第4話 おれのいちばん

 ほぼ初対面の美女にかれこれ十分近く見つめられている。

 隆太はちらりと彼女を見た。目は逸らされない。ぱっちりきらきらの大きな瞳がこちらを見つめている。いたたまれなくなって目を逸らし、和樹に着せたドレスの布の位置を調整するのに戻る。

美女は変わらず、衣装を調整する隆太を見ている。

「終わった?」

「あ、うん」

「じゃ、メイクしちゃう。今日は集中したいから出来れば見ないでほしい」

「了解」

 今回撮影に使うことにしたのは、廃線になった古い路線とその駅舎を利用した撮影スポットだ。この衣装で撮りたい場所としてリストアップしていたうちの一つで、隆太達のようにコスプレの撮影に使う人も多いらしく、駅舎を転用したスペースを借りて着替えることができるようになっていた。

 もともとは駅員が大半の時間を過ごしていたであろう小部屋の、さらに隅へ陣取って、メイク道具を並べたり鏡を立てたりしている和樹の横顔は真剣だ。いつでも綺麗な顔をした男が、ことさら眩く見える。

「ええと……」

 が、見るなと言われては仕方がない。和樹に背を向け、少し視線を彷徨わせ、結局、未だ自分を凝視している彼女に向き合う羽目になった。

つい一時間ばかり前に顔を合わせたばかりの、ミツルギと名乗るカメラマンだ。むろんハンドルネームである。

 和樹や自分より少し年下らしい彼女は、明るく礼儀正しい女性だった。和樹とは結構仲がいいようで、衣装を直している間も途中までは楽しげに話していたのだが、気付けば黙り込んでこちらをじっと見つめて動かなくなっていた。

「あの……ミツルギさん?」

「はい」

 きょと、とこちらを見上げてくる姿に躊躇いながら隆太はおそるおそる口を開く。

「あの、さっきから静かですけど、体調でも悪いっすか? それか、俺何かしたかな、とか……気のせいだったら申し訳ないですけど、ずっと見られてる気がしてて」

「えっと……体調は万全ですけど」

 となるとやはり何か失礼でも働いただろうか。顔を合わせてから今までのことを必死に考えるが、思い当たることは見当たらない。異性のコスプレイヤー等と顔を合わせる時は、男同士で合わせる時よりもずっと気を遣っているつもりだったが、それがかえってまずかっただろうか。

ぐるぐると考え込んでいると、あは、と明るい笑い声が聞こえた。

「すみません、こちらこそ不躾にじろじろ見てて申し訳なかったです!」

 隆太がよほど悩んでいるように見えたのだろうか、ミツルギがぺこりと頭を下げる。

「えっとですね、黙って見てたのはその、聞いてた通りだなーって思ったからなので、どっちかっていうと感心してた? みたいな、感じなんで。なのでたかこさんは何も悪くないです。すみません」

「……聞いてた通り、とは」

 聞き返すと、彼女は頷いた。

「なごさんから聞いてたんです。たかこさんはめちゃめちゃにこだわりが強くてすっごく理想の高い、最高の衣装を作る人だって」

「ちょっとミツルギさん!」

 慌てた様な声が飛んでくる。ミツルギは振り向いて「え〜?」なんてふざけた声を出した。

「いいじゃないですか、純度百パーセントの褒め言葉だったんですもん。お伝えしたほうがいいですよ、そういうの。推しは推せる時に推すものです!」

「や、俺が言うんならともかく、俺の言ったことを他のひとの口から聞くのが恥ずかしいって話でさぁ」

「じゃ、外で話してきます」

「そういうこっちゃないよ! ちょっと⁈」

「たかこさん気になりませんか? 聞きたくないですか?」

「そりゃ気になるけど」

「おい!」

「あっはっは、じゃあおしゃべりしてきまーす! 顔作り終わったら声かけてください!」

「あっもう! あんま恥ずかしいこと言うなよ?!」

「はーい! たかこさん外行きましょ、ベンチあったと思うんで」

「あ、うん」

 さっきまで自分を黙って見ていた人間と同じだとは思えないくらい勢いのいいミツルギに、半ば圧倒されながら隆太は小部屋を出た。まあ、和樹が顔を「作る」間は暇なわけだし、いいのだけれど。

「パワフルだなー……」

 思わず声が出る。心なしか和樹のテンションもいつもより高いようだった。何しろ、二人でつるんでいる時は、男同士の気安さもあって声のトーンが上がることもない。推しや衣装について語る時こそうるさくなることもあるけれど、そういう時だってどこか、今のとは違う気がする。

「いやぁ、だってここんところ散々聞かされてますからね、最高の服を着せてもらうんだって話」

「なごさんから?」

「はい」

 ミツルギはにっと歯を見せる。

「最近よく通話とか、してたんです。いつも通話してる奴が相手してくれない、暇だって言って。作業とか周回とか、まあ喋らないで繋げてるだけのことも多いんですけど」

「ああ……」

 そういえば、衣装を決めてから仕上げるまでの期間は作業に必死で普段より連絡も取らなかった気がする。ゲームのイベントもいくつか見送った記憶があるから、その間に話していたのだろう。

「私、いい写真を撮るには被写体のことをよく知る必要があると思っているんです。あ、もちろん日とそれぞれの信条がありますし、私のこれも人を撮る時だけのこだわりなんですけど」

 ミツルギはにこにこと話を続ける。

「どう撮られたいか、何を表現したいか、そういうものを知りたいんです。特に、今日のなごさんの場合は、撮られたくて撮られに来ている人ですから。その人の理想の映り方があるなら、それをしっかり撮ってさしあげたい。その人の理想を反映した撮り方をしたい。なので、たくさん話を伺ったんです」

 なるほど、と合点する。和樹が自分のことをミツルギに話す理由がわからなかったが、そういう事情でわざわざ聴き出していた、というのなら納得がいく。

「そのうちに、なごさんがたかこさんの衣装、というか衣装作りの姿勢をとても評価しているんだな、大切に思っているんだな、ということに気付きまして。だったら、その姿勢を見て撮り方を考えたいな、と思って見ていたんですけど、本当に聞いていた通りのこだわりっぷりだったので、嬉しくなっちゃったんです」

 えへ、と笑う彼女に首を傾げる。

「嬉しい、ってのがわかんないけど……そういうもんすか」

「えっと、なんて言いますかねー……ちょっと待ってください」

 ミツルギは腕を組んだ。そのまま目を閉じ、ぐいっと隆太がいるのとは逆のほうへ首を傾ける。どうやら動作のひとつひとつが大きいのはもともとの癖らしい。隆太は視線を周囲に向けて彼女の言葉を待った。

 何やら口の中でもにゃもにゃ言っているのを聞きながら、生い茂る木々の間を眺める。

そのうちに、隣にいるミツルギのことが頭から抜けていき、代わりにあの美しい男が浮かんでくる。

今日の衣装なら、この時期らしく紅葉と撮っても綺麗かもしれない。赤や黄や茶色に染まった葉にドレスの黒がよく映えるだろう。落ち葉を小道具として持たせるのもありかもしれない。

 が、今日のメインはこの奥にある、古いトンネルだった。

 そもそもこの廃駅が撮影スポットとして成り立っているのは、列車を小さな山に通すために作られたこの短いトンネルで撮影された写真が出回ったからだ。その短さゆえにトンネルの出口の明るさ、内部の暗さ、手前の自然に覆われつつある人工物、というコントラストの鮮やかな構図が生み出され、実に幻想的な仕上がりになるのである。

 隆太は指で枠を作ってその中を覗き込む。

(和樹をここに置く。……あ、この角度だとあの花がドレスにかかって映えそうだ。どんな顔をしてくれるだろうか。こちらを振り向いてほんの少しだけ微笑んでほしいな。歓迎するようにも、警告するようにも見えるような笑み、ミステリアスさ、みたいなのを出してくれれば最高だけど、どうなるだろうか)

「——なごさんは、カメラマンとしての私に自信をつけてくれた人で、その、恩人みたいなものなんです」

「……え、あ、ああ、何ですって?」

 すっかり一人で写真の構図を考えるモードに入り込んでいた。

「あ、すみません。えっと、嬉しいって話をちゃんと一から説明しようと思ったんですけど」

「あ、あー。そうだ、そういう話してた……うん、聞きたい。ごめん、暇だったからつい、構図とか考えてました」

 素直に謝る男にミツルギがくすくす笑う。

「もちろん、衣装の作り手さんの考える構図もできるだけ生かしたいんで、そっちも後で聞かせてくださいね」

「あ、ありがとうございます。うん。……あ、それで、なごさんがミツルギさんの恩人って?」

「ふふ、はい」

 年下の女の子の前でビビるような動作をしてしまったことに、少しだけ羞恥を覚えながら、隆太は居住まいを正した。

「ええと、実はですね、私、今は学生やりながら時々結婚式の撮影とかやらせてもらってて、春からはそれをお仕事として、専門でやらせていただくんですけど」

「え、すごいですね」

「えへへ、すごくなれるかはまだわかりませんけど……でも、こういうお仕事に手を伸ばしてみようって思えたの、なごさんのおかげなんです、半分くらいは」

「へえ?」

 ミツルギはちらと屋内を窺いながら口を開く。

「もともと写真が好きなので、今通ってるのも映像系の学校なんです。カメラマンになりたいっていうのは、小さい頃からずっと思ってました。でも、いろいろ勉強するうちに、一昨年くらいまではやっぱり普通の……普通のって言ったらアレですけど、一般企業に入ったほうがいいかなって考えてたんです。そういうところに、私の撮った写真を気に入ったある式場カメラマンさんから、臨時カメラマンとして一度働いてみないかって誘っていただいて」

 丁寧に桃色に塗られた指先が組み直される。

「迷ってたんです。夢を取るか、安定を取るか。ちょうどなごさんと知り合って半年くらいだったと思うんですけど、その時も通話してたんですよ。で、こうなんだけど、って話をしてて、どうしようーって言ってたんです。そしたら、なごさんが言ってくれて」

 ミツルギの両手がぎゅっと握り締められる。

「私の写真、好きだって。おかしいですけど、なんで相談したのかは覚えていないんですけど、言ってくださった言葉だけはずっと覚えてます。みずみずしくて、その場の空気を丸ごと残しているような、心地良い写真だって。自分がもし結婚式をあげるとしたら、こんな人に撮って欲しいと思う、って。もちろん私の人生だから、軽々しく背中なんか押せないけど、って言いながらですけど、でも、私の写真をそういうふうに言ってくれたんです」

 色の白い頬が紅潮している。笑っている彼女が、今朝初めに会った時よりも愛らしく見える。

「それで、一回だけ、ってお受けしてみたんです。一回やってみて現実を知って、それでもやりたいって思ったらこっちを選ぼう、って。ま、結果はさっき言った通り、やっぱり私はこういうふうな、シーンを切り取る仕事をしたいって思って、こっちの道に進むのを決めました。だから、なごさんがいなかったらお仕事としてカメラマンやってなかったと思うので。本当に、カメラマンとしての私の恩人なんですよ」

「……そっか」

 それは、実に和樹らしいエピソードだった。ぶっきらぼうなところはあるけれど、優しい奴だ。好意を人に伝えることを、躊躇わない奴だった。人の話を聞くのが得意で、ヤバい女を今まで引っ掛けてきていないのが不思議なくらいの男だ。隆太も何度も彼に悩みを相談しては、さりげない言葉で救われてきた。

 そうだよな、あいついい奴だよな、と頷いてやりたいのに。あいつのそういうところは、自分だってよく知っているはずなのに。

 なぜか、ミツルギの気恥ずかしそうな笑みに相応しい相槌を打つことができなかった。

 喉の奥で何かが詰まっているみたいに、苦しい。

(そんなこと、)

 俺のほうが知ってる、だなんて子供じみた言葉を吐き捨てそうな自分に気付き、隆太は狼狽する。

なぜ、こんなみっともないことを考えているのだろう。初めて会った綺麗な女の子が友達を褒めている、その何が悪い。嫉妬をするなら和樹に向かってのはずで、嫉妬なんかできるほど自分はミツルギと親しくないから、せいぜい和樹をからかうくらいが普通の反応のはずで、なのに、いったいどうして。

「……あいつ、そういう奴だもんな」

 辛うじて絞り出した声はどうやらミツルギにはちゃんと笑って聞こえたらしい。

「そうなんですよね! だから私、今日すごく楽しみだったんですよ。あのなごさんがあんなに褒める人と一緒に撮影だーって。なごさんにもたかこさんにも大切に思ってもらえる写真、絶対に撮りますから、よろしくお願いしますね」

「ん」

 拳を握って笑ったミツルギは、ひとしきり喋ってしまって緊張がほどけたのか、明るい顔をしていた。可愛らしいその表情に、けれどもどこか落ち着かない気分になって、隆太はそわりと座り直す。古ぼけたベンチの固いことが、急に不快に感じ始める。

「あ、そうだ。たかこさんに聞こうと思ってたことがあるんです」

 そんな隆太をよそに、ミツルギが背筋をピンと伸ばした。

「なごさんのどういう魅力を引き出していきたいですか? ええと、コンセプトっていうか。なごさん、とても綺麗な方ですが、撮り方によっては綺麗にも可愛くもなりますし、冷たくも温かくもなれる人でしょう。製作者に聞きたいです」

「あー……うーん、そうだな……」

 ホッとする。そうそう、これが自分の領分だ。綺麗な女の子への嫉妬や焦りなどではなく、美しい造形物を作ることが。

隆太は見知らぬ感情から目を逸らし、改めて、和樹に着せる衣装のコンセプトと撮ってほしい写真のことを考えた。

 今回、彼が着るのは和樹というたった一人のためにデザインしたドレスだ。黒を基調とし、薄い体躯を、より引き締めて見せるために光沢のある柔らかな生地を使った。

 艶かしさすら感じるトルソー部分と反目するように、袖はシースルーの生地にして袖口をふんわりと膨らませる。スカート部分は布を重ね、光の加減や動きによって雰囲気の違った黒さを演出できるようになっている。

 自分が和樹という男の造形に見る、一番の美。

 性別を超越した、精緻な作り物めいた究極の美。

「……えっと、ちょっと照れくさいんだけど」

「はい」

「……人間じゃないみたいに撮ってほしい、っていうか」

 隆太は言葉で何かを説明するのが得意ではない。それくらいなら衣装で、繕い物で表現するほうがずっと伝わると思っていた。が、今まで自分が着せたどの衣装よりも彼の美しさを引き出してやるのだ、というつもりで作った衣装を、美しく撮ってもらうためには、どんなに苦手でも説明しなくてはならない。

「その、……ドレスってそもそも、女性の骨格で着ることを前提にした服なんだ。腰の位置とか、胸の膨らみとか、骨盤の形とか、全部女性の身体の形に合わせて作ってある。でも、あいつならそういう性差を超越した美しさを出せると思った。だからあの服は、ドレスにおいて性差を感じさせる場所……胸とか腰とかの形をより綺麗に見せるところをなくしてる。その分、骨の形とか、バランスの良さを引き立たせるような。ちょっと見ると人形とか、作り物に見える感じで……でも、生きているんだっていう感じ。何だろう、説明が下手で申し訳ないんだけど……生きている人形、みたいな? いや、うーん、それも何だか……上手く言えないな」

 隆太は顔を両手で覆った。自分の内にあるいっとう美しい理想を、言葉にできない不甲斐なさが胸を焼く。

ミツルギに伝わっただろうか。伝わりにくかった気がしてならない。ちらりと指の隙間から見れば、案の定、唇を尖らせて指を当てて考え込んでいた。

「ごめん……」

「あ、いえ」

 それからややあって、中空を眺めていた彼女はぽつりと呟いた。

「……多分、分かった気がします。ううん、わからないけど……たかこさんの中の理想、みたいなのを、掴む方法は多分」

「……そう?」

「はい。うん、私、なごさんが来たらまたちょっと——あ、なごさん!」

 隆太の後ろを見たミツルギの顔が突然、ぱっと華やいだ。釣られて隆太も振り向く。

「お待たせー」

 がたんっとベンチの板が音を立てた。勢いよく飛び上がったミツルギがそのまま和樹のもとへすっ飛んでいく。

「すっごい、すごく綺麗です! ふわふわのひらひらで顔も、えっ、何ですかぁ!」

「褒めてるよな?」

「褒めてます! ギリシャ彫刻みたい、って形容が似合う人類に初めて出会いました! 現実にいるんだ」

「あは、照れるな。たかこも、どう? 服に合わせた顔にしたつもりだけど」

 隆太は、……言葉を失っていた。

 そこに、美という言葉の示すひとつの解がある。

 マットな黒色の長い髪は、三つ編みにした髪でぐるりと後ろでひとつにまとめられ、低めの位置で柔らかな曲線を描いている。貴婦人のような穏やかさだ。

対して顔立ちのほうは、陶器のようにすっきりとした肌色に仕上がっている。鼻の陰影はいつもより硬質な印象を持たせるようにつけられ、唇はツヤのないワインレッドで、黒と白で統一された印象の中でハッとするような魅力を出している。

 けれど何よりも目を引くのは、目もとだった。

 もともと長いまつ毛はしっかりと持ち上げられ、グレーに近い紫のアイシャドウが切れ長の目を彩る。ちょっと首を傾げてぱちぱちと瞬きをする様は、人形が戯れに命を吹き込まれたようにすら見えた。

 それは、隆太が今回和樹に求めた美の極地。人ではないもののようでいて、人らしいもの。人間ではないように美しく、人間のように微笑むもの。

 自分の作った衣装に完璧に応えて見せた友人を前にして、隆太ははくはくと口を動かすばかりだ。

「反応がない」

「ただのしかばねのようだーって、死んでる場合じゃないですよたかこさん! これからこの人を撮るんでしょう!」

「そうだそうだ、これがちゃんとお前の思う『綺麗』になってるかも教えろー」

 面白がるような声を交互にあげて、二人が隆太に近付いてくる。

思わず後ずさった。

「逃げられるんだけど」

「まあ、今のなごさんマジでビビるくらい綺麗ですから」

「そう? なあ、そうなの?」

「あ」

「あ?」

 にじり寄られ、ベンチに再びへたり込みながら、隆太はようやく声を出す。

「あの」

「うん」

「きれい、だ」

 それは目の前の美を表現するのにはあまりに拙い言葉だった。

「すごく、きれいで、……衣装とお前と、どっちも。世界で一番綺麗だ」

 子供じみた言葉しか選べなかったが、しかし、それは彼にとって十分だったらしい。

「綺麗?」

「う、ん」

「そっか」

「うん」

「よかった」

 腰に手を当てて、ぐっとこちらに顔を近づけたままその言葉を受け取った和樹は、そう言って微笑む。

 その瞬間、きらりと光が降ってきたのだ。

 すとん、と隆太の胸に、美しい男の発した光が落ちてきた。

 目を離せなくなるような、手を伸ばしたいような、決して触れずに穢したくないような、それか、いっそのことかき抱いてぐしゃぐしゃにしてしまいたいような。

 あらゆる美しい感情と醜い感情が一緒くたに目を潰したものだから、隆太は思わず顔をしかめてしまった。

(こんな気持ち、)

 今までどんな衣装を着せたって、どんな化粧をした顔を見たって、一度も、抱いたことがなかったのに。

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