いつもより部屋が暖かい≪冬≫

 そしていつもは寒い冬。

 狭い部屋に人が1人増えるだけでこんなに暖かくなるとは正直思っていなかった。


 クリスマスは別々に過ごした。俺は友達と。井上は誰とかは知らない。ただ、彼女がクリスマスケーキを買って帰ってきたので一緒に食べた。


 ◇


 年末は井上と過ごした。こたつに2人で入ってテレビを見る。

「年越しの瞬間ジャンプしようよ」と言い始めた彼女を止めた。ここは2階だ。近所迷惑。

 そしたら何故か両手を繋がれて、年越しの瞬間にぴょんっと腕をあげられた。これは何だったのかわからないが、手を繋いだのは多分これが初めて。


 あけおめメッセージが次々来る中、小夜からも控えめなメッセージが届いた。



 0:15

 朔也、明けましておめでとう。

 去年風邪引いてたの思い出して、ついメッセージ送っちゃってごめんね。

 身体には気を付けて元気に過ごしてね。返事は大丈夫です。



 去年は一緒に初詣に行った。そのあと俺が熱を出して小夜が看病してくれた。彼女が俺をもう『さく』と呼ばないことと、去年は言ってくれた『今年もよろしくね』がないのが悲しい。


 井上には今年もよろしくねと言われたが、俺はおめでとうの言葉だけ返した。ここは井上に彼氏ができるまでの仮住まいだから。もう大事なものを失うのはこりごりだ。


 新年は同じ電車に乗ってそれぞれの実家に帰った。帰ってきたのは別々だったけど、俺が家のドアを開けたら井上が「織田くんお帰りなさい~」って言ってくれたのと、部屋が暖かいのが何となく嬉しかった。


 ◇


 別に2人でいて楽しいことがなかった訳ではない。井上は俺が料理をするのを見たり、手伝ったりして料理の腕をあげていたし、2人でするたこパは楽しかった。

 2人でソファーに座って観るテレビも映画も、1人よりも確実に面白味が増す。


 ◇


 ある日、井上が真剣な顔で俺にある提案をしてきた。

「あっ、あの織田くん。お願いがあるんだけど」

「なに? 」

「『井上いのうえ』って呼ばれるのイノシシみたいだから、名前で呼んでもらってもいいかな??」

「はっ? イノシシのつもりで呼んでないけど。まぁいいよ。ひま人ね」

「ち、ちがうよ。私の名前は『ひまり』」

「はいはい、知ってますよ」


 俺はこの頃には大分井上の扱いにもなれてきて、軽口を叩けるようになってきていた。


「あとね、織田おだくんの事も戦国武将みたいに思えちゃうから、名前で呼んでもいいかなぁ?」

「なにそれ?俺の事武将だと今まで思ってたの? 心外だわ。まぁ全然いいよ。好きに呼びなよ…………いや、『さく』以外で」


 小夜以外には『さく』と呼ばれたくなかった。本当に女々しい俺。


「じゃあ、『さくさくぱんだ』?」

「それもやめろ」

「うーんと……さっくんっ」

「まぁ、それならいいよ」


 こうして、俺たちはお互いを名前で呼び合うようになった。


 ◇


バレンタインにはチョコを貰ったし、ホワイトデーには焼き菓子を返した。愛の言葉なんてない。一緒に暮らしていればバレンタインチョコ位くれるだろう。


◇◇◇


 ここまで思い返してみたが、俺を名前で呼ぶ前にも、「織田くん好き~」とも言っていた気がする。ただそれが「織田くんの料理が好き」とか別の好きだったか、どうだったかは覚えていない。


 彼女はプラスの言葉を言いまくるので、感覚が麻痺していたのと、この時点ではひまりは俺の恋愛対象ではなかったのだろう。大して気にしていなかった。


 それはきっとひまりも同じ。

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