🐻

1

 「パパはむかし、大泥棒だったって、ほんとう?」


 「…だれにきいた」


 のっそり、パパが、登山地図から顔を上げた。のっそり、クマみたいだ。


 「それで、パパにお願いがあるんだ」

 「…パパのはなしを聞いてほしい」

 「盗みだしてほしいものがあるんだ」

 「好きな子のハート…、」


 「…なんて?」


 パパはたまに、ぼくのわからないことをゆう。


 「あのさ、まじめなはなしなんだ」

 「パパはまじめだ」


 たしかに、パパはいつだってまじめだ。


 笑わない。

 怒りもしない。すごく大きくていかつくてヒグマみたいなのに。


 「優しいの、くじらみたい」とかママはうれしそうにゆう。「そんなところが、ママは好きなの」て。けど、息子としてはたまには本気のパパが見てみたい。まぁ、それはいまはいいや。とにかく、


 「盗みだしてほしいんだ、ベティちゃんを」

 「ベティちゃん…」

 パパのうろんげな目が宙を泳いで、

 「それは、」

 一周してぼくに戻る。

 「誘拐、なんじゃないか?」

 「ほうしゅうは払うよ」

 「どこでそんなセリフを覚えた」

 「カラダで払います」

 「どこでそんなセリフを覚えた」

 「草とり、一ヶ月」

 「どうしてベティちゃんを誘拐する?」

 「それはいえないんだ」


 とっても、たぶん、いけないことなんだ。小学五年生のぼくでもそんなことは、わかる。だけど、


 「パパを犯罪に巻き込みたくないんだ」

 「…どの口がゆうんだ」

 「この口だよ」


 だから、

 いえるのは、それだけなんだ。


 パパはしばらく黙っていたけど、

 「パパ、」

 やがてパパの脇からクマのパペットが現れた。


 しまった、


 パパは怒らない。


 けどこの、ツキノワグマのパペットがでたら要注意だ。

 おととし山小屋「駒の小屋」でぼくに買ってくれたんだけど、いまやすっかりパパの相棒だ。

 パパが怒らない代わりにクマが怒る。


 「大泥棒は、そんな危ない仕事は引き受けないんだ。悪いな、坊主」


 真っ赤な口をパクパクさせて、ツキノワグマはそう宣言した。

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