2-2.一般名詞じゃなくて固有名詞で逃げるという選択

No.2498秋の空

No.9512アノマロカリス

No.4243ほうき星



「いやー、物はやっぱ重いと思うねんな。もし別れた時のこと考えると」

「そんな、まだ付き合ってそこそこやのに、別れることなんて考えとれんで」

「でもなー」

「じゃあ、何がええねん」

「特に思い浮かばんけど。やからこうして一緒に調べてやっとるんやろ?」

「ほんまに感謝やで」

「まあ、今日はお前のおごりやしな? あ、すいませーん。生中!」

「あ、おい! すいませーん! 生中2つでー!」


「なあ、これ」

「ん?」

「黒糖カヌレ専門店『ほうき星』。どう?」

「どうって言っても。え、やっぱ消え物ってこと?」

「そら、食べたらなくなるくらいが一番ええやろ」

「でもなー。なんかあげて、それ使ってほしない?」

「俺は思わん。分からん」

「はあ。お前に相談したのが正解なんかどうか、よう分からんようになってきた」

「少なくとも外れることはないと思うけどな。大正解を出す自信はない」

「あー……」

「なんよ?」

「なんかさ、この『ヌ』ってちょっとエロくない?」

「は?」

「いや、なんかさ。なんとも言われへんけどな。この、なんというか。角張ったところと、曲線の感じがな。このちょうどいい感じがな」

「知らん」

「はー。お前はそういうエロへの探求心が足りん! 例えばさ、カタカナを平仮名にするとちょっとエッチとか思うやろ?」

「いや、やから知らんて」

「お前もいっぱしの男やろがい! 理解せんかい!」

「と言われてもな。ピンとこん」

「例えば。ん-。T-REXとか。ひらがなで書いてみ?」

「『てぃーれっくす』?」

「どうや?」

「いや、なんかやっぱよー分からん」

「は? T-REXっていう男のロマンの塊みたいな恐竜の代表がひらがなになってんぞ! エロいやろが!」

「いや、T-REXはT-REXやから。あと最近の研究で、T-REXが意外とダサいって」

「じゃあ次! ん-、アノマロカリス」

「あー、あの古生代のきもいやつな。なんか、節足動物の飛べる版みたいなジャンルよな? ま、泳ぐわけやけど」

「御託はいいから書かんかい」

「『あのまろかりす』?」

「どうや?」

「どうって。そうやなー。まー、『まろ』ってマロンを想像させるから、まるで女性のいんかk――」

「やめーい! そういうことちゃうねんなー。それお前あれやろ? 『かり』は男性器のーとか言い出すんやろ?」

「お、よくわかったな」

「そういうことちゃうねんなー。こう、字の見た目がさ。こう滲んでにじんでくるやん? それを理解してほしいのよ?」

「はあ」

「そうやなー。たとえば、古生代の生物を擬人化した18禁美少女ゲームが発売されたとする」

「は?」

「『あのまろかりすちゃん』のCVは誰でしょう?」

「は? あー、風音様?」

「ブッブー! 正解は『秋野花あきのはな』でした!」

「は?」

「わかったか!」

「わからん」

「嫌い!」

「は?」

「俺の言いたいことが分からんお前は、もう嫌い!」

「彼女かよ」

「親友じゃ!」

「くそきもいな、お前」

「ま、そんなことはどうでもええんよ。彼女のプレゼン――」

「秋野花で思い出してんけどな」

「お? おお」

「俺先週、句会に行ってきたんよ」

「句会?」

「あのー、俳句を詠む集まり」

「お、ついに行ったんか! どうやった?」

「それはもう、めちゃくちゃモテた」

「お前にもようやく青春が来たか」

「もう、選り取り見取りよりどりみどりババア」

「よかったやんけ」

「全然よくないわ」

「で、なんの秋野花なんよ?」

「あー、句会のお題がさ『秋の空』やってん。めっちゃ『秋野花』みたいやなー思ったらさ、もう思考がそっからずらせんくなってな」

「おう」

「『秋野花』のつもりで『秋の空』の俳句作ってん」

「おう」

「瑞々し喉の踊るや秋の空」

「今の話聞いてからやと、めっちゃ普通にエロいだけやん」

「せやろ? 俺もそう思ってんけど、むかつくくらい一見普通にできてしまったからこれで勝負してん」

「おう」

「そしたらばか高評価でさ」

「やるやん。色欲ババアたちかよ」

「『さわやかなスポーツの秋を連想できていいですね』って」

「こんなふざけた俳句に。嘆かわしいな」

「やもんで、一応最後にネタ晴らししてんよ。実はエロい話なんですって」

「まじかよ」

「そしたらさ、結構若めの女の人がさ。『タネまで含めての一つのネタなんですね。エロだけに』言うて」

「さっむ」

「ってことで、お前彼女にタネ贈れば?」

「なにが『てなわけで』やねん、アホか! 普通にスフレ贈るわ!」

「スフレたぶん買えんで」

「は?」

「今品切れ中で数量限定やと」

「はあ?」

「やっぱ、タネ贈るしかないな。サトウキビの種でも贈るか?」

「アホか! 余計に時間かかるわ! 何年がかりやねん!」

「子供でも仕込んどきゃ、ええころ合いに子供もサトウキビも成長しとるやろ」

「来週の彼女の誕生日に間に合わん言うてんねん!」

「『来年までお楽しみ』言うて仕込んだら、そうそう別れずに済むやろ」

「あー、ありやな」

「いや、なしやろ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る