未来防衛軍 Future Defense Force

「くそっ! ここまでかっ…」


 …なんということだ。


 恐らく宇宙人の親玉である巨大な宇宙人、ゴッドが女騎士を掴んだ。女騎士は痛みに耐えながらも、顔を赤くさせ必死に抵抗している。無駄な抵抗だと分かると、だらんと体の力を抜いてゴッドの顔を睨んだ。


「おい宇宙人! 私に情けでもかけるつもりか?」


 …なんという、ことだっ!


 この時、総司令は憤怒した。女き…ごほん。民間人は守るべき対象。防衛軍の宝といっても過言ではない。総司令は自分の職務を放棄して、作戦司令部から飛び出して全力で走った。己の欲望のままに。


 このままにしておけば、総司令の宝がゴッドに奪われてしまう。


「くっ、殺したければ…殺せっ…!」


 だが、無情にも総司令のそれは、ついにゴッドに奪われてしまった。


「うおおおおおっ! 腕だ、奴の腕を撃てーっ!」


「「サー! イエス、サー!」」


 防衛軍の総攻撃によりゴッドの腕は破壊され、女騎士は開放された。総司令は足を負傷した女騎士に肩を貸すと退避をはじめた。既に戦場に残された敵はゴッドのみ。会話をしながらでも比較的安全に動けた。


「がはっ…す、すまない。感謝する、総司令殿…」


「命に別状はないようだな」


 …認められない。


「今、私が生きているのは…あなたのお陰だ…」


「………」


 …こんなこと、認めるわけにはいかないっ!


「…奴をっ」


 総司令は血が滲み出るほど拳を強く握り、怒りがついに爆発した。


「なんとお礼をいったら…ひゃっ!」


「…奴をっ! 許すなーっ!!」


 何を隠そうこの総司令、「くっころ女騎士」が好きなのである。頬を染めた捕虜の女騎士に睨まれながら、「くっ、殺せ!」と言われたい人生だった。言われたら天にも昇る心地だろう。それだけで未練などなくこの世を去れる。言われるまでは死んでも死にきれない。そんな、隊員達には絶対言えない性癖を持った男だった。


 だが、無情にも女騎士の口からでた「くっ殺せ」という言葉はゴッドに向けられた言葉だった…


 総司令の目の前で、堂々と「くっころ女騎士」を奪っていったのだ。


 助けた女騎士の口からは総司令への感謝は出ても、「くっ、殺せ」なんて言葉は出てこない。それもそのはず、助けてくれた相手に普通は言わない。だからこそ、総司令はゴッドを許すことなどできるはずがなかった。


「これが正真正銘最後の戦いだと思えっ! 全戦力を持って奴を倒せーっ!」


「「うおおおおおおお!」」


 本来は職権乱用だが、防衛軍の目的は宇宙人を含む全ての怪物達から人類を守ること。利害は一致していた。ちなみに当の女騎士はというと、男勝りな性格で一度も告白などしたこともされたことがなく、口癖は「恋など要らぬっ! そんな魚、ドラゴンにでも食わせとけっ!」だったのだが。


「そっ、総司令…どの…」


 総司令の助ける姿に胸がときめき…


 今、初めて恋をした。


 ○


 防衛軍の目の前に初めてゴッドが現れたのは、つい数十時間前だった。


 あと少しで宇宙人を殲滅できるという時に、再び巨大な船が現れた。何十もの防壁に守られたそれを、異世界の技術と防衛軍の技術を集結させて、なんとか破ることに成功した。船を守っていた大量の怪物や宇宙人も倒しきり、あとは船に突入するだけ。


 そんな時に奴は現れた。


 金色の装甲に身を包む、巨大な人間のような宇宙人。


 それがゴッド。誰が呟いたのかはわからないが、無線で誰かがそう呼称した。まさに神のような姿で、それ以外の呼び方は考えられなかった。


 今までの宇宙人とは全く異なるゴッドは、大きさは普通の宇宙人の三倍以上、耐久力、再生力も遥かに上。四肢を破壊してもすぐに再生するような馬鹿げた奴だった。


 善戦はしたが結果はご覧の有様だ。


 前衛として雇っていた冒険者の女騎士は、助けたが満身創痍。それを見た他の冒険者達も、雷の音を聞いた猫のように及び腰になっている。ゴッドは実際に雷で攻撃してくる。


 総司令も女騎士を助けてからは、もう冷静な指示を出せる状態ではなくなった。総司令については最近多忙でまともに睡眠を取れていなかった。


「そういや総司令がくっころ女騎士本持ってるって、アイツが言ってたっけなぁ…」


 いくら復讐の炎が強くても、人間は三大欲求には勝てない。


「これが正真正銘最後の戦いだと思えっ! 全勢力を持って奴を倒せーっ!」


「「うおおおおおおお!」」


 こんな行動、後で正気に戻った総司令が聞いたら神風だと怒られるだろう。一つの復讐の炎が、ゴッドへの総攻撃を続ける防衛軍に隠れて動き出した。


「ちっ、もう気づきやがったか!」


 後ろから大きな破壊音が聞こえてきた。ゴッドの目を盗んで単独で宇宙船内部に突入した所まではよかったが、いざ突入すると内部はセキュリティだらけ。無数の防衛装置から狙われて、早々に片手は使い物にならなくなった。運が悪いことに防衛装置が起動したことでゴッドに気づかれた。


 今は狙われている最中だ。背負っているバックパック内の特製かんしゃく玉が無事なのを確認すると急いで移動した。


「くそっ、なんて速さだよっ!」


 後ろから破壊音が聞こえてくる。防衛装置も起動しているため、進めば進むほど歓迎は激しくなる。致命的な怪我はないものの、体や足に無数のレーザーを受けてしまう。それでも後ろから追ってくるゴッドから逃げるには進むしかない。


「はぁ、はぁ…ん? ここはなんだ…?」


 命からがらゴッドから逃げ切った。逃げ切った、というよりもゴッドは宇宙船内部での戦闘には不向き。巨大なゴッドが狭い船内で攻撃してくるため避けるのは容易い。むしろその攻撃で宇宙船の防衛装置を次々と破壊してくれた。宇宙船内部での移動が楽になり、とても助かった。


 ゴッドの攻撃から逃れるために小部屋に入ったのだが、ここの部屋は異質な空間だった。壁一面に機械がぎっしりと並んでいて、防衛装置の類いは一切ない。軽く調べてみると、どうやらここが宇宙船の核となる場所みたいだ。


 壁からコンセントによく似たものが無数に伸びていて、中央の丸い装置に繋がっている。試しに一本抜こうと試みたが、片手ではどうしようもなかった。


「まあ、一矢報いるために入ったんだ…未練はないさ…」


 バックパックから特製かんしゃく玉を取り出すと、その装置に投げる。


 このかんしゃく玉は科学者と魔術師の技術を融合させた特殊武器。


 気の合った二人が、ノリと勢いで爆撃範囲を知らせるためのかんしゃく玉を改造。気がついた頃には科学と魔術の力が融合した、巨大なダイナマイトのようなものに仕上がった。


 気になって試しに山へ投げた時は大変だった。山が消し飛んでしまったのだ。それも、一つではなく山脈が。すぐに処分するように言われたが、こっそりとひとつだけくすねていたのだ。こいつを使えば確実に破壊できる。


 宇宙船の核を壊せば、少しは宇宙人が困るはずだ。


「ああでも、アイツに…別れの言葉でも伝えておけばよかったな…」


 爆発に巻き込まれる中、それだけが心残りだった。


 ○


 地上にいたゴッドが、宇宙船内部の異常に気がつき宇宙船へ戻った頃。


「ああ、ゴッドが…ゴッドが逃げていく。くそっ、あと少しだったのに!」


「あんな高度、私の飛行ユニットじゃ届かないわ…」


「ドラゴンでも無理だな」


 ゴッドが宇宙船内部へ入ると、宇宙船はすぐに上昇。内部の異常など地上の隊員達は知る由もなく、この世界から逃げていくゴッドを見て苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。これだけ準備をしても復讐の炎で宇宙船を燃やすことはできなかったのか、と。


 そんな中、誰かが声を上げた。


「お、おいっ! あれを見ろ!」


 宇宙船から小さな煙が上がった。


「誰かがっ! 誰かがあの中で戦っているんだ!」


 それは炎と呼ぶには小さく、焚き火程度。巨大な宇宙船には大したことのないもの。猫耳ヘルメットの女性が、地上にアイツが居ないことに気がついた。


「あのバカがいない! もしかしてっ!」


「そうか、アイツが…今、アイツが戦っているんだな…」


「またお前に任せることになるなんてな」


「二度と無茶はしないでって! お願いしたのにっ!」


 猫耳ヘルメットの女性隊員は怒りの表情を浮かべる。しかし、それでも全隊員は人類の未来をアイツに任せるしかなかった。


「人類の底力を思い知らせてやれっ!」


 人類の恨みが恐ろしいことを宇宙人に知らしめてやるんだ。人類の復讐の炎が化け猫のように執念深いものだとわからせてやるんだ。


「「やれ、フレイム1ッ!」」


 宇宙船は大きな爆発の後、機能を完全に停止した。上昇して大気圏外にあったため、地球を覆うほどの巨大な宇宙船が落ちてくることはなく落下物による被害は小さかった。神が味方してくれたとしか考えられない。アイツは命をかけてこの世界の未来を、そして、まだ見ぬ平行世界の人類の未来をも守った。


 アイツを含む異世界防衛軍は、後にこう呼ばれた。


 未来防衛軍…


 Futureフューチャー Defenseディフェンス Forceフォース、通称「FDF」と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る