心臓電マッサージ! からの再会

 この鈍さ、ひいては純真さに、シオンは虚を突かれた思いだった。一瞬その顔から表情が失われ、自らの女性としての魅力を疑った。

 が、こんなことでへこたれるシオンではない。気を取り直して、


 「そうじゃなくって……!」


 思い切って伝馬に抱きつく。そして素早く伝馬の左手を取ると、自分の胸へと押し当てた。


 「ちょっ……!?」


 さすがの伝馬もこれには驚いた。


 (ひょっとしてシオンは……!)


 伝馬もついにシオンの気持ちを察した、

 かに見えたが、


 「胸が、どうかしたんですか!? 痛むんですか!? 苦しいんですか!?」


 深刻な顔でシオンを心配しだした。

 盛大な勘違い。驚いたの意味が違った。伝馬はシオンが突然、胸の苦しみを訴えでたのだと思っている。


 「え? え? いや、その……」


 心配されてシオン、急激に羞恥心が高まってきた。大胆な行いがスカされれば羞恥は反動的に高まる。シオンの顔は赤く染まり、胸の鼓動も早くなる。

 これがさらなる勘違いを生んだ。


 (顔が赤い! 胸の鼓動も荒く激しい! ひょっとして、発作!?)


 さらに勘違いを深める伝馬。深刻な心臓病だと勝手に判断した。そして、


 「僕に任せて!」


 伝馬、突然勢いよく上体を起こすと、腰の『伝説の魔剣』……もとい電マを取り出した。


 (電マこれには回復効果もある……電マこれが『伝説の魔剣』なら、人間一人救って見せろ!)


 気分はもう救急救命士。ノリノリで電マのスイッチを入れる。

 カチッとな。



 ヴヴヴヴヴイイイィィ~~~~~~ンンンンンン……………!!!!



 真剣な顔の少年。右手に電マ、左手は少女の胸。色々と危険なかほり。


 「え、あの、ちょっと――」


 ヤられる、とは思わない。電マが電マだとは知らないから。それでもシオンもなんだかイヤな予感が漂ってきたのを明敏に察知していた。


 「大丈夫。僕にまかせて。暴れないで、力を抜いて、ほ~ら……」


 優しいはずの言葉なのに、それが電マ男から発せられるとあら不思議、変態鬼畜暴行魔の台詞に聞こえる。


 「あ、あの、て、テンマ……?」


 「大丈夫、じっとしてればそれで済むから。じゃ、イクよ?」


 言って、伝馬はシオンの胸から手を離すと、代わりにそこの先っちょに、電マをそっと当てた。



 ヴヴヴヴヴイイイィィ~~~~~~ンンンンンン……………!!!!



 「あびゃびゃびゃびゃびゃあああ~~~~ううぅぅぅうんんん…………!!!!」


 とんでもない声を出し、仰け反り身を捩り悶えるシオン。

 振動は魔力を乱し、体内に混沌魔力を生み出す。魔力の乱れと混沌魔力は副作用としてシオンに未だかつて経験のない快感と快楽を与えてしまった。


 「あふぅぅ………………」


 くったりとなるシオン。電マは彼女に快感と快楽だけでなく、安らぎを与え、さらには全身の不調さえ奪った。

 そう、電マはそもそも健康器具なのだ。しかも、この世界においては魔法のように素晴らしい効能がある。


 恍惚の顔でくったりとしてるシオンの胸に、そっと手を当てる伝馬。決してセクハラではない。その証拠にちっともやらしい手付きではない。これはあくまでも医療行為の一環である。

 シオンの胸の鼓動は既に落ち着きを見せ始め、規則正しいリズムを刻んでいる。


 (うん、大丈夫。落ち着いたみたいだ。さすが『伝説の魔剣』だ……!)


 伝馬はスイッチを切った。それから相棒を頼もしげに見つめ、頷いた。その顔は一仕事終えた男の顔だった。


 「ふぅ、とにかく良かった……」


 仕事を終えた男が、ふと顔をあげると、そこに新たな影一つ。


 「なにが、良かったの……?」


 「あっ……」


 そこには懐かしい顔、ネリネがいた。約一ヶ月ぶりの再会だ。

 ネリネは伝馬の正面で腰に手を当て仁王立ち。うっすらと微笑んでいるのだが、なぜかその額には太い血管が十字に浮いている。一ヶ月ぶりの再会なのに、流れる空気も何やら急に冷たく重い。


 「ひと月前、急にいなくなったと思ったら、こんなところで女の子とサカっているとはね?」


 「えっ? サカってって……?」


 「しらばっくれないで! そんな状況で言い逃れできると本当に思ってるの!?」


 「そんな状況って……あっ」


 状況はこうだ。恍惚に地面に横たわる少女。その胸に手を押し当てる少年。その片手には電マ。さかっている、もしくは襲っていると見られても仕方ないのない状況。ネリネが電マを電マと知っていれば、もっと危険な状況に見えたことだろう。


 伝馬は状況を理解した。


 「あなたがいなくなったこの私がどんな思いで過ごしてきたかわかってる!? あちこち聞き回って探し回って、夜も眠れないほど心配して……なのに、なのにあなたときたら、私をほっといて女の子とイチャイチャして……!!!」


 ネリネが叫ぶように言う。後半は抑えきれない妬心が露出してる。


 「ちょ、ちょっと待ってくれ! 誤解だ! 全部ネリネの勘違いだ! これには深いわけがあるんだ! 実はかくかくしかじか――」


 一ヶ月前のハクトウでの出来事、領主との謁見等々、現在に至るまでのことから、ついさっきシオンに起こったことをできる限り丁寧に事細かに話して聞かせた。


 「ふぅ~ん……なるほど、納得できなくもないわね。これについてはあとでこの女にも事情聴取してからにしましょう」


 ネリネは足元で惚けて眠るシオンを、露骨に蔑んだような目で見下ろして言った。どうやらまだ心から全てを納得したわけじゃないらしい。伝馬はこの後でもう一波乱あるのを覚悟した。


 「あなたにも事情があったってのはわかったけど、それにしたって手紙の一つくらいはくれてもいいんじゃない? ヨウムにでも送ってくれてれば、こんなに心配することもなかったのに」


 「あれ? ヨウムに手紙送ったんだけど、届いてなかった?」


 「来てなかったわよ」


 伝馬が首をかしげる。


 「おかしいなぁ、僕は字が書けないから、ちゃんとシオンに代筆と合わせてお願いしたんだけど……」


 「……やっぱりこの女とは、あとでたっぷり話し合う必要があるわね」


 ネリネは未だ眠るシオンを睨むと、ニヤリと鋭く笑った。


 (こ、怖い……)


 それは伝馬が見た中で一番怖い笑顔だった。伝馬の背筋に冷たいのが走った。これ以上ネリネの怖い顔を見ていられなかったので、伝馬は話題を変えることにした。


 「それより、ネリネはどうしてここに?」


 「あなたを探しに来たのよ。ブルット・フルエールを名乗る謎の武器を使う謎の勇者が、トルムニアの命でドラゴン退治に向かったって聞いたから、テンマじゃないかと思ってね。わざわざこんな辺鄙へんぴなところまで来たってわけ。ま、仕事のついででもあるんだけど、ばっちり当たったわね」


 「仕事?」


 「ドラゴン退治。私も参加することになったわ。朝焼けの騎士団に要請があったのよ。どうやらこのドラゴン騒ぎには、イジュを攫った『闇堕ち』も関わっているみたいだし」


 「……!」


 伝馬の脳裏にあの『闇堕ち』が浮かぶ。ドラゴンを操る凶暴凶悪最悪で利己的自己中、幼い子を人質に取ることさえ辞さない卑怯で爆乳でサスペンダーな露出狂のヤベー女の姿が。


 「そうか露出狂アイツの仕業だったのか……!」


 闘志に燃える伝馬。鋭い目に研ぎ澄まされた光が宿る。伝馬は変わった。この一ヶ月、ドラゴン退治に明け暮れた生活が、彼を強く成長させた。戦う男の顔になった。

 そんな伝馬の横顔を見て、ネリネはちょっぴり頬を赤くさせた。


 「つもる話もあるから、二人でゆっくり話さない……?」


 見つめ合うと素直に話せないのか、ネリネはそっぽを向きながら言った。


 「うん、そうだね。僕もそうしたかったところ」


 「ほ、ほんとに?」


 「うん、ほんとに」


 曇り空割って陽がさすように、ぱぁーっと顔が明るくなるネリネ。ネリネは強い女だが、やっぱり女の子なのだ。


 「じゃ、行こ」


 踵を返し歩きだすネリネ。どうやら赤くなった顔は見せたくないらしい。


 「うん」


 頷いて、伝馬はシオンをその背におぶった。


 「その女はそこに置いといていいんじゃないの?」


 「病気かもしれないのに、そんなことできないよ」


 ネリネとシオンをおぶった伝馬は並んで歩く。


 「ふん、そうね……テンマはいつだって女の子に優しいからね」


 ネリネはにを尖った口でやけに強調して言った。


 「そうかなぁ」


 褒められたと思って素直に照れる伝馬。電マを電マと知らないほど純真で素直な少年に皮肉は通用しないのだ。

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