第35話 紫の問



 この場に相応しくない、柔らかく透き通るような声が聞こえた。


 子供のような声。中毒的な声…。


「やっと終わったんだね」


 声がする方へ静かに目線を向ける。


 野村さんたちも驚いたように彼女を視界に入れる。だが彼女は、そんな辺りには目もくれず、真っ直ぐに俺を見て微笑んでいた。


「そんな怖い顔しないで」


 微笑んで俺に言う。


 真っすぐな紫の髪は光に反射して光沢を放ってる。


 ルナ。


 ガタン!!!


 俺はルナに掴み掛かった。


 胸倉を力いっぱい掴んでも、彼女の微笑が消える事はない。


「お前が用意してた結末ってのはコレか!」


 喚き散らすような俺の悪態も、彼女は静かに聞いていた。


「俺をここに呼んだのはゆりたちがこうなるが欲しかったからだろ?」


 泣いたせいか声が掠れる。


 今浮かぶのは、私のネットの友達と、誇らしげに自慢していたゆりの顔だった。


「ふざけんな! ゆりは…お前を友達だってっ!」


「友達?」


 ルナは可愛らしく首を傾げた。


 今ではもう、可愛らしい見かけは怒りを煽るものにしかすぎない。


「お前がゆりに包丁を渡したんだろ!!!」


 もう自分でも何を言ってるのか分からない。


 ただこの怒りをぶつけたかった。


「うん。でもあゆみちゃんは感謝してくれたでしょ?」


 ありがとう──…。


 あゆみの最後の言葉が静かに山彦やまびこする。


 でも、でも…!


「死んだんだぞ! どんな事があったってこんなの…」


 死んだら何も無くなる。


 生きていたらこの先ゆりもあゆみも、笑う面や楽しい事が沢山あったはずだ。


 なのに…。


 他人が勝手にもぎ取っちゃダメなんだよ。酷い事をしてもいい。その先に未来があるのなら。未来すらも与えてくれないのは、一番に残酷な仕打ち。


 滲む涙は悲痛な悲鳴をあげていた。


「ゆう、落ち着け!」


 天音さんが俺の肩を掴んで叫んだ。


 目ではルナを睨んでいる。


「ゆう、大丈夫だ」


 次に発言したのは成川さんだ。


 ルナはゆっくりと視線を変えて行く。


「ゆりちゃんたち死んじゃったね」


 視線を注がれたのは天音さんでも成川さんでも俺でもなかった。


 彼女の目に映すのは、血まみれのゆりの死体。


「殺したのはお前だろ!」


 野村さんが低い声で呟く。


「そうなるのかな?勝手に殺し合ったんだよ?ゆうくんがを与えてくれたからね」


 ルナは、ニッコリと笑って肩を上げて見せた。


「てめぇ、今のゆうによくそんな事」


 野村さんの隣にいた大野さんが、殺意を持って一本踏み出す。だが野村さんが腕を伸ばして言葉無くそれを止めた。


「人一人死んだくらいで」


 ルナは微笑む表情は崩さずに、小さく言葉を吐き捨てる。


「ぶざけんなよお前」


 俺が怒りに震えながら言うと、ルナは首を傾げた。


「ゆりちゃんたちは死んでもいい人たちでしょ?」


 死んでもいい人?


 ゆりとあゆみが?


 あんなに笑って生きていたのに?あゆみも辛い過去を背負いながら一生懸命生きていた。


「死んでいい奴なんかいねぇよ」


 ましてや殺していいやつなんか一人もいない。


 他人が他人の人生を終わらせちゃいけないんだよ。それだけはダメなんだよ。


「じゃあなんで死刑制度があるの?」


 は…?


「沢山人を殺したら死刑になるでしょ?」


 なに…?死刑?


「それは沢山人の命を奪ったから」


 成川さんが横から言葉を投げ掛ける。


 急な問いに頭が混乱して答えられない。成川さんは、そんな俺の状態を読み取ったのだろう。



 今はあゆみとゆりの話しをしてるんだよ。死刑?なんでそうなる?



 ルナは、は構わず話し続けた。



「罪を犯した人だったら殺してもいいの?」



 俺はルナの顔を眉を顰めながら食い入るように見つめた。



 何を言ってる…。何が言いたい。



「ほら、沢山人を殺した人はでしょ?」



 …………。



 辺りが少し沈黙する。



 皆ルナが何を言いたいか聞きたいんだろう。



 ルナの言う事があゆみたちと繋がりがあるなら…。



ーゆりちゃんたちは死んでもいい人だよ?ー



─人を沢山殺した人は死んでもいい人でしょ?─



 ゆりたちが誰かを沢山殺したってのか?そんな事絶対にありえない。



「じゃあもし、悪人を殺さなきゃ沢山の人が死んじゃうなら」



 ─悪人を殺すでしょ?─



 ルナは肩を少し上げて俺に微笑み返した。



 だからなんなんだよ。それで人殺しは正当化すると?



 ゆりとあゆみの遺体を前に、こいつらに包丁を預けたお前はそれすらも無だと言うのか。



「ふざけんな」



 どんな理由があろうと、人殺しは悪だ。



 他人の人生を他人が壊すなんて絶対あっちゃ行けないんだよ。



「戦争で人を殺しても英雄と呼ばれる。国の皆を守るためだからね」



 それとこれで何の関係があるって言うんだよ。



 ダメだ。



 毎回こいつと会話してると意味が…。



「ここは戦争じゃない! 今はこいつらの話しを」



 痺れを切らしたかのように天音さんがルナに怒鳴り付ける。



「そうだよ?ゆりちゃんたちの話だよ?」



 ルナは笑顔を絶やさずに平然と返した。



 ゆりたちは、お前が殺したんだぞ。



 なのに何でそんな笑っていられるんだ。



 お前は沢山人を殺して来た。



 変な論理に身を固めて、罪悪感の欠片かけらも無しに今までやって来たのか?



 戦争で人を殺した人だって、罪の意識をずっと感じて生きて来た人だっていたはずだろう。




「死刑を実行しても誰も何も言わない」




 それは、人を殺したからで。




 ─罪を働いた人は殺してもいいの?─




 ………。




「その人を殺して誰かを守れるなら、あるいはその人が自分の大切な人を殺して」




 ─復讐すらも人のためとなったら─




 辺りが沈黙する。




 それは迷宮に迷い込んで、答えを探し出すため。




 人を殺してはいけない。




 当たり前な常識には、沢山の矛盾がある事を




 俺達は気付かないふりをして生きて来た。




 常識に矛盾をつかれた時




 人はなんて答える?




 当たり前な常識に矛盾を見つけた時




 正解は何処にある…?




 もしもこの場が、誰かを殺さないと自分が助からない道になったとしたら。




 もしこの場が、誰かを殺さないと、大切な人が命を落とす事になったら。




 もしこの場に、死刑囚がいたとしたら。




 誰かを守るために誰かが命を落とす。




 二つに一つの選択で、どちらかが殺し殺されるそんな時だったら…。




「ねぇ、ころしちゃうでしょ?」




 殺さないと選択していたとしたら、それは別の誰かが死ぬ訳で…。




 大切なものを守るためだったら。




 大切な人の仇を取るためだったら…。




 死刑執行だって。




 人殺しだって…。










「だったらなんで?」













「なんで人を殺しちゃいけないの?」














小さな疑問が


頭の中でこだました──…。

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