エッジウォーカー~生と死の境界線上~

きつねのなにか

逃走

 核のゴミにより生物が殆ど存在しない土地、バッドランド。

 そこを僕たちは疾走している。

 所々にある、核で出来たガラスを踏みつけながら。


「あーもー! 鬱陶しい! 涼介、撃っちゃって良いよ!」

「いいのかなぁ? 後でやっかいなことにならないかな?」

 

僕の相棒、希・サンダースは激しく車を操作しながら答える。


「いいのよ、襲ってきたことはアイカメラに保存してあるし、ブツは私たちが持っているんだから! あ、でも殺しちゃ駄目だよっ」


 了解といって、僕は希ちゃんご自慢のピックアップトラックの屋根に乗っている機関銃と”電脳接続”、つまり”ニューロリンク”する。機関銃にはご丁寧にも僕用のカメラが積んである。


「リンク完了。三台とも防弾仕様だろうから吸気口でも狙うか」

「撃つ瞬間車は直進していた方が良い?」

「必要ない。僕のバイオコンピュータは間違えない」


 そういって一台目に狙いを定める。グワングワンに揺れるカメラ。しかし全てをバイオコンピュータは計算し、流れるように五発弾丸を発射する。

 それは滑り込むように一台目の吸気口に吸われていき、軽い爆発を起こして車が止まった。後二台か。

 相手の二台からアサルトライフルの銃撃が雨のように届くが、希ちゃんのピックアップトラックはびくともしない。そうこうしているうちに二台目も軽く爆破して止まった。三台目は追うのを諦め足を止めたようだ。


「処理完了。後は希ちゃんの出番だよ」

「それはエージェントへの報告やブツの処理も含めてのことでしょう、使い方が荒いわあ。それじゃ、行くわよ、ニトロ全開噴射! 突っ切る!」


 ピックアップトラックのエンジンに亜酸化窒素が注入される。それはニトロやNOSとよばれ、エンジンを冷却しながら酸素を通常の空気より多く供給するシロモノだ。

 グっとシートに僕の身体が押しつけられる。希ちゃんのニトロシステムは特別に調整されており二〇〇パーセントのエンジン出力が出る。

 強烈なパワーを得たピックアップトラックは暗い闇の中を猛スピードで駆け抜けていった。


 行政特別措置都市ウツノミヤの下級住民が住まう住宅地の一角にある、コンテナハウス群に車を止める。


「ぷっはー、ビールがうまい! 生き返ったわ。さすが榊涼介様、お見事な射撃の腕前で」


 オレンジ色の髪にデニムの作業着がトレードマークの希ちゃんはお酒が大好きだ。そのスリムだけどボリュームのある体のどこに入っていくのだろう? 身長には行かないようだけどね。一五三センチメートルとちまっこい。


「ニューロリンクできれば移動予測射撃くらいならね。希・サンダース様もお見事な腕前で。結構弾が後ろの方に刺さっちゃってるけど」

「私の運転が下手とでも? まだ防弾処理が間に合ってないのよね。寝たら修理から始めよっか」

「寝て起きたら一〇〇年経っていたってことはないよね?」

「その場合一緒に一〇〇年寝てあげるわよ。……大切な人なんだし」


 まあ相棒として大切だよなと思いながら自分のコンテナに入って寝る支度を始める。

 そう、僕は戦前に培養器で冬眠して一〇〇年程度経過。そして一年前に、希ちゃんに回収されて起動されたのだ。

 僕が寝ていたのは日光東照宮の奥にあった研究所。森もあるのによく向かったものだ。日光東照宮は見るも無惨な形だったな。

 噂にある凄いお宝はなかったけど、僕がいた。ただし腐った培養液の凄い匂いの中から僕がぶっ倒れて出現したけど。希ちゃんはこれをどうしたものかと思ったそうだ。全裸だったしものすごく臭かったし。起動して敵対されたら、とかもあるし。

 上手く起動して、しかも友好的で本当良かったねえ。



「ええ、そう。ただの運び屋を襲撃したのよ。そっちに送った映像で全部わかるでしょ。ブツ? まだ持ってるわ。”今”後金払ってくれるなら戻すけど。いやね、待てないわ。もうこっちは経費と命かかってるの。――はい、確認。今日の夜バー「ジョンサムレディ」近くの公園で。渡しが終わったらそのまま飲むから。よろしく」


 ふう、と希ちゃんが一息つく。いつだってエージェントとの交渉は命がけだ。


「お疲れ様。弾丸を抜いた所は塞いでおいたよ」

「ありがと。さすがは研究所から出てきた人間」

「あはは、エンジンの方はどうなの? ニトロってハイオクのジメチルフランに合わせてあるんでしょ?」

「先日コンピュータで適時噴射量を計算するようにしたからだいじょーぶ!」


 元気満々にこやかな笑顔で答える希ちゃん。ただ……、


「そのお金どこから出てきたの?」


 僕の問いかけに、にこやかな顔がピシッと凍り付く。


「そ、それは」

「それは?」

「こ、こ、今回のお仕事をアテにして、ツケにさせてもらいました」


 僕は遠い目をしながら、


「散在癖が治れば少しは上の階級に住めるのになあ」


 とぼやくのだった。

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