1日のうち、どこかを切り取った短編集

あきれすけん

第1話 午後1時半-こんな昼下がりには

 冷凍庫からカップのミルクアイスを取り出す。そしてリビングのテーブルに置き、常温にさらして少し柔らかくする。その後キッチンへ戻り、今朝夫が淹れていたコーヒーを少しだけ拝借してレンジで温める。温まったコーヒーを少しだけ飲んでみると、淹れたてのコーヒーとは違って少し酸味が強い。普段は紅茶ばかり飲むので酸味には慣れておらず、少しだけ顔をしかめてしまう。しかしこの酸味がいい味になるのだろう、と自分に言い聞かせながら、コーヒーを持ってリビングへ帰る。

 

「よっこらしょ、っと。」


 アイスの前に居住まいをただして座り、アイスクリームのふたをはがす。紙でできた上等なものではなく、ペラッとしたプラスチックの入れ物に入った乳白色のアイスがまぶしい。嬉々として食べようと手を合わせたところで、スプーンがないことに気が付いた。


「あら、忘れてた。」


 サッと立ち上がり、ふらふらとスプーンを取りに行く。出鼻をくじかれた。改めて、スプーンを持ったまま手を合わる。


「いただきまーす…。」


 まずは真ん中の部分を小さくくりぬいてひと口目を食べる。甘く冷たいアイスがじゅわっと口の中で溶け、思わず口角が上がる。そしてスプーンで先ほど温めたコーヒーを掬い、先ほどあけた穴にちょろっと注ぐ。するとコーヒーが周りのアイスクリームを溶かし、しゅわしゅわと泡が立つ。少しだけ待って、コーヒーに溶けて混ざったアイスクリームと一緒にスプーンですくう。これで簡易アフォガードの完成だ。

 こぼれないように丁寧に口元まで運び、サッとアフォガードを口にいれた。まだ形を保っていたアイスクリームも口の中で溶かしながら、ゆっくりと飲み込む。アイスクリーム単体で飲み込んだ時よりも、少し腫れた喉をいたわるようにサッと流れていく。昼間から一人で食べる簡易アフォガードは、ちょっとした背徳とやさしさでできているんだろうか、などと考えつつ、パクパクと食べ進める。


 ちょろちょろ、しゃり、パクリ、ゴクン。おいしくて黙々と食べてしまい、気が付いたら半分も食べ進めていた。これくらいのスペースがあったら大丈夫かと思い、残りのコーヒーをすべてカップの中に注いだ。その時、スマホが連絡を受信したと教えてくれた。誰かと思い開くと、夫からだった。


『ちゃんと寝てる?家事は僕がするから、君は寝てて。じゃあね。』


 何とも簡素な文章、かつ薬が切れ始めた私でも読みやすい文章でいたわってくれる夫。最高ではないだろうか。あまり回らない頭で返事を打つ。


『ありがと。薬飲んで、ねる。』


 こちらも簡素な文章で返す。そして残りのアイスクリームに目をやると、すでにほとんどが溶けていて、スプーンで簡単に崩すことができるものへと変わっていた。私はそれをスプーンで軽くまぜ、まるでジュースでも飲むようにカップから直接飲み干した。簡易アフォガード最大の特徴は、適当な文量で作るからこそできるカフェオレ状態の飲み物が最後に現れるという点にある。勢いよく飲むと、少しだけコーヒーの酸味が口の中に残った。私は食べ終わったアイスクリームのカップと、コーヒーを注いだカップ、そしてスプーンをもって流しへ置いた。洗っておく方がいいとわかっているが、もう体が言うことを聞きそうにない。仕事を頑張っているだろう夫にごめん、と独り言ち、私は風邪薬を飲むための水をもって寝室へと帰ったのだった。


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