第2話 悪化

 家に帰った宮田さんは、また淡々と夕飯を食べ、お風呂に入って自室へ。しかし今日は勉強道具を開かず、一枚の白い紙に何かを書いていた。

「…こんなだったよね。」

 彼女が一生懸命書いていたのは、こっくりさんの儀式に使うための用紙だった。財布から十円玉を取り出し、鳥居の絵の真ん中に置いてその上に人差し指を乗せた。


「…こっくりさん、こっくりさん。どうぞおいでください。…おいでになられましたら、”はい”へお進み下さい。」


 彼女の声に感情は無く、棒読みだった。何のために彼女がこっくりさんを始めたのか、ボク・・にはまだ分からなかった。

 ゆっくり”はい”に移動させると、彼女は黙ってしまった。

「……。」

 カチカチと、時計の針が動く音だけが聞こえる。

 宮田さんは驚きも喜びもしなかった。

「…こっくりさんは、学校での私の様子を知っていますか。」

 もう一度鳥居から”はい”に移動させると、彼女は声を震わせて続けた。

「…こっくりさんは、私が悪いと思いますか?」

 ”いいえ”に十円玉を滑らせた。すると、紙に水滴が落ちた。

「どうしてっ…、私は…、いじめられるの…?」

 彼女の問いに、答えることは出来なかった。


***


 翌日、登校すると宮田さんの内履きは無くなっていた。靴箱には代わりに大量の生ゴミが突っ込まれていた。

「うわ、クッせ!!いくらゴミ箱みたいだからって、靴箱に生ゴミなんか入れんなよww」

「宮田さまクラスのIQだと靴箱はゴミ箱と同義なんじゃね?ww」

「なーるほどww」

 クラスの男子たちが鼻をつまみながら彼女を笑った。

「隣の子の身になって欲しいんだけど。ホント迷惑。」

 宮田さんの隣の靴箱だった女子は宮田さんを睨んだ。

「……。」

「謝ることも出来ないの?人としてサイテー。」

 悪いのは宮田さんじゃないのに、その女子は彼女を蔑んだ。


 体育の時間になり、宮田さんは鞄から体操着を取り出した。しかし体操着はズタズタに引き裂かれ、何度も踏まれたのか、いくつも足跡が付いていた。

「やっだー!宮田さん、体操着洗ってないの?不潔なんだけどww」

「くさーいw」

 女子たちは大げさに彼女を避けて着替え始めた。

 通す袖すら存在しない体操着に着替えるわけも行かず、宮田さんは制服のまま体育館に移動した。

「なんで制服なんだ。」

 厳しい顔で睨む担任に、宮田さんは俯いて「忘れました」と呟いた。

「他のクラスから借りるとか、色々方法があっただろ。」

 担任がそう冷たく言うと、周囲からはまたクスクスと笑い声が上がった。

「せんせー、宮田さん友達居ないんで借りれないんですよぉww」

「友達に頼ることも出来ないなんて。お前、性格見直したらどうなんだ。」

 担任がそう言うと、笑い声は大きくなった。

「せんせー辛辣すぎww」

「普通に草なんだけどww」

 体育館中に広がる笑い声。ボク・・は悲しくなった。


 放課後塾に行った宮田さんは、うつろな目で授業を受けていた。90分が過ぎると直ぐに帰り支度を済ませ、足早に帰宅。夕飯は少し口を付けただけで食べるのを辞めてしまった。

「ちゃんと食べないと、体を壊すわよ。」

 母親がそう忠告するも彼女には届いてない様子で、返事をしないまま脱衣所へ。いつもなら湯船にゆっくり浸かるのに、今日は身体を洗ったら直ぐに着替えて自室に戻ってしまった。

「こっくりさんこっくりさんどうぞおいでください。」

 机に広げたままになっていた用紙に十円玉を乗せ、早口で彼女は唱えた。ボク・・は彼女の期待に答えるように”はい”へ十円玉を移動させた。

「こっくりさん、あなたは昨日のこっくりさん?」

 ボク・・はまた”はい”と答えた。彼女はまた早口で質問した。

「今日の学校での出来事見た?」

”はい”

「どうして私ばっかり。」

”……。”

「私は誰かに迷惑かけてる?」

”いいえ”

「じゃあなんで私がいじめられなきゃいけないの。」

”……。”

「どうしたらいいの?どうしたら、いじめられなくなる?」

”……。”

「応えてよ。」

 宮田さんの声は切実だった。

”たすけられなくて ごめん”

「…こっくりさんは呪いとかかけられないの。」

”……。”

「そもそもこっくりさんって何者なの?」

”ゆうれい”

「じゃあ悪いやつに取り憑いてよ。」

”……。”

 また黙っていると。宮田さんはため息を吐いて十円玉に乗せていた指を離した。

「…儀式の途中で指を離したらいけないんでしょう?私は呪われる?」

 ボクは指の乗っていない十円玉を”いいえ”に動かした。

「ふん、何も出来ないんじゃない。」

 言葉はキツイ響きだが、彼女の声は悲しげだった。


***


 翌日も彼女はいじめられていた。椅子にベットリとボンドが塗られていて、座れないようになっていた。

 ホームルームが始まっても座ろうとしない宮田さんに対して「先生を馬鹿にしているのか」、「そんなに立ちたかったら廊下に立っていろ」と彼女を教室から追い出した。

「…これも見てるんでしょ。」

 宮田さんは何も居ない虚空を見つめてボソッと呟いた。


 授業が終わり掃除の時間になると、鈴木が女子を引き連れて話しかけてきた。

「宮田さ〜ん、お願いがあるんだけどぉ。このゴミ、捨ててきてくれない?重くて私達じゃ持てなくってぇ。」

「…分かった。」

 渡されたゴミはなんだか生臭い匂いがしていた。宮田さんは何も言わずゴミ捨て場まで運ぶと、ゴミをまとめていた先生がそれを受け取った。

「なんだ?教室のゴミにしては重たいな。」

 気になった先生がその場でゴミ袋を開けると、中には猫の死体が入っていた。

「なんでこんなものが入ってるんだ!?」

 この事は担任教師にも伝わり、帰りのホームルームで報告された。

「教室のゴミをまとめた袋の中から猫の死体が出てきた。誰か心当たりは無いか?」

「私達がまとめたときはそんなの入っていませんでしたぁ。数人でまとめたので間違いありません。」

「ゴミは誰が捨てたんだ?」

「宮田さんです〜。」

 クラス中の視線が、宮田さんに注がれた。

「宮田、お前が猫の死体を入れたのか。」

「違います。」

「じゃあなんでまとめたはずのゴミの中から猫が出てくるんだ!」

 担任は教卓を思いっきり叩いた。バンッという衝撃音は教室を飛び越え廊下にも響いた。

「私は、知りません…!」

「猫一匹入っているのに、重さで気づかないわけ無いだろう!」

「重いって最初に説明されたから…。」

「誰にだよ!!持って異常があったら確認するのが普通だろう!」

「……。」

「なんとか言ったらどうなんだ!!」

 担任は怒鳴りつけて、宮田さんの次の言葉を出なくさせていた。

「せんせー、僕達関係ないし先帰ってもいーですかぁ?」

「…あぁ、そうだな。お前たち、帰っていいぞ。」

 担任の許しが出た生徒たちは、さっさと荷物を持って帰っていった。

「…お前、何をしたか分かっているのか。」

 担任は生徒たちを見送ったあと、再び宮田さんを睨んだ。

「余計な仕事を増やすな!!」

 教師であれば叱るにしても「命を粗末にするな」とか「どうしてこんな事をしたのか」というのが普通だと思うが、この男はそういった道徳的なことは一切興味がない様子だった。

「このクラス内での問題ならまだいい。他の先生にまで問題が伝わったじゃないか!」

「…先生は、私がいじめられていることを知ってますよね?」

「それがどうした。虐められるお前が悪い。俺は勉強を教えるだけだ。問題があるならお前自身でなんとかしろ。」

「……。」

 あまりのことに、宮田さんは言葉を失った。

「とにかく、この事はお前が一人でやったことと報告しておく。親にも伝えておくから反省するように。」

 担任は冷たく言い放つと教室から出ていった。

「…あれもこれも、全部私のせい。なんでみんなそんなに私を悪く言うの?なんにもしてないのに…!」

 宮田さんは感情に任せ机を突き飛ばした。


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