アウトソーシング

ムラサキハルカ

第1話

 私は恵まれていると河合優衣かわいゆいは思う。

 二十代中頃に結婚し、広いとは言えなくとも二人暮らしには充分な程度のマンションに住みはじめた。おまけに七つ年上の夫の宏樹ひろきがよく働いてくれるおかげで賃労働からも解放された。代わりに与えられた河合という新たな苗字と専業主婦という肩書きは、料理も掃除も洗濯も好ましいと思いこなしている優衣にとっては天職に近く、夕食作り以外の作業は大抵は昼過ぎに、早ければ午前中には終わる。空いた時間は大抵、ワイドショーを見たり、読みかけの本を読んだり、学生の頃から手に馴染んでいるアコギを弾いたりして過ごした。そうしたことを一通り済ませたあと、夕食を作りはじめる。 

 結婚……というよりも同棲当初は、夫が帰ってきてからもまだ料理が終わっていなかったり、逆に早く作りすぎて待ちぼうけを食らったりもしたが、今はなんとはなしに帰ってくるタイミングに合わせられるようになった。

「ただいま」

 穏やかかつふっくらとした顔立ちの宏樹のその一言を玄関で耳にすると、たただた安心する。玄関から少し歩いたところにある洗面所で手洗いうがいを済ませた夫を居間に迎え入れてから、夕食の配膳を終えると、テレビでバラエティやニュースを見ながらともに食事を口にする。その際、宏樹からは仕事の愚痴などを聞かされたりしたがさほど深刻にはならない。丹精を込めて作った……と言えばやや大袈裟にはなるものの、栄養を意識した料理を、夫は毎回、おいしい、と言ってくれる。それだけで、胸が温かになった。

 食事を済ませ、少し腹ごなしをしたあと、風呂に入る。大抵一人ひとりだが、時には一緒に入って、疲れを落とす。その後、気力があれば夫婦の営みにはげんだりもした。いずれにしてもゆるやかな眠気とともに一日が終わるのは変わりがない。

 私は恵まれている。あらためて、優衣はそう思う。

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