第13話 伝われ、気持ち

 帰宅して床に重いカバンを下ろすと、ドサッという音がする。

 その音と共に、自分の背中に乗っていたなにかもドサッと落ちる気がする。

 要は気が抜けた、というやつだ。ふぅ、と短いため息。

 とりあえず、ネクタイを緩めてからベッドに腰掛けてスマホを開く。まぁ大体の場合、重要ななにかが表示されることもないんだけど。

 当たり前のように洋からメッセージが入っている。

 なぜかこういうところがマメだ。洋には中学の時にも付き合ってた子がいたんだけど、女の子としてはそういう男の方がうれしいだろう。

『片品さん、がんば!』

 お前に応援してもらうことはない、と返信して下を見る。


 ちよちゃんからのメッセージ。

 今日はハムスターのキャラクターが正座をして頭を下げているスタンプだ。

 ちよちゃんは『ごめんなさい。片品さんに奏くんのLINE教えちゃいました』とちょっと悲しげに潤んだ目をして言っていた。

 反省と後悔、そういったものが入り交じった感情が読み取れる。

 理央のことだから、多分、壁にもたれて反省してるに違いない。小さく体を縮こませて。


 僕は、返事をどうしようかと考えていた。

 片品はどうして直接聞いてこなかったんだろう?

 そうしたらなにも問題がなかったのに。

 思ったより二人は親密なようだ。今は教室の中で二人が盛り上がってるところなんて想像できないのに。

『どうしてそんなことしたの?』

 それはちょっと酷かな、と思いつつ、理由を聞きたくて送信した。

 理央だってあれは不可抗力じゃなくて、僕が理央を好きなことくらい気づいているはずだ。

 少し、悲しかった。

 女の子は時として残酷な生き物だと思った。誰かがそう言っていたようにも。

『片品さんに聞かれたので。二人はもう仲がいいみたいだから』

『せめて僕に確認してくれたらよかったのに』

『勝手なことしてごめんなさい』

 一方的に責めてるみたいだ。

 別に理央を追い詰めたいわけじゃない。

 僕は怖いんだ。理央が本当に僕に僅かな興味もないのかもしれないということが。


『いいんだよ。片品さんから直接聞かれたら教えたと思うから。気にしないで』

 既読が付いたけど、返事はなかなか来なかった。なので、もう会話は終わったのかと思った。

 僕たちの会話なんてこんなものだ。

 ちよちゃんとのお喋りは終わり。

 Twitterを確認しようとした瞬間だった。

『奏くんは片品さんと付き合うの?』

 今度は僕が絶句した。

 いろんな意味でショックだった。

 僕の理央への気持ちが軽んじられていること、僕の気持ちはなかったことにされているようだ。

 あの日、キスをしたのは確かにやり過ぎだったけど、せめて気持ちは伝わっていると思っていたから――。

 どうやったって理央には届かないのか?

『理央の知ってる通りだと思うよ』

 かなり意地悪じゃないかと思った。

 でも僕はTwitterも閉じてスマホを充電器に置いた。見たくないものは見ない。それもアリだと思った。


 夜が涼しくなって、冷房が効かない。

 リモコンを取ってエアコンは消した。

 室内には、窓の外からの虫の声しか聞こえなくなった。

 階下におりて、シャワーとご飯を済ませる。

 母さんが、最近の成績について聞いてくる。

 うちの学校は一応、進学校で、専門学校に行く子もいれば、がんばって国立を目指すこともできる。洋がそのタイプだ。

 つまり、国立に行きたかったら学校外でも予備校に行ったりしなければダメだということ。

 まぁがんばってるよ、と適当なことを言う。母親の望むくらいの学校には入れるんじゃないかと思う。

 兄貴は私立に入って、一人暮らしを始めてから一向に帰ってくる気配がない。このお盆も二泊三日で帰って行った。

 僕も家を出るのかと不安なのかもしれない。僕も不安だ。目の前のことも、ちょっと先のことも。


 自室に戻るとインジケーターが光っていて、なにかを受信したことを示している。

 明日の予習をやってしまうつもりで机のイスに座る。数学で、どこか当たりそうだ。

 事務仕事のつもりでスマホを開く。

 ――理央から返事はなかった。

 彼女にとってはそれほど重要なことではないんだろう。それもそうだ。友だちの恋の行く末を、一足先に見たかっただけなのかもしれない。

 メッセージが来ていたのは片品からだった。

『理央から強引に聞いちゃったの、ごめん!』

『理央は悪くないから怒らないであげてね』

 ······もう遅いって。

 先に言ってくれれば話はこんなにこじれることなかったのに。

 教えてもらったんだ。そうなんだ。

 それでも僕は傷ついたかもしれない。ギギっと古いイスのどこかが軋む。

 嫌なんだ、理央が僕の方を見てくれないのは。心のどこかにあった思いが、膨れ上がる。


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