牢に響く慟哭

 伝馬だ。もう片方の手にはもちろん電マ。旅人がよく着るフードのついたローブを頭からすっぽり被っていた。

 伝馬はランタンを床に置くと壁に背を預け、電マを持ったまま腕を組み、厳しく冷たい顔で格子越しの闇堕ちを見て言った。


 「君の死刑が決まったよ」


 淡々とした響きだった。電マを持っているのが却って恐ろしげですらある。

 死刑宣告を受けても闇堕ちは、ほとんど無表情に近い微かに沈んだ顔で伝馬を見ていた。まるで夜を封じ込めたような黒い目を、ジッと伝馬に向けていた。


 「刑は一週間以内に執行される。『ドラゴン刑』だ。日中、衆人環視の中、君の身体はドラゴンによってズタズタに引き裂かれ、バラバラに食い散らかされる。血と肉も臓物も骨の髄までも、君の肉体の全てが跡形もなくしゃぶり尽くされる。それが『闇堕ち』に対する唯一の刑罰にして汚れた魂を浄化する唯一の方法だってことは君もよく知ってるだろ? 残酷な刑だ。でも残酷過ぎじゃあない。君がやったことに比べれば、このぐらいのことなんともないよ。『ドラゴン刑』で死ぬのはたかだか君一人なんだから。君が今まで傷つけた人間の数に比べれば、ずっと少ないんだからね」


 普段の伝馬からは想像もつかないほど冷たく厳しく、恐怖と絶望感を煽るような口調だった。


 「そう……」


 闇堕ちは瞑目したあと、急に身体をがたがたと震わせ始めた。両腕で自らの肩を抱いて、汚れた捨て犬のような目で伝馬を見た。


 「アンタにお願いがあるの……」


 救いを求めるような声音。


 「怖いか? だったら今まで自分がやってきたことを考えてみろ! 君の身勝手な欲望の犠牲になった人たちのことを思ってみろ! 君が傷つけた人たちのことを考えてみろ! 今君が感じている恐怖は君が今まで手にかけてきた人たちが感じたものなんだぞ!」


 伝馬は叫んだ。怒りに燃える目が、闇堕ちを鋭く睨む。一つ大きく深呼吸すると、すぐに落ち着きはらって、


 「死刑にたっぷり恐怖しろ。そして怯え、慄きながらドラゴンに喰われる様を世界中に晒すんだ。闇堕ちの末路は悲惨だということを世に知らしめるんだ。それが君にできるたった一つの償いだ」


 ため息交じりに言った。

 闇堕ちは未だ震えながら、怯えたような目で伝馬を見ると、


 「ふっ、ふふっ……」


 小さく笑った。


 「それはできないね……。だって、アタシ死刑は怖くないもの……」


 「バレバレの嘘だ」


 「いいえ、アタシは死刑なんてちっとも怖くない。本当に怖いのはね……アタシ。アタシはアタシ自身が怖いの……!」


 恐怖に震える瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ出す。


 「アンタ、アタシのお願いを命乞いだと思ったでしょ? 違うよ。アタシのお願いはね、アタシ自身の死……! アタシはアタシを殺して欲しいの! 一刻も早くアタシを死刑にして……!」


 「えっ……!?」


 思いがけない言葉だった。伝馬は動揺してしまった。


 「ど、どういうこと……? 死刑って、死んじゃうんだけど、それでいいの……?」


 「だからそう言ってるじゃん! 早くアタシを殺せって! 死刑なんて待ってられないのよ! この際アンタでいいから、早くアタシを殺しなさい! さっさと殺しなさい! すぐに殺しなさい! 可及的速やかにやって! 方法は問わないしなんでもいい! だからさっさとヤってちょうだい! 早く殺せよッーーー!」


 泣き喚きながら自らの死を懇願する闇堕ち。異常な光景だ。


 「え゛っ! 僕が!? い、イヤだよ! 殺したくないよ!」


 さっきまで意図的に冷徹に振る舞っていた伝馬はもういない。死刑を望む闇堕ちにすっかり動揺してしまって、地の伝馬に戻ってしまった。


 「アンタさっき死刑宣告しただろ! じゃあ責任持ってちゃんと殺してよ!」


 「いやいやいや! 僕は決定を伝えただけで、別に殺したいわけじゃ――」


 「あ! 逃げるんだ!? あれだけ人様に迷惑かけて、アンタの大好きなイジュを他の闇堕ちに攫われる原因を作ったアタシを殺せないんだ!? ハッ! ダッサ! 全くいくじのないおこちゃまだね! そんなダサ坊だからイジュを攫われちゃうんだよ! 復讐も逆襲も見せしめもできないなんて、とんだ甘ちゃんだね! なっさけないオトコ! ハハッ! アッハハハ! あ? 怒った? ねぇ? 怒ったよねぇ? だったらアタシを殺して見せなさいよ! 一丁前の男だって言うなら、男気見せろって!」


 嘲笑と罵倒。見え透いた挑発なので、伝馬も乗るわけにはいかない。むしろかなり様子のおかしい闇堕ちを、伝馬はいよいよ不審に思った。


 「……そんな挑発には乗りませんよ。というか、なんでそんなに死にたいんですか? 死んでいいことでもあるんですか?」


 「アンタねぇ、それを死刑宣告された人間に言う?」


 「うっ……」


 たしかに、これは伝馬がおかしい。純真な少年の、純真ゆえに悪いところが出た。


 「ふふっ、アンタって可愛いのね。でも甘いんだよねぇ。よく考えなくても、アタシが死んでいいことなんて山ほどあるでしょ。それだけアタシは罪深いことしたじゃない。社会に対しても、アンタに対してもね。その上でアタシが死んで一番喜ぶのもアタシ。アタシが一番アタシの死を望んでるわけ。だから殺してちょうだい」


 「……なんであなたが死んであなたが喜ぶんですか?」


 「それを話せば殺してくれるの?」


 「わかりません。でも聞きたいです」


 「そう……」


 闇堕ちは大きく深呼吸して、それから話しだした。


 「簡単な話、アタシはアタシが怖いのよ。前まで闇の魔力使って他人をいたぶるのが楽しいと思ってたけど、今じゃ全然そんな気が起きないの。アンタに敗けたあの日から、今までのアタシ自身が急に怖くなったの。自分のやってきたことを思い返すと、身体が震えるほど怖ろしいの……」


 闇堕ちの身体が再び震え始めた。その震えに立っていられなくなり、両膝を床についてうずくまった。


 「他人を虐げ、傷つけてきた昨日までの自分が怖いの。今もはっきり思い出せるわ。傷つき、助けを乞う人たちの顔が。アタシはそれを笑って……そのときのアタシ、心底楽しんでた……。それが怖いの! そんな酷いことを楽しめていたアタシが怖いの! でも今じゃ何が楽しかったのか全然わからない! まるで悪い妄想に取り憑かれてたみたい……怖い……怖いわ! またあのときのアタシに、狂気に取り憑かれたあの頃のアタシに戻ってしまうじゃないかって思うと、怖くて怖くて……! これでわかった? わかったら早く殺して! 正気いるうちにやって! 自分のやったことを後悔できるうちに殺して! お願いよ………………」


 声も震えていた。闇堕ちは恐怖で恐慌状態に陥っていた。そこにかつての闇堕ちの面影はなかった。


 (反省してるんだな……)


 と、伝馬は思った。しかしそんな単純なものでもない。

 実は伝馬が闇堕ちに電マを当てたとき、闇堕ちの中にあった闇の魔力は雲散霧消してしまっていたのだ。


 つまり、闇堕ちは既に『闇堕ち』ではなくなっていたのだ。

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