第13話 「白い建物」

 ガタンッ!


 大きな揺れで、木下は意識を取り戻した。

 しかしまだ頭にぼんやりモヤがかかっているようで、自分が現在置かれている状況を理解するのに時間がかかった。目を何度もしばたかせて、周囲の様子を探る。


 木下はどうやら、車に乗せられているらしかった。

 両腕は後ろ手で縛られ、足首にもきつくロープが食い込んでいた。そんな状態で、後部座席に転がされているのだ。

 窓の外を、茶と緑の風景が流れていく。


 山…?


 車を運転しているのは、紺のスーツを着た、サラリーマン風の男だった。そして助手席にもう一人。

 特徴のない服装、特徴のない顔。

 木下は何か言おうとしてすぐ、諦めた。頭が混乱しているせいか、うまく言葉が出てこない。

 聞きたいことは山ほどあったが、急に何もかもがどうでもよくなってしまった。どうやらまだ、クスリが効いているらしい。


 次第にまた、意識が闇の中へと落ちていく。

 頭が重い。

 まぶたが重い。


 木下は、再び意識を失った。


 ***


 次に目が覚めたとき、木下は紺スーツの男に両脇を抱えられるようにして歩いていた。いや、歩かされていた、と言うほうが正しいか。


 木下の眼前には広い庭のような景色が広がり、その庭の端に白い石畳が、ゆるく左にカーブを描くように敷かれている。その上を、木下は歩かされているのである。

 道の先は、一つの大きな建物に達していた。

 長方形をした、古びたコンクリート造りのその建物は、一見して異様な雰囲気を感じさせた。

 そしてその「感じ」は、近づくにつれて確かなものになっていった。


 白い-いや、かつては白かったであろうその壁には、まるで人の顔のように見える不気味なシミが、いくつも浮かんでいた。また表面はところどころ崩れ、剥き出しになったコンクリがのぞいている。それらは、その建物が長い年月そこに立っていたことを示していた。


 ここは…ここは危険だ。


 木下は体を震わせた。直感が、その建物に近づくなと告げている。


「お、おい。なんなんだよ、ここは」

 震える声で問いかける。しかし木下の左右を固めた男たちは、相変わらずの無表情のまま何も答えず、木下の体を引きずっていくだけだ。


 マズイ…このままじゃマズイことになる。


 もはやその危機感は、確信的なものに変わっていた。

 木下は力ずくで男の腕を振り払おうとしたが、それも無駄な抵抗であった。

 薬のせいだろう、四肢にまったく力が入らない。


 どうすることもできない、のか…。


 木下は絶望的な気分で、引きずられるまま、不気味にそびえるその建物の中へと足を踏み入れた。

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