第8話 ディスク




 ああやっぱり。


 一人で納得して映し出される風景をぼんやりと見た。


 やっぱり同じだ。


 変な確信と共に、頭には別なものを思い浮かべていた。


 大画面に映し出される砂地。画面の隅にたたずむ灰色の建物。いつも見るの風景。夢に出て来る場所とディスクに映されている場所が、酷く似ていた。夢とただ一つ違うのは、砂地に立つのはルナではないと言う事だけ。


 画面の中で、満面な笑みを浮かべる二人の子供。二人の子供の顔はゆりとあゆみにそっくりだった。ゆりたちが子供の頃に撮ったものかもしれない。


 二人の子供が映る映像は、普通だったら、微笑ましい映像だろう。だが、異様な違和感に特別機関の全員が、口を閉じていた。


 ゆりたちは砂漠のような乾いた砂の上にしゃがみ、に指を指しながら笑っている。


 画面内に存在するのは、ゆりとあゆみと、顔が映されていない。指差して笑って、あゆみは見つけた木の棒でを突いていた。


 突いている時、びくっと震えたものを見て、あゆみとゆりは目を丸くする。


「きゃー! 動いたぁ!」


「きゃー!」


 幼い声で叫ぶ声は、あまりにも残酷で。


 一瞬動いたはまた沈黙を守り通した。


 人の姿をしたは、もうすでに息絶えてるように思える。体の外傷が酷く、人としての原形を留めていない。よく見ると、右手と左足が切断され、体には殴られたような痣がいくつも残っていた。


 しかも…。


 俺は、眉をしかめた。


 は、ゆりたちと同じくらいの、子供だった。


「動いた! 動いた! あゆみもう一回やってー?」


「うん! おもしろいね!」


 あゆみは、息途絶える死体に、ニコニコしながら棒を突きはじめた。


 こんな大量出血ではもう息はないだろう。


 もう反応しない死体に「つまんなーい」と、文句を垂れるゆり。


「やっぱ生きてる方がおもしろいよ! 行こ! あゆみ」


 ゆりは立ち上がって歩き出した。


 小さいながらも、性格は今と然程さほど変わっていない。


「えぃ!」


 ゆりの声を耳に入れたあゆみは、死体に向かって小さな足を投げ出し蹴り飛ばす。そしてそのまま小走りでゆりの下へと駆け出した。だが、ゆりとあゆみは一旦足を止めて、こちらに手招きをした。


 なんでカメラ目線…?誰に手招きして…。


「使用人さん! 早く早く―!」


 ゆりは無邪気に微笑みながらこちらに言った。


「はぁい」


 視界にはない人物の声が聞こえる。多分カメラを持ってる使用人の声だろう。


 使用人は走っているらしく、映し出される画面が大きく揺れいた。見てると気持ち悪くなるが、逸らさないで直視する。


 画面は、只管ひたすら地面を映して揺れている。たまに小さな緑が目に入るが、多分砂地に生えている雑草だろう。


 不意に画面が灰色になる。先程まで砂場を走る音で響いていた足音が、急にカツカツと鳴り始めた。


 建物に入った…?


「みーっけた!」


 ゆりの幼い声が響くと、地面を映していた画面は再びゆりとあゆみを映し出す。


 彼女たちは何かを見上げるような、上目遣いをしていた。


 画面はゆっくりと動き出して、ゆりたちが見上げるものを映し出した。


 宙吊りになった裸の女の子の姿。また、ゆりたちと同じくらいの、子供だ。女の子は、天井から伸びる縄に、手首が縛られている。足元が地面に付いておらず、ゆらゆらと揺れていた。痩せけた体は、何日も食べていない事が分かった。


「ひ…あ」


 宙吊りになっている女の子は、ゆりたちを見ると無意味な声を出した。


 顔は恐怖にかられている。ぶら下がる体が、小刻みに震え出した。


「はっ! ひひ!」


 何かを喋っているようだが、耳には声だけが響いて来る。


 パクパクと開かれた口からは、赤い液体が垂れ下がって行った。


 舌を、舌を切られてる…。


「うっるさいなぁ」


 ゆりがうざそうに見ると、あゆみが女性に駆け寄った。


「お姉ねぇちゃん! 遊ぼお!」


 あゆみは女性の足を掴むと、思い切り押した。


「はー! ひひー!」


 ブランコのように揺れる女の子は、手首の激痛からか表情を歪ませる。ギシギシとなる縄の音は、痛みが伝わって来る。


 ゆりも交ざって一気に押すと…。


「何してるの!!!」


 怒ったような声が響き渡った。


「ままぁ!」


 ゆりとあゆみが笑みを浮かべて声の主に駆け寄った。


 周りには、兵隊のような服を着た男たちが数人立っている。


「汚いから触っちゃダメよ」


「ごめんなさぁい」


 無邪気な声は反省の色が見えた。


 母親は二人の頭を優しく撫でると、急にこちらに厳しい目線を向けた。こちらにってか、多分使用人に。


「あなた何してるの?」


 厳しい目線は、軽蔑の色を生み出す。まるで汚いものを見るような目。


「その子たちが…」


 使用人は戸惑ったような声を出した。


「ままぁ! もうこの人いらなぁい!」


「あゆみもー!」


 あゆみとゆりは、すがるような目線を母親に向ける。


「わかったわ。新しい世話係頼まないとね」


 ゆりたちに優しく言うと親は、後ろにいた兵隊たちに「お願い」と、一言告げた。


「お待ち下さい! 私は!」


 焦るように上げた声は必死さが伝わって来た。だが、構わず兵隊たちは使用人を取り押さえる。


 画面は大きくズレて、また灰色の地面を映し出した。


 聞こえるのは音声だけ。だが、状況が嫌って程分かる音声には、吐き気がした。


「お止め下さい! 私は」


 必死に食い下がる使用人の声と


「きゃははは―! ままおもしろーい!」


 笑って見ているであろうゆりとあゆみの声。


「そう?それはよかったわねあゆみ」


 そんな彼女たちに愛しそうに言う母親。


「ゆりさま! あゆみさま!」


 なんなんだよコレ…。


「うっさいなぁ」


「こらゆり、女の子がそんな言葉発しないの」


 なんなんだよ、コレ。


「何するんですか…!」


「きゃはは!!!」


「やめて!!」


 おかしいだろ。


バンッッ! バンッッ!


「あああああ‥おねが、いです。やめ…」


 おかしいだろって


「い、た、ぃ…」


 何で誰も助けねんだよ。


「がはあッッ」


「血吐いたぁ! きたなーい」


「きゃははは!!!」


 なんで笑ってられんだよこいつら。


「さぁほら部屋に戻るわよ」


「えー…もうちょっと」


 なんで…。


「たすけ―…」


「ダーメ。寝る時間でしょ?」


「いたい…誰か…」


「はぁーぃ」


「待ってままぁ! このカメラ持ってっていい?」


「あらいいわよ。でもスイッチはちゃんと切るのよ」


「はぁい」


 ブチッッ。


 ゆりの言葉を最後に、画面は真っ暗になった。


 急に静まり返った辺りは、物音一つしない。まるで迷宮の中にただ一人迷い込んだみたいだ。時が止まったような感覚。


 考える訳でもなく、想いにひたっている訳でもない。ただ唖然とするしかなかった。


 ゆりたちの屋敷で、俺が見たディスクの中身は最初のワンシーンだけ。


 最後まで見た今の感想なんて。


「…………」


 出て来るはずもなくて。


 辺りは沈黙していた。放心状態とはこの事だろう。画面が真っ暗になっても、誰一人動く者はいなかった。


 頭の中を埋め尽くすのは、疑問でもなければ戸惑いでもない。生み出されたのはゆりたちにたいしての怒りと不信感。


 そんなはずない。ゆりとあゆみがこんな酷い事をしていたなんて。あんなに俺に笑いかけていたゆりが、死体に対しても同じ笑顔を浮かべていただなんて。信じられないと言う不信感と、どうしようもなく襲い掛かる怒りの感情。


 なんであんな事‥。


 ぶら下がっていた女の子はまだ子供に見えた。


 なんで、あんな。


「……………」


 俺は膝にあった手を無言で握り締めた。


 あれを俺達にが見せたがってたって事は、ルナたちの殺人事件と何か関係があるのだろうか。


 ゆりたちが、誰かを殺していた事は事実。建物に女の子が監禁されていたとなると、立派な事件だ。


 ディスクに映っていたように、外には砂漠のような砂地が広がっていた。外に手足がない死体が転がっていて、子供が笑って見てるなんて、そんな場所日本の何処に存在するってんだよ。


 そんなの日本にあったら大騒ぎだ。だが、こんな異常な事態を誰も知らずに生きている。そんな事ってありえるか?


 ディスクの事態が、何かに隠されていた事だけは明らかな事実。


 ―工事―


 ふとこないだの急な屋敷取り壊しの件を思い出す。


 あれはこれを、ディスクを隠そうとしてたんだ。こんな犯罪めいた事、世に公表されたら大問題になる。


 工事の取り壊し作業の理由は分かったが、ルナたちとの事件の関連性は分からない。


 ゆりたちの一家はルナの手によって死んだ。


 ディスクを見る限り、ゆりたちの一家しか現れていない。ゆりたち一家が全員死んだ以上、ディスクの事態の責任をとがめられる人物はいないはずだ。映像で出て来た二人の死体にはゆりたちしか関わっていない。


 なのに―…誰が?


 誰がディスクの事態を隠そうとしてる?


『お偉いさんから受けた仕事だ』


 工事現場のおじさんが言った言葉を思い出す。


 お偉いさん、か。ゆりの家は言わば名門家だ。が誰かしら関わっていてもおかしくはない。


 ディスクの存在で、ゆりたちが人殺しを平気でしていた事が分かった。そして工事の件から、がディスクの事態に関わっている事も。


 ディスクを見つけ出せたのは、ルナたちの手があったからだ。あいつらが、ディスクを特別機関に見せる為にやったに違いはない。だが、ディスクの事態と、ルナたちとの接点がわからない。


 あいつらの連続殺人と、ディスクの事態に何の関係があるんだろうか。

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