第32話 外伝~空と空気の境目②~

「空井君って、山瀬さんと同高だったんだよね?」


駅へと向かい、夜道を歩いている最中。真壁と空井と並ぶ瑞野が唐突に尋ねる。

なかなかに際どいことを口にした瑞野に、真壁は一瞬。ギョッと目を剥いてしまう。


「実はそうなんだよね~。まあ、喋ったの、さっきがほぼ初めてだったけど!」


しかし、空井は真壁の表情に気が付きながらも。気に止めた様子もなく、へらっと返すのであった。


「えっ、そうなんだ! クラス違ったの?」

「いや、高二から二年間同じクラスだったけど。特に話すことも無かったしね~」

「まあ、確かに。山瀬さんとわざわざ話すこととか無いよね~。自分の話しと、人の悪口しか言わないし」

「そうそう! そうなんだよ!」


瑞野がしれっと吐き出した毒に、空井が嬉々と同意。

二人の話しを聞きながら、真壁は「高校から変わってないのか、あの人……なんで、友達出来るんだろう」と不思議に思った。


「他人と自分比べて、相手を貶めようとして。何の意味があるんだろうね……」


そして、ふと。そう溢してしまう。


「まりちゃんって、可愛いけどカッコイイよね!」

「はあっ!?」


空井に言われた言葉に、真壁はつい素の声を出してしまった。


「空井君~、万里は褒められ慣れてない上に照れ屋だからさ~。お手柔らかにお願いしますよ」

「あっ、そうなの? こーんな可愛い娘をチヤホヤしないなんて、世の中間違ってるね」

「激しく同意ー!」


ケラケラと笑いながら、意気投合している空井と瑞野の様子を見て。


「……なんか、仲良くなってる」


真壁は唖然と呟くのだった。


  ***


高校二年生の秋――。

空井英樹は、相変わらず。変わり映えの無い日々を過ごしていた。

徒歩圏内に駅が無い癖に、歩けばすぐに海へ行くことが出来る地元に。特段の不平不満は無かったが、「海が近くにあるなんて素敵! 綺麗だし、泳ぎ放題サーフィンし放題じゃん!」と浮かれたことを言う輩には。


「いや、海なんて毎日同じだし。毎日毎日見てたら普通に飽きるし。つーか、リゾート地の海と比べたら綺麗じゃないし。海近くとか、磯臭くて自転車錆びるし良いことねーよ」


と、冷たく言い放ってやりたいというくらいの嫌味は持っていた。


「あ――英樹、おかえり!」


そんなことを頭の片隅で考えながら、学校から自宅への帰路を歩いていると。自身の名を呼ぶ、聞き覚えのある女性の声が掛かる。


「あ、母さんもお帰り」


通り過ぎようとしていたスーパーの入口から、自身の母親が重たそうに片手づつ二袋。食材が沢山詰め込まれた手提げバッグを持っていたのだ。


「持つよ」


言いながら、空井は母から二つのバッグを攫っていく。


「あら、ありがとう! でも高校生男子って、普通。外で母親と一緒に居るの嫌なんじゃないの?」

「そういうのは、メンツ守りたい友達がいる奴がすることだろ」

「……母さん、英樹の優しさ嬉しいけど。友達居ないのは悲しいわ」


複雑な表情をした母にそう告げられながらも、空井親子は共に帰路に着く。

空井家の母親、空井英里えりは。空井の妹、里央菜りおなと良く似た面差しと性格の女性だった。派手な印象の美人ではないが、小柄で年齢の割に肌艶が若々しい童顔なため。初対面で、高校生と中学生の子供が二人居るとはまず思われることがない。

こうして、空井と二人並んで歩いている姿も。傍から見たら、姉弟か年上彼女と年下彼氏と思われても不思議ではない組み合わせであった。


「一個持つよ」

「良い」


母の申し出に、空井は素っ気なく答えるが、彼女は自身の息子が口下手なだけなのを知っているため。穏やかな笑みを小さく溢して、「ありがとう」と言葉を送った。


「英樹さ、大学。もう決めたの?」

「何だよ、急に……前、ちゃんと進路希望の紙見せただろ」

「見たけど、私達に気を使って。近くの大学にしなくても良いのよ? どうせ、どこもここからは通いづらいんだから」

「里央菜にも言われたけどさ、俺。別に大学にも拘りないし、都会とかそういうのも興味ないから」

「え~、でも。担任の先生、英樹の学力なら大体の所は大丈夫って言ってたわよ? もうちょっと、色々調べてみて考えてみたら?」

「大学なんてどこも一緒だよ。学部が同じなら、学ぶことは変わんないんだから」

「そんなことないわよ! 同じ学部や科目でも、受け持ちの先生での授業で。この先の人生、どんな影響を受けるか分からないんだから」


それに……と、母は続けて。


「友達や彼女を得られるかどうかも、大学選びから勝負が始まってるんだから!」


と、明るく言った。


「……別に、そんなの必要ないし」

「それは、今必要ないってだけよ。この先、そんな人達ときっと出会えるわ」

「そういうのって、環境変えたからって。得られるもんじゃないだろ」

「そうだけど、環境を変えないと得られないものもあるんじゃない?」


母の言葉に、空井は視線を向けた。


「英樹はさ、生まれてからずっとここでしか生きて来なかったから。狭い世界のことしか知らないじゃない? そりゃあ、ただ田舎を出たいが為に。何の理由もなく、都会に行きたいっていうのなら。私もお父さんも良い顔しなかっただろうけど……」


一瞬、空井は「じゃあ、里央菜の動機は不純なんじゃないか?」と過らるが。多分、それを言っても良い空気ではない……と、閉口したまま。母の話しに耳を傾ける。


「あなたは出てみたら? 世界は思ったより、ずーっと広いのよ。飛び出してみた先に、信頼出来る親友と。大切にしたいと思える人と、案含簡単に出会っちゃったりするものなんだから!」


母の言葉に、むず痒い感情を沸き上がらせながらも。空井は具体的な言葉に表すことはとどまる。

そんな息子の心情に気が付かぬまま、母は嬉しそうな笑顔で。


「私と、お父さんみたいにね!」


と、言うのであった。

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