伝説を騙る

 咄嗟とっさに電マを使う伝馬。


 ヴヴヴヴヴイイイィィ~~~~~~ンンンンンン……………!!!!



 電マが唸り、震えるのとほぼ同時、氷弾が電マの先端に着弾。瞬間、氷弾は空中で静止。直後、一瞬にして雲散霧消した。電マが魔術を破り、元の魔力へと中和したのだ。間一髪だった。

 が、それで終わらない。シオンのてのひらに、再び魔力が集中され、そして、


 「ファイアボルト! ライトニングボルト!」


 続けて火弾、雷弾を伝馬へこれでもかと乱れ撃ち。


 (や、やりすぎじゃない!? ひょっとしてあのアホ女、この場で僕を殺すつもりなんじゃ……!?)


 心の内で悪態をつく伝馬。殺意があるんじゃないかと思うほど激しい攻撃に晒されれば、いくら温厚な伝馬でもこうなる。


 (耐えてくれ! 俺の『伝説の魔剣』……!)


 電マを両手でガッチリ保持し、迫りくる魔術の弾を、なんとか打ち消してゆく伝馬。

 約一分間後、ようやくシオンの攻撃は止んだ。攻撃を終えたシオンの顔にはもう、さっきの緊張の色はどこにもない。むしろスッキリした感じ。どこか自信ありげにも見える。


 (ただのストレス発散、じゃないよね……?)


 対する伝馬の疲れた顔には、突然の攻撃と意図の読めないシオンの態度に困惑の色が浮かんでいた。


 「おおぉっ……!!」


 ダイナマイトボディを筆頭に、衛兵たち、領主の従者たちは皆、感嘆の声を上げた。

 上げなかったのはトルムニアくらいで、そもそもこのお子様領主様は見てない。今もつまんなさそうに髪をいじって、目線は常に足元だ。


 「聞きしに勝る力……! 素晴らしい……!」


 拍手するダイナマイトボディ。興奮しているのだろう、目を輝かせ、頬を紅潮させ、ダイナマイトなボディを余すことなく揺らし悶えさせながら大きな拍手。つられて、周りも伝馬へと拍手を送る。謁見の間に拍手が満ちる。伝馬も照れながらいい気分だ。

 トルムニアはというと、やっぱり興味なさげ。拍手もしなければ見向きさえしていない。よっぽど興味がないらしい。


 「いかがでしょうか?」


 フフンと鼻息荒いシオン。ドヤ顔、自信たっぷりである。ついさっきまでの緊張しきって慌てふためいたビビり顔はどこへやら。


 「うむ。伝説の英雄の力、たしかに見せてもらった。外見が聞いていた話とはずいぶん違うようだが、まぁそんな些細な話は置いておくとしよう」


 ダイナマイトボディはそう言うと、コホンと咳払いしてから、


 「領主トルムニアの名において、この者を伝説の英雄、ブルット・フルエールと認める!」


 高らかに言った。歓声が上がった。伝説の英雄、ブルット・フルエール再臨に沸き立つ謁見の間。

 冷めているのは伝馬とトルムニアだけだった。伝馬は、


 (本当はブルット・フルエールなんて人じゃないんだけどなぁ……)


 本意じゃないにしても名を騙っているわけだから、正直なところ手放しで喜べない。

 伝馬が複雑な心境でいると、


 「では勇者よ! 例の件を頼んだぞ! もし見事邪悪なドラゴンどもを退治したあかつきには約束通りそなたとシオンに、領主トルムニアの名において、高貴なる地位と崇高なる名誉と莫大な報酬を授けよう。期待しているぞ」


 ダイナマイトなお姉さんが笑顔で言う。そしてトルムニアと一緒にさっさとこの場を去ってゆく。


 「えっ、約束? って、それって、えぇ? 一体なんのことですか……?」


 伝馬には何のことか全然わからなかった。約束した覚えもない。当然だ、今初めて会ったどころか、初めてその存在を知ったばかりなのだ。

 残念ながらダイナマイトとトルムニアに、伝馬の言葉は届かなかった。二人はもう行ってしまった。


 「あ、あ、あの、約束って一体……?」


 隣のシオンに聞いてみる。

 シオンは笑って、ちょっぴり舌を出して一言、


 「ごめんねっ」


 とどめに可愛らしくウインク。そう、これはかの有名な、容姿に自信がある女性特有の『かわいこぶって誤魔化し作戦』なのである。


 (こ、こいつっ! 僕に断りなくッ!! 勝手に約束をッッ!? それもなんか危なそうなヤツ……!!!)


 伝馬は察した。怒りが腹からふつふつとこみ上げてきて、ついに口から飛び出した。


 「お前! なんでそんな――」


 が、言葉は途中で物理的に遮られてしまった。シオンの右手が伝馬の口を塞ぐ。シオンは左手の一本立てた人差し指を自らの口に当て、


 「しー。ダメだよ、ここで大きな声出しちゃ。ちゃんとあとで話聞いてあげるからね」


 それはあまりにも優しく爽やかな言葉と笑顔であった。スカされた形で伝馬の毒気はすっかり抜かれてしまった。怒りは鎮まってはいないが、なんとか腹の中に押し込んだ。


 「じゃ、行きましょ」


 伝馬の手を取り、出口に向かって歩き出すシオン。仏頂面の伝馬はその手を振りほどくこともできず、されるがままだった。


 (こいつ……本当に信用していいのかな……?)


 本来は人を疑うことをしない伝馬も、さすがにシオンという人物をいぶかしく思わざるをえなかった。

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