第21話 後輩は子犬系

 エリア召喚だとしても特徴は召喚獣と変わらない。と言うのも、召喚する物体が生物か空間かの違いでしかないので使用方法自体は一緒なのだ。


(それでも、その違いが術師にとっては致命的なんだけどね。)


 そもそも召喚獣が魔道具よりも優遇されているのは召喚してしまえばあとは召喚獣が戦ってくれるからである。

 当然だ、誰だって怪我のリスクは減らしたい。しかし、エリア召喚ではただの空間が自分の代わりに戦ってくれるわけが無いので、優遇するべきメリットが無くなってしまっている。


(それに、エリア召喚には欠点が多すぎるんだよなぁ……。)


 代表的なのは召喚に掛かる時間に消費魔力の量。それこそ、エリア召喚を使うよりも一体でも多くの召喚獣を召喚した方が強いとさえ言われているぐらいだ。


 この欠点だけでも実戦向きとは言えないが、加えてもう一つ。いや、これはむしろ欠点ではなく欠陥と呼んでも良いかもしれない。



 カードには説明書もなにもないのだから……エリア召喚の性能は手探りで探っていくしかなかった。


◇◇◇


(数日ぶりに冒険者ギルドまで来てみたものの……さて、どうしたものかな。)


 期待からは外れているエリア召喚だとしても、ようやく手に入れた待望の召喚カードである。引退する前にせめて性能検証は済ませておこうと(検証済だと売値も上がるし)、冒険者ギルドまでやって来た俺はそこで二の足を踏んでいた。



 性能を検証するなら当然、魔力の濃いダンジョンで行うのが効率的だが……出来ることなら性能不明な品を実戦ダンジョンで使用したくない。

 ただでさえエリア召喚は魔力消費が激しい傾向にあるのだ。検証に魔力を費やし過ぎたせいで、いざと言う時に『魔力が空だった』なんて事になれば検証よりも先に検死を済ます事になる。


 ダンジョン以外で考えるのであれば広さ的にも都合が良いのはこの前利用したトレーニングルームだが……ただ、あそこは無料に見せかけた実質有料設備だからなぁ。おおやけにしたくない情報がある場合には特に使用したくない。



 トレーニングルームかダンジョンか。向かう先の一長一短に思い悩んでいると、気持ちの良い元気な声が悩みを吹き飛ばす勢いで降ってきた。


「あっ、志麻先輩! やっっっと見付けた~!!」


 声掛けながらも、とことこと俺の元に近付いてくる小さな影は見知った笑顔。庇護欲を掻き立てられるおっとり目尻には微笑みが良く似合っている。


「ん? ああ、小麦こむぎか。 どうした?」


 肩までのウェーブがかった薄茶の髪を動きに合わせて跳ねさせながら近付いてくる彼女の名前は稲畑いなばた 小麦こむぎ。どことなく子犬のような印象を受けるが、これでれっきとしたクラス2の召喚術師だ。


 ただし服装は魔道具師寄りで、召喚術師の象徴たるローブを羽織らずに動き易さ重視のぴっちりとした服装に身を包んでいる。彼女の体型が真っ平らでなければさぞや目に毒だっただろう。妖精姫とは違ったタイプの美少女である。


「どうした、じゃないですよぅ! またギルドで問題起こしたと思ったら数日行方不明になるんだから……ボク、心配したんだからねっ?」

「いや、ずっと家に居ただけで行方不明って大袈裟な……。」


 笑顔は即座に不服顔へと反転。コロコロと変わる表情も彼女の魅力の内ではあるが、家でぐうたらしていただけで行方不明になるなら、世の中は行方不明者だらけだろう。

 ……まぁ、そうやって音信不通になった冒険者の何割かは本当に行方不明だったりするから、一概に大袈裟とは言えないんだけども。



「ずっと家に居ない志麻先輩だから行方不明扱いされるんですよ。 それで、なにかあったんですか? 体調崩してたとか?」

「ぬぁ、ちょ……っ!?」


 それで何かが分かる訳でも無いのに、心配からぺたぺたと俺の身体に触れてくる小麦にくすぐったさを覚える。

 慕ってくれるのは嬉しいが、異性相手に気軽にして良い態度ではないんだよなぁ。小麦は誰にでもこんな感じだけども。


「体調崩していた訳では無いけど、色々あってね……と言うか、なんで俺が問題起こしたことを知っているんだ?」


 家に引きこもっていた間の説明をするには冒険者ギルドと言う場は人が多過ぎる。話題逸らしも兼ねて『その場に居なかったよな?』と続けて聞いてみた俺への返答は『志麻先輩の情報収集はボクの趣味みたいなものですからねっ!』と言う、少々ストーカー気質を感じる発言であった。

 元はと言えば俺が何度も心配を掛けてしまっているからだとは思うが……それでも小麦は発言に躊躇いが無さすぎる。相手が俺じゃなかったら好意に勘違いするか、或いは行為にドン引いているぞ。


「俺の情報なんて集めて、なにが楽しいかねぇ。」

「志麻先輩の立ち回りは割と参考になりますよ?」

「そうか? それなら良いけど。俺が小麦に教えられる事なんて、もうそれぐらいしか無いしな……。」


 親しみを込めて『先輩』とは呼んでくれているが。見るからに冒険者らしくない彼女の実力はそこらの召喚術師よりも高く、クラス2にして『根絶やし』の2つ名を持っている。

 当然、俺よりも実力は上だ。


「なんならもう、『先輩』なんて呼ばなくていいんだぞ?」

「いえいえ、この『先輩』呼びは年下にとってのアドバンテージですから!」

「……。」


 なんのアドバンテージだよ、とは思うが何も考えてなさそうな小麦の発言にいちいち突っ込んでいては話が進まない。気兼ねしなくていい小麦との会話は楽しいが、それに流されていては何時まで経ってもここに来た目的を達成出来ない。


「あ、でもぉ、ボクともっと親密になりたいって事ならボクにとっても望む所ではある訳で、それなら呼び名も『だーりん』とかに変更しちゃおっかなぁ……ちらっちらっ」

「おいコラ、話を勝手に進めるな。」

「あたたたたぁ!?」


 俺の返事が無いのを良いことに話を適当に進めようとする小麦には油断も隙もあったものではない。ちょうどいい高さにある小麦の頭を鷲掴みにすると、それ以上の発言をシャットアウト。

 ……ただし、口では痛がっているのに、顔にはそこはかとない笑顔が浮かんでいるのはなんでだろうな?いや、もう突っ込まんぞ、俺は。

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