第10話 外伝~友人Aは空気を読む②~

空井英樹は、授業が終わってから。隣に座る旭陽太に声を掛けた。


「なあ、陽太。今日、一緒に本屋行かね?」


空井の言葉に旭は。


「うん。俺も、欲しい雑誌あったから行く」


と、返答。


「へぇ、陽太。雑誌とか買うんだ」

「普段は買わないけど、今回は好きなアーティストの特集記事とインタビューが載るから」

「ああ、あのバンドの!」

「アルバム出るから。多分それで」

「ツアーもやるんだろ? 行くのか?」

「いや……アルバムに抽選券付くけど、多分当たらないから行かないと思う」

「なんで? 陽太、そのバンドスゲー好きじゃん」

「いや……その……」


旭は少し躊躇いがちに。


「ライブとか、一回も行ったことないし……」


と、低いトーンで答える。


「ああ、まあ、そうだよな……」


すると、空井はその言葉で全てを察したのか。同じく少し暗い表情になった。


「陽太の地元、割と田舎なんだっけ? まあ、俺も人の事言えんド田舎だけど……」

「ライブ会場ある駅行くのに、片道四時間は掛かるから」

「俺もそんな感じだったわ~。ライブ最後まで見てたら、終電無くなってる~! みたいなさ!」


そう、お茶らけた様子で言う空井。

二人はこの春、大学に通う為にそれぞれ上京してきており。実は、アパートの部屋が隣同士であった。

それもあり、尚且つ二人は趣味趣向や性格にかなりの相違があれど。妙に気が合ったため、自然と友人となっていたのである。


「あっ、じゃあさ! ライブ当たったら、ヒナちゃん誘ってみたら!」

「えっ!?」


空井の提案に、少し顔を赤らめて驚愕する旭。


「ほら! このアーティストの話し、ヒナちゃんとも良くしてるし。チケット当たったら一緒に行ってくれるんじゃね?」

「いや、でも……」

「ヒナちゃん実家暮らしの都会っ子だし、ライブとかも多分大丈夫っしょ!」

「やっ、そうじゃなくて……」


旭は少し言い淀んでから。


「それって、デート……じゃね」


と、恥ずかし気に言った。


「やっ、まあ、そうかもだけど……」


旭の言葉に、空井は戸惑いながらも。彼に少し顔を寄せて小声で。


「けど、陽太さ。ヒナちゃん好きなんだろ?」


と、尋ねた。

空井の問いに、旭はコクリと頷く。


「なら、付き合うとかそういうのはとりま置いといてもさ。一緒に遊びに行ったり~とかは、ガンガンしてっても良いんじゃね?」


空井自身、正直恋愛経験は皆無のため。そういう事に的確なアドバイスをすることは出来ないが、それでも旭が自分だけに打ち明けてくれた秘密の恋を。友人として応援したいと純粋に思っているのだ。


「まぁ、じゃあ……当たったら……」

「おう! 俺も当たるように祈ってる!」


カラッと笑顔を向けながら言った空井の言葉に、旭は微かに口角を上げるのだった。


「――あっ! 旭くーん! 空井ー!」


すると、二人が大学を出ようと話ながら歩いている最中。二人組の女子がニコニコと駆け寄ってくる。


「二人共、帰るの?」

「良かったら、この後ウチらと四人でカラオケでも行かない?」


バッチリと自分を映えさせるメイクを綺麗に施し、チラリと肩や腕の部位を眩く覗かせ。微かに色っぽい魅惑を感じてしまうパステルカラーの洋服を着て、フローラルの香りをほのかに漂わせる二人組に。


「あ~、ごめん!! 俺達、今日これから明日までの課題やらないといけないんだよね!!」


空井は旭を庇うように、そう告げた。


「え~」

「そうなの~」

「ホント、ごめんね!! 結構な量出されちゃったから、今日は徹夜覚悟だからさ」


不服そうな表情をする二人に、空井は旭の肩に手を回しながら。


「それじゃあ、またね~!」


と、逃げるようにその場を後にする。


「良いのか? 何なら、お前だけでも行けば……」

「いーのいーの! あの二人、完全に陽太目当てだったから。俺だけ行くってなっても、何だかんだ理由付けて絶対行くの取り止めにしてたって」


それにさ……空井は続けて。


「俺さ、あーいう女子。実は苦手なんだ」


微かに苦笑しながら言う空井。そんな彼に、旭は。


「そんな恰好しててか?」


と、尋ねた。


「いや、まあ……これは、ちょっとイメチェンというか大学デビューで……って、恰好と女子の好みは別に関係ないだろ!!」

「じゃあ、どういう女子が好み?」

「うーん……そうだな」


少し悩んでから、空井は旭の質問に答える。


「まあ、ありきたりだけど。優しい子だな!」

「分かる。俺もだから」

「へぇ~、ヒナちゃん優しいんだ」

「うん」

「そこは照れたりしないのかよ……」


そんな事を話しているうちに、二人は自分達のアパートの帰り道にある本屋へと辿り着いた。


「あっ、あれ。ヒナちゃんじゃね? 真壁ちゃんも一緒じゃん!」


空井は本屋に入ってすぐに、レジにて会計をする真壁と日向の姿を見つける。


「日向、いつも真壁と一緒に居るんだよな……」


暗いトーンで呟く旭。

空井は察した。彼は、真壁と日向が恋愛的な意味合いで仲が良いと疑っているのだと。

けれど、空井の見る限り。二人には色恋の匂いは正直感じられなかった。

この根拠は直感としか言いようが無かったが、何となく。日向も真壁も、根本的に恋愛に興味が無さそうというか……真壁など、先程の女子二人と違い。化粧も一切していなければ、服装も男子寄りなラフスタイルで。空井が目撃した限り、彼女がスカートを穿いているのを見たことが無いのだ。

そうなると、流石に真壁が日向に好意があるとは考えづらいし。かといって、実は二人が付き合っているとも思えなかった。

真壁も日向も、元々同じ高校に通っていたからか。旭の言う通り、しょっちゅう二人で行動することが多い。ここまでくると、おおやけにせずに隠れて付き合っている方が不自然過ぎる。

と、まあ。空井は色々と旭を励まさんとする理由を思考したが。考えても、旭の不安を取り除くことが出来る明確な答えを自分の中から導き出すは不可能であろう……という結論に至った。


「あれ? ヒナちゃんと真壁ちゃんじゃん!」


なので、とりあえず。空井は二人へと声を掛けてみることにした。

今日少し話したりしただけでは、二人の仲を見極めることは難しいかもしれない。けれど、少しでも仲良く……特に、真壁と知り合い程度でも交流を持つことが出来たら。

旭の片想いに、何か進展を与える切っ掛けを与えることが出来るかも知れない……空井は、友人の力になりたい一心から。真壁達に笑顔を向けながら歩みを進めるのであった。

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