ないのか。それでもここまで疑うことある?


「何もしないので護衛してもらっていいですか?」


「……分かりました。それが私の仕事ですので」


 少しの逡巡後に仲嶺さんは渋々頷いた。

 まあ、別に疑念を晴らさなくてもただ散歩するだけだしな。護衛って堅苦しいけど何とか打ち解けられるように頑張ろう。


「それでは、こちらのマスクとサングラスをかけてください。こんなナリですがそれなりの経験はあるのでご安心ください」


 自分でも気にしているらしく、姿形を話す時にはどんよりと目が曇っていた。別に気にしなくても一定の人には需要があると想うけどな。


「じゃあ、よろしくお願いします」


 マスクとサングラスを身に着け、仲嶺さんを連れ立ちマンションの廊下を歩く。


 この世界に来てから初めての外だ。


 わくわくちんちん!!



☆☆☆



「おぉ……外だ」


 現在時刻は昼過ぎ。日差しが眩しくも心地よかった。やったことないけど、こんな天気の良い日には全裸……ふるふるてぃんてぃんで外に出たらさぞ気持ちが良いだろう。気持ち良いに他意は無いぞ。


「どこに行かれますか? 徒歩での移動はオススメいたしませんが。野次馬どもが集まるので」


「あー、裏通りから海に行くつもりです。近いですし」


「かしこまりました」


 実はこのマンションから海はかなり近い。徒歩十分ほどだ。外に出たなら潮風を浴びたい。遊泳禁止だから人もそんなに多くないはず。

 それを知ってか知らないでか、仲嶺さんは粛々と頷いた。


 なーんか、移動が気まずいな。


「えーと、仲嶺さんはなんで保護官をしてるんですか?」


「私のことは仲嶺と呼び捨てで結構です。敬語も不要です」


 初対面からピクリとも動かない表情筋のまま言われた。これがデフォなのか嫌われてるのか知らんけど、折角これから長い付き合いになるんだから仲良くしたいよな!


「歳はいくつ?」


「今年で20になります」


「へー、年下かぁ」


 なら敬語のハードルが下がったな。幾ら男性の地位が高かろうと年上を敬うのは当然だ。というか、18の時から実地で保護官とはなかなか大変な……。厳しい訓練もありそうだし、運動神経がナメクジの俺は想像するだけで吐く。


「で、そういえばなんで保護官やってんの?」


「……私の家系は代々保護官なので、それに即した形になります」


「お家柄か。大変じゃないの?」


「ほとんど仕事はございませんので、大抵は飾りです。男性の保護より事務仕事の方が多いです」


 確かに男性は家から出ないし、実際の仕事は飾りか。でも、調べたら給料が高かったし事務仕事がキツイのかもしれない。

 それにしても本当に堅苦しいな……。なんか恭しくされるのは背筋がゾワッとする。


「そっちも多少口調、崩していいよ」


「仕事ですので」


「えぇ……」


 この頑固者ぉ! まあ、追々仲良くなれば良いしな。

 

 ということを話しながら少し寂れた裏路地を通っていると、柄の悪い女性が俺たちを行く手を阻むようにして現れた。


「おい、ちょっと待て。マスクつけてるお前、男だろ」


「男だ!!」


「え、認めるんだ……」


 金髪の女性は即答で認めた俺を驚くように見る。どことなく後ろから『なんで認めたんだよ』ってプレッシャーを感じるけどきっと気の所為だろう、うん。


「というかテンプレかよ。不良が迫るとかさ、そんなの呆気なく保護官様にやられて終わりだろ。今のうちに諦めたら?」


 女性はハンッ、と鼻で笑った。


「女はね、いつだってワンチャンスを求めるのさ。例え保護官相手だって諦めるつもりはないね」


 思ったよりこの世界ヤバくね。治安とか情勢エグくね。ワンチャンスを求められた結果、俺のファーストがスティールされるのは御免だぜ。


 なんて言おうかと悩んでいると、俺の前に仲嶺さんが立ち塞がった。


「貴方がどんな思いを抱えていようと、男性を守るのが私たち保護官の役目です。かかってくるというのなら容赦はしません」


「はっ、政府の犬畜生がいっちょ前なことを言うもので」


 互いに煽り、場の熱はヒートアップする。

 ここで血生臭いやり取りをされるのも嫌なんだけど。


「ちょ、待てよ。お前は本当にワンチャンスを求めてるのか? 男との関わりがあれば満足なんじゃないか?」


 そんなにも性欲が強ければ、今頃社会は崩壊していないとおかしい。それとも男の存在が目の前に来たときに狂わせるのか。それによって対応が変わる。


「それもそうだけど、結局体の関係を結ぶのが手っ取り早いのさ。話すだけとか我慢できるわけない」


「あっ、そう……。ダメだこれ」


 あ、うん。本能らしいっす。


 やっておしまい仲嶺さん!!



 女性が棒状の武器を持って仲嶺に向かって駆け出した。


「仲嶺!」


「大丈夫です。……っと、この通り」


「痛っ……離しやがれ!!」


 何をしたのか見えなかった。

 一瞬の攻防のちに、女性は仲嶺によって取り押さえられていた。


「え、強い」


「仕事ですので」


「え、格好良い」


 なぜか仲嶺は軽くドヤ顔をしていた。

 なんだこいつ、褒められたかっただけかよ。






 

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次回から配信に戻ります。

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