第5話 思い出の場所



 二人の女の茶髪の方って…。ゆり部屋?


「な…」


 ゆりの部屋だと?


 なんでリアムが俺が屋敷に調査しに来ている事を知っている?


 ルナにも俺達の行動パターンはすべて筒抜け。リアムまでそうだっつーのか?


 まるで、何処かから見ているかのようだ。


「リアムはそれを言いに?」


 俺は戸惑いながら聞いた。


「あぁ、それだけ言って消えやがったよ! 信じられるか!?訳わかんねぇよなまったく」


 大野さん怒ってるけど、それどこらじゃねぇ。


 疑問に思う事が多すぎて、何から聞いたらいいか分からない。俺が黙っていると、大野さんは話器の向こうで疲れたようなため息を漏らした。


「あぁー! そういやぁ、ルナの手伝いをしに来たとか言ってたな』


 思い出したように言う口ぶりは、簡単に俺の脳を停止させる。


 ルナの…?


 つぅか大野さん…。さっきから普通に言い過ぎ。まるで躊躇ためらう様子もなくさらっと重大な事を口にする。こちらが用心して聞いていないと、聞き逃す事もありそうなほどだ。


 ルナは屋敷まで俺を導いた。リアムまで関与して来たとなると‥。


「ありがとうございます。大野さんまずゆりの部屋の方に行ってみます。また連絡します」


「あぁ! 気をつけろよ!!」


 ゆりの部屋には、何がある?


 大野さんとの電話を終え、俺は成川さんに「行きましょう」と言った。


 俺が屋敷に世話になり、今、屋敷内の部屋にルナたちの手掛かりがある。この二つの結び付きは偶然だろうか?ゆりたちの死から、ルナ達が何かを仕掛けて来たのなら、姉妹の死は初めから決まっていたもののように思えた。


 ゆりたちは、あいつらの手の平で生き、俺と関わって、殺された。すべては、何かを…。俺たちに何かを知らせるため。


 俺が何も掴まなかったら、ために殺されたゆりたちの死が、無駄になるような気がした。


 俺は携帯を上着のポケットに仕舞い、歩き出した。先程背を向けた扉を、再び開くために。


 ドアノブに手を伸す。


 ドアノブをひねると、扉はゆっくりと開いた。


 ─ゆうー!─


 そんな声が頭の中で響く。だけど、ゆりの姿が目に映る事は決してなかった。


 無造作に乱れた布団、テーブルに置かれたコーヒーカップ。生活観が有り触れた部屋には、ゆりの姿だけが消えていた。見ていられなくて、静かに目を閉じる。


 ごめんな…。今の俺には謝罪を心で呟く事しか出来なかった。


「おい」


 成川さんの声。


 部屋に入って行った成川さんは、窓を直視していた。


 ザワザワ……。


 …………?なんだか、外がザワザワとしているような。何だ?


 成川さんは音も無く歩き、窓のカーテンを人差し指でチラリとめくった。


 外を見た成川さんは、次に俺の方を向いて「見てみろ」と言う。


 俺も、隙間から目だけを覗かせて、外を見物した。


 覗いた隙間から見えるのは、ヘルメットをかぶった工事の人たちだった。何台かのトラックを連れて、沢山の人が屋敷の前に立っていた。


 これは…。取り壊されるって本当だったのか。


 屋敷の主が死んでから1ヶ月も経っていない。家が解体されるにしても早くないか?


 ゆりたち家は名門家だ。亡くなった噂は、直ぐに広まるとしても、確か、相続人がいない家の手続きには時間がかかるはず。いくらなんでもこんなに早く家を取り壊すなんてありえない。


 外を静かに見ていると、歳老いたじいさんが呟く声が聞こえて来た。ゆりの部屋は一階だから、相手の会話もなんとなく聞こえて来る。目を懲らしながら、会話に耳を澄ませた。


「いやぁいい仕事が入ったなぁ!」


 別に耳を澄ませなくても聞こえて来る大きな声は、俺に視覚を集中させた。


 年配のオヤジはビールを片手にご機嫌のようだ。


 こっちが大変な思いしてんのに、こいつらビール飲みながら仕事してやがる。


 おやじの姿を瞳に抑えて、息を殺している俺。


「普段の仕事の10倍の儲けだ」


 ゲラゲラと言う下品な笑い声が聞こえて来た。


 笑い声がなんとも気持ち悪いものだったが、彼の発言に耳を疑った。


 今回の取り壊し作業に、普通の取り壊しの10倍の金が下りているだと?どうなってんだ…。


「そうっよねぇ!」


 若い男の声が聞こえた。


 視界が狭いため、年配のおやじは見えるものの、若い男の姿が見えない。どうやら二人で話しているようだ。


「お偉いさんから貰った仕事だ。この屋敷をさっさと片付けたいらしいな」


 年配のおっさんが言葉を返した。


「でも爆弾使えなんて、どんだけ早くやんなきゃいけねんだか」


 ば、爆弾?


「まぁしょうがねぇ、お偉いさんからの指令だ。ほら、やるぞ」


 急に仕事モードに入ったおっさんが、飲み終わったビールを足元に投げた。


 いやいやいや。めちゃくちゃじゃねぇか。なんで主が亡くなってすぐに取り壊し作業なんか…。しかも爆弾って。


「こんな所で聞き耳を立てている場合じゃねぇ」


 成川さんが、早口で言った。


 俺は窓を覗くのを止めて、成川さんを見る。


「ぼさっとしてんな! あいつらの手掛かり探すぞ」


 ベッドの布団をめくりあげた成川さんは、荒々しい声で言った。


「爆弾の設置を!!」


 先程の工事の二人とは違う声が耳に届いた。


 おいおい嘘だろ。


 早くしねぇと。


「はい。早くしないと。何か、何かあるはず」


 俺は、部屋を見渡しながら言った。


 早く。早くしないと。


 急に押し寄せた焦りは、窓から俺の体を離させた。


 目に映る引き出しを片っ端から開けて行く。


 何を捜してるかも分からずに、焦りだけが体を動かして行った。


 ベットの下、テーブル、机と視界に入るものすべて見て行く。


 くそ、何もねぇ。本棚も、クローゼットも何もない。ゆりの部屋に、一体何があるって言うんだよ。


 ピカっ。


 急に視界が真っ暗になった。一瞬何が起こったのか分からなかったが、頭は幸運にもフル回転してくれたようで状況は直ぐに理解出来た。電気が消えたんだ。


「こんな時に」


 成川さんの声だ。


 本当だよこんな時に。停電かよ。


 急に暗闇に落とされたために目の前に広がるのは黒一色だった。だけど、希望なのか絶望なのか、暗闇の中で一つだけ小さな光を放っていた。


 四角い明かりは俺の顔を不気味に照らす。歩み寄るごとに白く輝く物の正体がゆっくりと視界に入って来る。


 パソコン…?


 光を放っていたのは、ゆりの机に置いてあったパソコンだった。


 あれ…?さっきまで閉じてたよな?


 記憶に残るのは、先程までゆりの机に何気なく置かれていたノートパソコン。パソコンは閉じた状態で机の上に置かれていた事を確かに覚えている。俺が見た時は電源なんて勿論入っているはずもなかった。


「な、んだ」


 暗闇の中にただ一つ存在する光に向かって、戸惑いを隠しきれず言葉が勝手に漏れて行った。


 それに…。停電したのに、何でパソコンだけ付いてるんだ?停電じゃねぇのか‥?


 明らかにおかしい状況で、不吉な予感が頭を駆け巡る。


 電気…。


 その時、風に揺らぐ金髪の髪が思い浮かんだ。電気を操る金色の髪の持ち主は、俺の頭の中でも、眉をしかめて不機嫌そうな顔をしていた。


 成川さんの担当、オリバー。もしかして、あいつが?


 俺はパソコンの画面を見つめた。


 パソコンの画面には、ディスクか正しく設置されていません、と映されている。


 ディスク?


「設置完了しました! 後は爆破して終わりですね! 楽な仕事ですなー」


 外から呑気のんきな声が聞こえて来た。それは、もう時間が無い事を示していた。


「ゆう! 多分、だ」


 ディスク…。ディスク…。


 あたふたと周りをキョロキョロ見ると、ノートパソコンの脇に薄い何かが挿さっていた。


 これか。


 俺はパソコンに挿さっているディスクを一度手に取り、ディスク入れにめる。


 スイチを押すとゆっくりと中に入って行った。画面は白い光と共に映される。


 ………。


 画面に映し出されるものに目を見開いた。


 焦りを忘れる程の衝撃は、吐き気を誘った。



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