第3話 彼女とクラスメイト①

 さらに月日は過ぎ去り、気付けば俺も3年生。

 小川と純平との間に流れた噂はとうの昔に立ち消えになり、キャプテンなどという面倒くさい役職を俺が押し付けられてから、半年以上が経っていた。


 俺がキャプテンに指名された理由はただ一つ。

 毎朝誰よりも早くグラウンドに出るその姿が、部の模範となっているから、ということらしい。

 野球の上手さじゃなくて練習姿勢を評価されるのは、個人的にはちょっとフクザツ。いちいち気にしても仕方ないことではあるけど。


 ちなみに、小川も陸上部のキャプテン。

 各部活のキャプテンだけが集められる会議みたいなので見かけて知った。

 彼女の場合、純粋に選手としての実力を評価されたのだろう。

 ちょっと羨ましい。


 その小川とは、未だに一度も話していない。


 結局3年間で一度も同じクラスにならなかったうえ、俺も、そしてどうやら小川も人見知りする質。

 2年も同じ時間の電車の同じ車両に乗り合わせているうえ、お互いにキャプテンという目立たざるを得ない立場だから流石に認識はされているはずだけど、逆に言えばたったのそれだけ。


 存在を認識したところで、人気のない電車内という、ただでさえ話すきっかけの生まれにくい空間。そこで話しかけるなんて、とてもじゃないが俺にはできない。


 ただ、話したことはなくても、噂は耳に入ってくる。

 俺が特別ゴシップ好きだからとか、そういう訳じゃない。

 彼女は校内一の有名人だから、皆が至るところで話題にしているのだ。


 そうして、勝手に人伝に流れてきた、彼女に関する噂をまとめると。


 小川にはこの2年と少し、純平との噂があった以外にその手の話はないらしい。

 ずっと陸上一筋で、短距離種目でのインターハイ出場を目標に据え、日々練習に励んでいる。


 しかし、1年の時は南関東大会で敗れ、2年の時は怪我で断念。

 今年こそがラストチャンスだと、鬼気迫る様子で練習に取り組んでいる、とのことらしい。


 ……ウチの野球部は甲子園なんて狙える位置にいないし、俺個人のレベルも中の上がいいところだ。

 なので、遥か高みにいる小川に対してこんなことを思うのは、少々おこがましいかもしれない。


 でも、それを承知の上であえて言わせてもらうと。

 最後の大会に賭ける彼女の想いには、どこか共感できてしまう。


 だから、週に一度だけ部活のない月曜日の帰り道に。

 たまたま通りかかった雑貨屋で、どこか小川に似た猫のキーホルダーを見かけた時。俺はあることを思いついた。


* * *


「……本庄。今、ちょっといいか」


 カラッと空の晴れ渡った、5月下旬の休み時間。

 一つ前の席でクラスの女子二人と喋っていた本庄亜美に声をかけると、「どしたー?」と彼女がこちらを振り向く。


 ……正直な話、用件が用件だから、本当は彼女の周りに誰もいない時間帯を狙いたかった。

 でも、本庄は誰とでも分け隔てなく話すタイプだからそんな時間などなかったし、かと言って彼女の他に、条件に合うヤツがいるわけでもない。


 だから、強行突破することにした。


「ちょっと、話があるんだけど。その、ここじゃ話せないことで」


 教室の外を指差すと、本庄は一瞬目を見開いた後、「え、まさかそういう感じですか?」となぜか敬語で言った。

 そういう感じとは? と思いながらもひとまず頷くと、本庄本人ではなく、彼女と話していた女子二人がきゃあっと黄色い悲鳴を上げる。


「……何、どういうこと?」

「……あ、そういう感じじゃないのね。ビビったー」


 本庄はにへらと笑って、いいよ、と頷いた。

 そういう感じ、が何なのかは最後まで分からなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る