第38話

風太が生まれ、龍神の里は大騒ぎになった。

龍神の産んだ子供が、まさかの風神として誕生してしまったのだ。

「半分、汚れた血が入っているからな……。仕方ない」

大龍神はそう言うと、風太を抱き上げた。

「名は何と言う?」

愛おしそうに風太を見つめる大龍神に

「風太です」

と、タツが答えた。

「風太か……良い名だな。恭介、お前も少しはタツの手伝いをしているのか?」

と声を掛けられ、苦笑いを浮かべる。

何をやっても失敗続きで、それでもタツは笑っていた。

「良いのです。あなたは、あなたができる事をしてくだされば」

仕えの者に風太を任せる事もせず、彼女は風太を大切に育ててくれていた。

大龍神も、最初はかなり辛く当たっていたものの、風太が生まれる頃には仲良く話が出来るようになっていた。

今思えば、龍神の里の神達が、人間を受け入れると言うのは相当大変な事だったのだろうと思う。

それでも、差別する事無く接してくれていた。

風太が生まれると、まだタツと結ばれる前にタツに助けられた座敷童子が、風太の面倒を見るようになっていた。

「恭介、風太可愛い」

子供が赤ちゃんを抱っこして、笑っている姿が可愛らしかった。

この頃の俺には、座敷童子の声が聞こえていたな……。


俺とタツ、風太と座敷童子で、本当の家族のように暮らしていた。

俺はこの幸せが、永遠に続くのだと信じていた。

そんな時だった。

龍神神社へ奉納された供物を取りに、俺が人間界へと降り立った日の事だった。

「龍神様!どうか、雨を……雨を降らせて下さい」

そう言って、必死に手を合わせる老人が居た。

龍神の里は一年を通して穏やかで、水も食べ物も豊富だった。

だから俺は知らなかったのだ。

猛暑で雨が降らず、水不足で人間が苦しんでいる事を。

急いで戻って大龍神に掛け合った。

雨を降らせてくれと。

すると大龍神は冷めた目をして

「恭介、お前はどっちの人間だ?」

そう訊かれた。

「え?」

驚いて大龍神を見ると

「海や川を汚し、好き勝手している人間共が悪い。どんなに水不足でも、きちんと川を綺麗にしていれば、飲み水などそこらへんに溢れておる。それを、人間が勝手に汚して飲めなくしたのだ」

そう吐き捨てるように言うと、大龍神は俺に背を向けた。

「恭介、お前はしばらくこの神殿への出入りを禁止する」

大龍神の怒りを買い、俺は龍神殿から叩き出された。

人間界の龍神神社から近くに住んでいる事から、毎日、龍神神社に参拝する人の悲しい声が聞こえて来た。


『助けて!龍神様!』

『龍神様!何で雨を降らせてくれないの!』

人々の声が俺を苦しめた。

俺は同じ人間なのに……。

俺一人、此処でのうのうと生きている。

そう考えるだけで、死ぬより辛かった。

そんな俺を見て、タツは禁忌を犯してしまうのだ。

大龍神の許可を取らず、人間界へ雨を降らせてしまったのだ。

「タツ!お前、そんな事をして大丈夫なのか?」

俺が彼女を咎めると、彼女は小さく微笑んだ。

それが……答えだったのだろう。

すると大龍神が怒り狂い

「人間共よ!そんなに雨が恋しいか!勝手に河川を汚し、好き勝手に山を荒らす害獣のくせに!そんなに水が欲しければくれてやる!さぁ!水を!水を与えてやる!」

そう叫び、何日間も大嵐を起こしたのだ。

河川は氾濫し、人々は自然の猛威に手も足も出なかった。

「止めて!お母様、止めて!」

怒り狂う大龍神を、タツが必死に止めた。

「タツ!この裏切り者!だから人間などに恋などするなと言ったのだ!」

稲光が当たりを白く染め、一匹の龍が空から龍神神社へと落ちて来た。

俺は、それがタツだと分かっていた。

急いで走っていくと、今にも死にそうな人影があった。

「タツ!」

走り寄ろうとすると

「来ないで!お願い……来ないで……」

弱々しい声が聞こえる。

俺はタツの声を無視して近付いた。

抱き上げたその姿は、何度か森で見かけた女性の姿だった。

「きみが……?」

そう呟くと、タツは悲しそうに顔を曇らせて

「どうして来たの?」

と呟いた。

「どうしてって……。タツが倒れているのに、無視なんか出来るわけないだろう!」

そう叫んだ俺に、タツは小さく笑った。

「恭介さん……あなたと過ごした日々は、幸せでした。私の事など忘れて……どうか、人間界で幸せになって下さい」

そう言うと、そっと俺の頬に触れた。

「タツ……罰なら一緒に受けるから!全部俺のせいだから……、だからそんな……終わりみたいな事を言うな!」

泣きながら言う俺に、タツは小さく笑うと空を見上げ

「もし許されるなら……生まれ変わったら空になりたいな……。あなたをずっと、見守れるから……」

そう言って微笑んだ。

「馬鹿言うなよ。お前が空になったら、俺はお前に触れられないだろう」

泣きながら言う俺に

「大丈夫。木漏れ日があなたを包む時、私があなたを抱きしめているから……。日差しが強い日に、雲が日陰を作ったら、私があなたの額に手を当てているの。忘れないで……私はどんな姿になっても……何処にいても……あなたを愛しています」

タツはそう言うと、そっと俺の額に手を当てた。

「さようなら……恭介さん」

涙を流したタツが、段々とぼやけていく。

待ってくれ!

罪なら俺が負うから!

どんな罪でも背負うから!

だから、俺から彼女を……子供を奪わないでくれ!

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