電マは癖になる?

 ばったり倒れるネリネの手から電マがぽとりと落ちた。全身に力が入らないらしい、危うく倒れそうになるのを、伝馬が慌てて支えた。


 「ちょっ、ちょっ、ちょっ、ど、ど、どうした!?」


 突然のことに、伝馬もパニック。


 「て、テンマがやったんじゃ、ない、の……」


 息も絶え絶えのネリネ。頬が上気し、目が潤んでいる。妙に艶めかしく刺激的で扇情的だ。

 しかし伝馬、そんなネリネの色気などには目もくれず、本気で心配している。五人の姉に囲まれて育ち、女性に対して耐性があるからか、至近距離で艶めくネリネを見ても、興奮を覚えない性質らしい。


 「僕は何もしないよ。ただ電マこれの――」


 伝馬は地面で鳴動する電マを拾い、スイッチを切った。


 「電マこれのスイッチを入れただけなんだけど……」


 「多分、そのときだと思う。それが入った瞬間、私の身体の魔力がめちゃくちゃに乱れたわ。身体が芯から熱くなって、なんだかとっても気持ちよくなって……私、なんだかとってもテンマのことが……」


 上気した頬、潤んだ瞳が、伝馬へと吸い寄せられかけて、ネリネはハッとなった。口を固く閉じ、テンマから目をそらした。何やらとても恥ずかしそうにしている。


 「ううん、なんでもない……。それよりデンマ……」


 「伝馬だよ」


 油断するとが出る。


 「テ・ン・マ! テンマはそれに触っていて大丈夫なの?」


 「なんともないよ。振動は感じるけど」


 「そう……。私が感じたところ、それはきっと、触れている対象の魔力に作用、変質させ、人体に様々な影響を与える道具なんだと思う。でも、それだけだとデン……テンマに影響がないことが説明できない」


 「どういうこと?」


 「どういうことって……そっか! テンマ、あなたは魔術のない別世界から来たって言ったわよね?」


 「うん」


 「ひょっとしたらテンマのいた魔術のない世界には、魔力もないのかもしれない。だから魔力を持たないテンマは、電マそれの影響を受けないんだと思う」


 「ほぇー、なるほどぅ……ん? でもそれだと、魔力のない世界なのに、魔力に作用する道具があるってことになるんだけど、それっておかしくない? 魔力のない世界なら、魔力に作用する道具を作る必要なんてないんじゃない? そもそも無いものに対する道具なんて、作りようもないんじゃないかな?」


 「う~ん、たしかに……」


 二人を首をひねった。

 そもそも二人とも前提が間違っていた。電マは魔力に対して何かする道具ではない。ただのマッサージ器でしかない。

 それが異世界で魔力という未知のエネルギーにたまたま作用してしまっただけだ。


 「ま、とにかく電マそれは、テンマにしか扱えない強力な武器ってことよ」


 ネリネはとりあえず、そう結論づけた。


 「強力な武器、か……」


 伝馬は内心怖くなっていた。ネリネが触れただけで崩れ落ちるくらい、電マの威力は凄まじい。ほとんど凶器といっていい。


 (葵ねえ、信じていいんだよね?)


 優しい葵ねえが凶器を所持し、使っていたとは、弟として信じたくなかった。

 もちろんこれは電マ。どこからどう見ても電マ。少しばかりおかしなところがあっても電マは電マだ。電マは凶器ではありえない。なぜなら電マだから。電マが電マとして使用される限り、それは間違いなく安全なのだ。


 電マを変態アイテムとみなす人もいるが、それはその人自身が、変態な目で電マを見ているにすぎない。あくまでもこれは電気の力で動くマッサージ器なのだ。癒やしのアイテムなのだ。働く老若男女の心強い味方なのだ。

 もちろん、癒やしのアイテムも逆効果となりうることは十分ある。薬も過ぎれば毒となるという言葉があるように。


 「ねぇ、テンマ、動けないからおんぶして」


 ネリネは甘えた声で言った。鼻にかかった、男心をくすぐるような声音だった。

 が、男伝馬、そんなものには動じない。というよりも何も感じていなかった。五人の姉に囲まれて育ったせいで、そのあたりの感覚が鈍麻しているらしい。

 ただ女性に囲まれて育っただけあって女性に対して真摯な紳士だ。言われたとおり、ネリネをおんぶした。

 

 「テンマって思ったより背中広いのね」


 ネリネの膨らみが伝馬の背中に当たる。ネリネの体温が背中から伝わってくる。

 思春期真っ只中の男子高校生なら垂涎のシチュエーションだ。が、伝馬は変な気を起こさない。そんな気にならない。なんとも思っていない。なぜならやっぱり五人の姉の存在があるから。これくらいの異性とのスキンシップも慣れっこだった。


 (やっぱり棗ねえみたいだ)


 伝馬は苦笑した。弟に甘え、こき使ってくるところも似ていた。

 ネリネを背負い、ネリネの指示に従って歩いた。しばらくすると、ネリネは急に元気になって、自力で歩き出した。足取り軽く、意気揚々としている。


 「不思議……、なんだかとってもいい気持ちだわ。それに身体も軽くなったみたい。疲れも感じないし……休んでないのにどうしてかしら? ひょっとして、電マそれのおかげ?」


 「電マこれにそんな効果あるの?」


 「ちょっとかしてみて」


 「え? いや、ちょっと、あ、勝手に触っちゃ――」


 ネリネの指が電マのスイッチに触れた。振動が再びネリネを襲う。



 ヴヴヴヴイイイイイ~~~~~~ンンンンンン…………………!!!!



 「あふふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁ~~~~~~~~……」


 ネリネ、再撃沈。


 くにゃくにゃのふにゃふにゃになって伝馬によりかかる。


 「なッッ!? ばば、ば、ば、馬鹿なのかっ!! なにしてるんだぁ!?」


 二度目の撃沈がわかりきっていただけに、普段は温厚な伝馬もついつい声が荒くなる。


 「ふぅ~ん……、ごめ~んごめ~~んん……」


 顔を上気させて目をつむり、むにゃむにゃ声で謝るネリネ。


 「でもだ~いじょぶだ~いじょ~ぶ。だってとてもいい気持ちだもん。ぼーっとして、ぽかぽかして、とってもいい気持ち。ちょっとテンマの背中を貸してくれれば、も~んだ~いな~し」


 伝馬、ドン引き。ネリネの様子は泥酔しているような、もしくはヤバいクスリでもやっているように見える。


 (さっきよりもひどくなってない……?)


 伝馬はネリネを再び背に乗せて歩いた。


 (大丈夫かな、この子。あと電マ……)


 杞憂だった。ネリネは本人の言葉通り、すぐに回復し、見違えるように元気になった。


 「あは、あははははは! なんだかかすっごく身体が軽いわ! 元気いっぱいモリモリワクワク! 頭も爽やか最高にいい気分! フフフフ~~~ンン♪」


 踊り、鼻歌まで歌い出す始末。


 (元気になったのはいいけど……)


 それはそれで怖い、と思う伝馬だった。


 「ねぇ、テンマも電マそれ、やってみたら?」


 電マを指差すネリネ。


 「僕はいいや……」


 クスリがバッキバキに決まったようなハイテンションを見せられて、じゃあ自分も、とは到底思えない伝馬だった。


 (電マこれ、ただの武器じゃないとは思うんだけど……どっちみちヤバい道具なのかなぁ……)


 優しい葵ねえのことは信じたいが、電マの力を目の当たりにしては、なかなかそうもいかないものだ。

 そんな伝馬の不安をよそに、ネリネは上機嫌、軽やかなステップでゆく。

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