第二話 出会いは偶然か運命か

Scene2-1

―雅孝―

警察署での事情聴取を終えて病院に着くと、玄関先でだるそうにタバコをふかす人影が目に入った。

「相変わらずのヘビースモーカーっぷりですね。」

「お前に言われたくないな。」

世良先生は俺を一瞥すると、携帯灰皿に吸殻を捨ててジャケットのポケットにしまった。

「用事は済んだの。」

「取りあえずは。」

「ふうん。」

世良先生は両手をポケットに突っ込んだまま、院内の方へ顎をしゃくった。

「慶一なら救外のベッドで寝てるぜ。スーツぐしゃぐしゃになってたから、まとめてあんたの部下…五十嵐くんだっけ?あの子に持たせといた。クリーニング出しとけよ。」

「分かりました。」

返事をしてから、ふと考える。

「クリーニング後は、どちらへお持ちすれば?」

「あー…慶一、今どこに住んでんだか知らないんだよな。」

「では、ここへ?」

「それはめんどくさいなー。」

だったらどうしろと言うのか―。

飄々としていて掴みどころのないこの医者が、俺は出会った時から非常に苦手だった。

「…あ。じゃあさ。」

「はい?」

「学校まで届けてやれば。慶一の職場、A区の外れにある金持ちの私立高校だから。」

「高校の先生なんですか。」

「そー。頭固いあいつにはぴったりの職業だよなー。」

「…はあ。」

どう反応していいものか迷っていると、五十嵐から着信があった。

ちょっとすみません、と断ってから電話に出る。

「…ああ、もう着いた。今顔出しに行くから…」

通話を切り、世良先生の方を見る。

「目を覚まされたようなので、俺も様子を見に行かせていただきたいのですが。」

「行ってこれば。そこら辺の看護師に聞けば場所分かるだろ。」

「では。…ご迷惑おかけしました。」

頭を下げてから、病院のエントランスへ足を踏み入れる。

「…なあ。」

呼び止められ、振り向いた。

「聞かなくていいのか。」

目が合う。切れ長の二重瞼が、細められる。

「…何を、ですか。」

慎重に言葉を選ぶ。

「さっき、店で。」

「はい。」

「何か言いかけたよな。」

本当に意地の悪い人だ。分かっていて、わさわざ聞いてくるのだから。

「…朔也は、元気ですか。」

久しぶりに、その名前を口にした。吐く息が震える。

世良先生は軽く片眉を上げると、無造作にセットした前髪をかき上げた。

「元気にしてるよ。新しい恋人とも、仲良くやってるみたいだし?」

「そうですか。良かったです。」

淡々と返すと、怪訝な表情をされた。

「驚かないのか。」

「何にですか。」

「お前のこと振っといて、もう新しい相手がいるのに。」

「…知ってますよ。学生みたいな、幼い雰囲気の若いのでしょう。」

―好きなのかと、問いかけた時。頷いた朔也の、苦しげな表情を思い出す。

言うつもりなんかないと、言ったくせに。

「…そろそろ、失礼します。」

話を切り上げ、踵を返す。世良先生は、それ以上何も言ってこなかった。

誰もいない外来フロアに、硬い革靴の音が響き渡る。

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