電マはあくまでも健全な道具であり決してセンシティブなものではありません

 伝馬は納屋の前で座り、四人が帰ってくるのを待っていると、


 「テンマってスゴいのね!」


 納屋の屋根から声がした。伝馬が見上げると、屋根の上でイジュが仁王立ちしている。急なローアングルから見上げたせいで、イジュのスカートの中身が丸見えだった。


 (色々と危ない……!)


 伝馬はお転婆娘から目をそらしつつ、


 「そんなとこにいると危ないよ」


 注意した。が、イジュはお構いなしで、


 「え、何がぁ?」


 「そんな高いとこ、落ちたら怪我するよ」


 「あはは、伝馬って心配性なんだね」


 「心配性というか、常識的に――」


 言いかけて、


 (ん? 異世界の常識ってなんだ? 元の世界とこっちじゃ常識が違って当たり前か。そもそも魔術なんてものもあるし。ひょっとしたら異世界こっちの人は日常的に屋根に上るのかも……?)


 と、一人疑問に思った瞬間、


 「ほっ!」


 屋根上から飛ぶイジュ。


 「危な――」


 危なくはなかった。猿のような軽やかな身のこなしで、イジュは華麗に着地した。勇気や体技を誇るわけでもなく、当たり前のように平然としている。そのまま伝馬の隣にちょこんと座った。


 「け、怪我とかしてない? 痛いところとかない?」


 「これぐらいの高さで怪我なんかするわけないよ?」


 「そ、そう?」


 伝馬はまた屋根を見た。屋根の高さは軽く四メートルくらいか。


 「スゴイなぁ。僕なら怪我するよ」

 「え~? 嘘だ~、あんなにすっごい魔術が使えるのに~?」


 「魔術なんて使えないよ」


 「嘘ついてる! イジュ、さっき見たよ! テンマがすっごい魔力で、アラカシとその取り巻き倒すところ!」


 「ああ、あれ……」


 伝馬はばつが悪そうに苦笑した。子供に喧嘩してる姿を見せるのは、情操教育上あまりよろしくない、と伝馬は考えている。


 「あれは魔術じゃないんだ。電マこれのおかげだよ」


 イジュに腰の電マを抜いて見せた。

 思春期の少年が幼い少女に電マを見せびらかすという、一見危険に見えなくもない絵面だが、それはあくまでも現実の常識のお話。異世界は常識が違うのだから、元の世界の常識とか見識は通用しない。

 そのため、変態的であったり、センシティブな意図はもちろんない。伝馬はただスゴい道具として見せただけに過ぎない。


 「すごい、変な感じ……。すっごく変な魔力が漂ってる……」


 そう言って、イジュは電マの先っぽに触れた。

 少女が電マに触れる絵面は色々と危なく見えるかもしれないが、それは間違い。なぜなら電マは健全なものだからだ。センシティブな意味合いなんてない。

 電マがセンシティブな意味合いを持つのは、電マがセンシティブ目的で、センシティブな箇所にセンシティブに使用された場合であるので、この場合はセンシティブにはあたらない。

 電マあくまでも健全なもの。伝馬もあくまでも健全に使用している。つまりこの小説も健全小説なのである。


 (大丈夫かな……?)


 もちろん伝馬は、この小説の描写を危惧したわけじゃない、電マに残る残留魔力の影響を危惧しただけだ。

 イジュにはネリネやマロニエのような影響は出なかった。代わりにイジュは、電マの先をひたすら撫で回した。とっても触り心地がいいらしい、夢中になっている。

 たしかに伝馬の目から見ても、すべすべとして柔らかそうな先っぽは、触り甲斐がありそうだ。


 「本当だ、この魔力、テンマから感じない。というか、テンマから魔力自体ほとんど感じない。テンマって本当に魔術が使えないんだね。ごめんね、疑って」


 イジュはペコリと伝馬に頭を下げた。


 「謝らなくていいよ。僕の元いた世界だと、普通のことだし」


 「伝馬のいた世界でも、男の子は魔術があんまり使えないんだ?」


 「男だけじゃないと思う、多分誰も使えないんじゃないかな? すくなくとも、使う人を見たことないし、会ったこともなかった。魔術って言葉はあったけど、あくまでもおとぎ話みたいなもんだったね。こっちじゃみんな魔術使うから、こっちに来てからずっと驚きっぱなしだよ」


 「女の子はね。男の子はあんまり使えないけど」


 「そうなんだ。アラカシみたいなのは珍しいのかな?」


 「うん、アラカシぐらい使えるのはとっても珍しいよ。だからあいつは取り巻き引き連れてイキってるの! イジュはあいつ嫌い! 男の子の中ではすごいかもしれないけど、イジュより全然ショボいんだよ! そんなので調子に乗ってるなんて、かっこ悪い!」


 伝馬は思わず笑ってしまった。普段は他人の悪口でめったに笑わない伝馬だが、アラカシが幼い少女にボロクソに言われるのは面白かった。


 「ま、たしかに六人で一人をリンチするのは、あんまり格好いいことじゃないけどね」


 「だから、テンマがアラカシをボコボコにしたのみて、イジュは楽しかったよ!」


 「人聞き悪いなぁ、ボコボコになんかしてないよ」


 「ね、あれ、どうやったの?」


 イジュの目がキラキラしている。子供とは無邪気なものだ。


 「電マこれのここの部分を押すだけさ。そしたら、なんとかなっちゃうんだ。詳しいことは僕にもわからないけど、そういうことなんだってさ」


 「ふぅん……。ねぇ、押してみてよ」


 「それはダメ。危ないんだよ。ネリネもマロニエさんもこれに触れただけで、さっきのアラカシみたいになっちゃったんだから」


 「すっごい! テンマ、ネリネとマロニエおばあちゃん倒したの! じゃあテンマはこの村で最強だね!」


 「僕が、というより、電マこれが、だね」


 伝馬はあくまでも一般男子高校生。最強なのはあくまでも電マ。


 「ふぅん。そんなに危なそうには感じないけどね~。魔力も、なんか優しい感じだよ? スベスベしてるし、柔らかいし、いい感じ!」


 イジュ、まだ先っちょを撫で回している。よっぽどお気に入ったらしい。


 (そんなにいいのかな? う~ん、見てるとたしかに、よさそうだなぁ……)


なんだか伝馬も触りたくなってきた。そんな不思議な魅力が、電マにはある。


 「あっ、そうだ!」


 イジュがハッとなって電マを弄るのをやめた。


 「どうしたの?」


 「イジュ、マロニエおばあちゃんに呼ばれてたんだった! じゃ、行ってくるね!」


 言い終わるなり駆け出すイジュ。かなり速い。幼い少女とは思えない。きっと魔術を使っているのだろう。


 「いってらっしゃ~い」


 既に遠くなりつつある、イジュの背に伝馬は手を振った。

 伝馬の声に、イジュの足がピタッと止まった。振り返って、


 「テンマ、また遊んでね~! テンマ、優しくて強いから大好き~!」


 そう叫ぶと、イジュは再び走り出して、あっという間に見えなくなった。


 (元気で、いい子だなぁ……)


 伝馬、顔がにやけている。にやけすぎてふやけている。相手が幼い少女とはいえ、好きだと言われて嫌な気はしない。姉ばっかりに囲まれて生きてきたから、妹ができたようでとても嬉しかった。

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