第7話 季節の変わり目に良く見る奴。

 校外学習から大体三十日、そろそろ季節は夏になる。緯度的にこの辺は極端に暑かったり寒かったりはしないし、四季もある。

 季節は大体九十日で代わるので、節目としての祭りは各地で多く、一年は三百六十日で一巡する。

 けど、この大陸の南北では夏がもの凄く暑かったり、冬がもの凄く寒かったりする。

「ルーク君はいますか? 学園長が呼んでいるので授業を中断し、学園長室に向かって下さい」

 そして授業中に、飲み会でチラッと見た事のある顔の女性教師が現れ、そんな事を言った。

「わかりました。プルメリア、俺が学校が終わっても戻ってこなかったら、教科書や筆記用具類は頼んだ」

 それだけを言って、俺は小走りで学園長室に向かい、ドアをノックして返事があったので入室すると、この国の騎士団長が真剣な顔で座っていた。

「失礼します」

 一応一礼し、学園長が手の平でソファを指したので、騎士団の第一団長の正面に座った。

「久しぶりだなクソエルフ。個人的に軽く世間話をしたいが、そうも言ってられん。お前ならわかると思うが、若い飛竜がこちらに向かって来ているのが確認された」

 飛竜か。竜とか色々いるが、大体似たようなもんだ。飛んでるトカゲをおおざっぱに言うなら翼竜で、飛竜は個体名みたいなもんだ。

 だいたい大きさで分かれているけど、蝙蝠やプテラノドンみたいな腕に皮膜が付いている物を翼竜。背中に翼が生えていて、腕と足があるワイバーンと呼ばれる個体辺りから自由に飛べるから飛竜と言われている。

 まぁ、手足があって翼がある奴は、生物学的におかしいんだけどな。転生前の知り合いが言ってた。

 翼を三組目の手足と仮定しないと説明できないとかなんとか。そうすると羽はどこにあるんだ? とかも言ってたな……。

「もうそんな時季か……。防衛部隊と冒険者ギルドで良いんじゃないか?」

 一応知り合いで偉い奴でも、元同僚なのでタメ口だ。

「そうも言ってられん。この若い飛竜は通常の個体より二周りほど大きく、若くても成体と変わらないくらいだ。本来通り王都防衛として兵士を既に配置させているが、その場合被害が大きい事が予想される。飛竜を討伐できる高ランク冒険者は王都に多少滞在しているが、会えるかどうかは管轄が違うからわからん。だから確実に会えるお前の所に俺が来た」

「……良くここに入学してるとわかったな」

「我々の手は長く耳も良い。あまり国の組織を舐めない方が良い」

「そうっすか……」

 スラムでも同じ事を聞いたが、規模的に国の方が上かもしれない。

「とりあえず昔のよしみと言う事で、強制的に連れて行く。断ったら国賊という事で重罪にする」

 騎士団長はニヤニヤしながら言った。俺の扱いが良くわかっているなぁ……。

「はぁ……。了解した」

 二十年だか三十年くらい前に、この国の軍隊に所属していたから仕方がないか……。


「進路予想上にある防壁の外で待機し、高度な柔軟性を維持してその場で臨機応変に対応しろ」

 学園長室を出て廊下を歩いていたら、いきなりそんな事を言われた。

「要は行き当たりばったり。って奴だな」

 どっかの有名な台詞っぽいのが出てきたな。遊撃ができる、火力を持った個人にしかできない戦法だから仕方ないな。

「魔物の思考が読めるなら、とっくに対策してる。ってか、エルフは頭の良い魔物とは話せないのか? 話せるなら帰ってもらえる様に説得してくれ」

「ニンゲン、コロス。人間をいたぶって泣き叫ぶのが見たい。肝臓が美味いんだよ肝臓が。痛みや恐怖の極限状態で死んだ人間の脳を食べると、なんか気分が高揚するし、痛みがやわらぐ。ぬはははは、こざかしい人間が築き上げた建造物を、我々の炎のブレス一発でどのくらい壊せるか勝負しようぜ。ってのは聞いた事がある。ちなみにそれぞれ別の種族な。対話できる奴はその辺の冒険者に、なんか攻撃してこない魔物だなぁ。って認識で殺されてるよ」

 ってか竜系ってマジで頭が良いから、滅茶苦茶流暢に喋るんだよなぁ。うっかり屋さんとかアホな奴が多いけど。

 ってか、エンドルフィンが出てる脳を食べても、消化吸収されて効果が出るのか怪しい。脳内麻薬とか言われてるけど、なんだかんだでアミノ酸だし、その辺は良くわからん。痛みとかでも出るとか言われてたけど、出た事も食った事もないし……。

 食べて直接効く様に、この世界では進化でもしてるんだろうか? それとも魔物だからだろうか? まぁ、考えすぎるとハゲるから、この辺で止めておこう。

「殺そう……」

「それが一番だ。良い魔物は死んだ魔物だけだ」

 そんな事を話しつつ寮に寄って、弓やその他装備品を全て身につけて、レイブンやムーンシャインを連れて、騎士団長と学園を出た。



「寄りたい場所がある。はここで待ってろ。二匹を頼む」

「その名前で呼ぶな! ったく、待っててやるからさっさと行ってこい」

 俺はスラムに面している通りの途中で、娼館狂いに待ってろと言い、小さなドワーフの店の方に向かった。

 片目の男のおかげで襲われる事はなくなったので、時間はそんなにかかっていない。そして例の合い言葉を言い入店する。

「いらっしゃい。多分来ると思って用意してあるよ」

「助かる」

 カウンターを見ると、俺の欲しかった物が乗っており、ファイアスライムの外皮を乾かした薄いゴム手袋っぽい物も一緒にあったので、はめて材料を手に取った。

 ご丁寧に天秤や薬匙の様な器具もあるので、使わせてもらう事にした。

Xピー茸を――。Xピー鉱石を――。Xピー蛇の毒腺に――。コレをXピー煮詰めてできた結晶を砕いて――。全部Xピー溶液に入れて蒸留して――」

 確認する様に独り言を言い、グラム数的な物はボカしつつ独自に開発した複合毒を生成していく。

 別に作り方を見せても真似しないだろうし、レシピもボカしてるからモノになるまでは、ふんわりとした情報しか出回らないだろう。

 ってか、客との付き合いを重視してるから絶対に言わないだろうし、このドワーフに喧嘩を売る馬鹿もいないだろう。だって首枷とか手枷なんか引きちぎるって、文献に書いてあったし。

「もうこんな季節なんだねー。夏を感じるねー」

 この小さいドワーフは水代わりに酒を飲んでいるのか、安酒っぽい瓶をラッパ飲みしている。見た目が可愛いのに、仕草がオッサンなんだよなぁ。

「春の終わりに、若くて力を過信した飛竜が、その辺の大きな街に飛来するのは毎年恒例だからな」

 不良が他校に乗り込んだりする様な、マンガみたいなノリで来るし。

「なんでか知ってる?」

「竜族の中で、箔が付くんだろ。あいつ等は頭が良いから、仲間内で自慢したりとかじゃないのか? 生き残ってる飛竜は、多少臆病で慎重な力のある奴だけだ」

 俺はできあがった複合毒の瓶をゴム手袋を外して触り、軽く魔力を流して変化した成分を見る為に鑑定をする。うん、コレで十分だ。

「助かった。急に軍に拉致されたから金はない。代金は後日で良いか?」

「別にかまわないさ。私とあんたの仲だし、物で払ってくれても良いぞ? その毒液が余った奴とかね」

「悪いが消費期限がある。三日もすれば効果は半分以下だ。もちろんレシピも売れない」

 空気中の水分や日光で、性質が変化するとか色々あるんですよ。毒だって新鮮じゃないと効かないやつとかあるじゃん? それと同じ。

「ならあれだ。微妙にハゲる薬でも良いぞ? なんか知らないけど、入荷してないかって聞きに来る、リピーターが妙に多くてね」

「……どんだけ汎用性が高いんだよ。死なないし、復讐するのには丁度良い具合なんだろうなぁ。まぁ、そろそろ行くわ。人を待たせてるしな」

「夕方に、酒場での噂を期待してる。せいぜいヤバい奴に目を付けられない様にな」

「残念だが、この国のその手のヤバい組織に既にマークされてる。騎士団長が直々に訪ねてきたよ」

 俺はゴム手袋をゴミ箱に投げ捨て、緩衝材として綿で瓶を包んでポーチの中に入れて、片手を上げて店を出た。


「ずいぶんかかったな。さっさとしろ、予定じゃもうそろそろ上空に見える頃だ」

「なら防壁の上かな? 他の兵士に混じって矢を放つわ」

「軽く言いやがる。その前にバリスタが撃ち込まれるぞ?」

「なら俺の出番がなくなるだけで、楽ができる」

 そんな事を言いながら俺達は防壁の上まで上がると、兵士達がワチャワチャと忙しなく動いていた。

「一応訓練通りだな。一通り俺もやらされたわ」

「だろうな。その時俺もいたし、上官に怒られた記憶がある」

 少し思い出を語りながら、遠くの方を見ると黒い点が見え始めた。

「飛竜を確認! ワイバーンと思われます! 警鐘を鳴らせ!」

「了解!」

 そんなやり取りが怒鳴り声で聞こえ、鐘の音が一秒間に三回以上鳴っている。鳴る間隔で危険度とか、火事とか魔物の出現とかがあるが、これだけ早いと、とりあえず危険って事は伝わると思う。

「騎士団長殿!? ここにいらっしゃるのなら、指揮お願いいたします!」

 一人の指揮官がこちらに気が付いたのか、娼館狂いに指揮権を渡そうとしてきた。信頼されてんなぁ。

「訓練通りにやれば間違いない! 街の住人を危険に晒すな! 管轄が違うからなんとも言えないが、おまえ達の上官に従ってれば間違いない! 気合い入れろ!」

「「「了解!」」」

 そこにいた兵士全員が返事をし、バリスタの近くで待機している。

 防壁の外には腕に自信のある冒険者が集まっているが、パーティー同士協力するつもりはあるのか、一応声を掛け合っているっぽい。

 おー。十数個の色々な魔法が飛んだ。火や氷、土や見えにくいけど風っぽいのまで。

 けど飛竜が宙返りをしたり、バレルロールをしながら低空飛行をして魔法を避け、冒険者の塊に火炎を吐き一掃しようとするが、それを遮る魔法用の障壁が現れて全滅は免れていた。

 矢も飛ぶようになり、飛竜は高度を上げて避けるが、そうすると魔法が飛び始めて、なんか飛竜が嫌がっている様子だ。

 その様子を見ながら、俺は高純度の魔石の付いた、色々な効果の付属しているピアスを、全て左耳に付け始める。

 物理防御・魔法防御上昇。これは防御系。

 筋力強化・体力強化・呼吸補助・痛覚鈍化。これは肉体や感覚補助。

 魔力・聴力・視力強化。これは五感補助。

 体力持続回復・自己治癒能力上昇。これは怪我をした場合の保険。

 自然毒・鉱物毒・細菌耐性。これは体に害のある物をある程度抑制。

 ちなみに全部自作だ。ドワーフの彫金師に弟子入りして、高価な素材を自分で集めて全部一から作った。

 時計職人の様なルーペを使い、凄く細かい文字で全部魔法陣を彫ったさ。師匠からは変態扱いされ、当時の王様に基本安全で似た様な物を献上して、口止めしてもらいつつ、その辺に流通しないようになっている。

 なんか国宝級らしいですよ? 邪魔にならないピアスサイズの高純度の魔石に、こんなに色々な物が付属している奴なんかないそうだ。

 基本安全で似た様な物だが、俺のは呪いの魔石とか使ってて、未処理で使うと危ないんですよ……。

 ちなみに辞める時、ルーペは師匠にあげた。なんかその後は有名な彫金師になって、王国御用達だかお抱えになったとか。

「ある意味定石に近い討伐方法だな。ってかずいぶんと面白い避け方をするなぁ」

 確かにバレルロールなんか、航空機くらいでしか見たことがないし、宙返りなんか相手の後ろを取る時に使うイメージしかないな。

「冒険者も馬鹿じゃないからな。自分達が抜けられたら、王都に被害が出るってのもあるが、報酬が手に入らない。飛竜も無視してこっちに来れば、今度は尻を狙われる。とりあえず処理するなり、無力化しないと厳しいだろう。まぁ、防壁の反対側に回り込まれたら終わりだけどな。レイブン、ムーンシャイン、いつも通り頼んだ」

『あいよ。飯は美味いやつを多めにな』

「あいよ。肉とクルミ、ゆで卵の黄身でいいな。ムーンシャインにはニンニクや角砂糖、ビスケットな」

『至福』

 俺はちょっと良い魔石を使って、シャフト部分がちょっと特殊な矢を錬金術で二本生成した。

 鏃やじり部分は貫通力を重視するのに、釘の様に尖っているだけだ。そしてピンポン球より少し小さい、未使用の一応洗ってある魔石を口の中に入れる。

 そしてポーチから複合毒を入れた小瓶を取り出し、蓋を開けて二本の矢の先端を浸して直ぐに蓋を閉めて弓につがえる。

 全ての魔法回路と魔法陣の遮蔽。魔法走路、魔法加速器、精密誘導レーン展開。矢の硬度上昇。魔法回路への魔力供給安定。視力強化……完了。

 俺は様々な魔法を展開し、魔力を口の中の魔石で補い、残りは自前の魔力で魔法の準備を終わらせ、リリーサーを使って弓を限界まで引き、完全に濁った魔石を吐き出す。

 飛んでいったレイブンは向かって右側からやや左奥に滑空している。

「風速、向かって右から左へ約秒速五メートル。対象は過去に見た成体の大きさから比例して、距離約六百七十メートル。仰角は約三十六度程度」

『同意』

 隣で待機していたムーンシャインも同じ考えみたいなので、大きい胴体を狙ってゆっくりと息を吐ききり、誘導レーンの延長線上に出現している飛竜に投影された小さい光を強化した視力で視認し、ゆっくりとリリーサーのトリガーを引く。

 極力全ての動作に揺れがない様にし、十個ほど浮いている魔法陣の中心を通過しながら、矢が高速度で飛んでいく。

 電磁加速砲レールガンをモデルに、この世界でクソヤベェ奴を相手にするのに考え出し、何回も試行錯誤を繰り返してやっとそれらしくなった魔法だ。

 本家レールガンに比べれば、あくびをしながら追い抜かされる速度だが、この世界では十分に速い。

 長距離射撃も、義勇兵時代に狙撃手をしている知り合いにコツを聞いていたので、手ブレが少なくなる呼吸も練習した。スコープの様な望遠鏡みたいな物も、視力強化の魔法で補っている。

 風の影響を受けやすい構造だから、一応風速や流れている方向を確認はするが、この距離と風速ならあまり影響は受けないはずだ。

 矢は視力強化のピント的な影響で追えなかったが、飛竜に中ったのは確認できたので、俺は二本目の矢をまだ展開している魔法に乗せて同じ様に射った。

 そして小瓶を入れていたポーチに戻し、魔法で出した【水】で良く手を洗い、もう一度飛竜を見るとホバリングしながら空中でのたうち回り、しばらくして羽ばたくのを止めて血を吐きながらそのまま地面に落ちたのを見て、俺は展開していた魔法陣を消して弓の弦を外した。

「おぉ!」

「ワイバーンが落ちたぞ!」

「なにやったんだ、あの騎士団長が連れてきたエルフは。バリスタを射つ必要もなかったぞ」

「なんであんな戦力を個人で持ってるのに、無名なんだ?」

 ワイバーンが落ちたら、兵士達は歓声を上げる前に驚きの声を上げていた。

 無名ではないが、冒険者ギルドからの指名依頼が面倒だから意図的に下げてるんですよ。

「おい。その小瓶はなんだ?」

 娼館狂いが少しだけ低い声で、にらみながら聞いてきた。

「ありとあらゆる物を混ぜて作った、オリジナルの複合毒だ。ナイフの先に付けて、オーガやオークの様な大型系の魔物でもかすり傷を付ければ、十秒以内に麻痺してぶっ倒れる。そのまま放置でも息が出来なくて死ぬ様な奴だ」

「……ヒュドラの毒も入ってるのか?」

 オーガって言うのは、日本人の感覚で言えば鬼に近い魔物だ。オークって言うのは、二足歩行している豚顔の魔物で、どっちもガタイが良く、体長は二メートルを越え、三メートル近くになる個体もいる、体力の塊みたいな奴等の代表みたいなもんだ。

「そんな有名な毒なんか、売った方も買った方も、街に持ち込んだ奴も持ってた奴も牢屋行きだ。それに手に入っても高い。お前も知ってるだろ? 単体では毒にならない物も使っている。それとコレ以上は知らない方がいい……」

 ヒュドラは、太い胴体から枝分かれした蛇っぽい頭を多く持つ魔物だ。再生力が高く、傷口を焼かないと直ぐに傷が塞がったり、切り落とした頭が生えてくる。

 地球でも神話として語られていたけど、こっちではかなりの報告例がある、猛毒を持ってるやっかいな魔物だ。

 冒険者ギルドに素材を持ち込めないので、倒したら基本色々な手続きを踏んで、軍のお偉いさんや、解毒魔法の使える回復魔法使い、毒に精通している錬金術師も立ち会いの元で防壁の外で査定が入る。もう超が付くほどの厳重な体制だから、面倒くさいの一言だ。

 冒険者ギルドの職員時代に、一回だけ経験した事がある。

「そうか……。二本の矢だけど、あんな速さなのに抜けてなかった。特別な矢なのか?」

 こいつ、良く見てるな……。むしろ見えてたのかよ。

「一本目は突き刺さったら、火系の魔法が発動する様になっている。今回は魔法で強化して射ったから体の中で内臓が焼かれ、矢の破片が飛び散ってズタズタになっているだろうな。二本目は保険だ。風系の魔法で、圧縮された空気が一気に元に戻り、体内で膨れ上がって確実に肉や内臓にダメージを与えられる」

 矢は吹き矢とかが刺さった瞬間に麻酔液が入るのと同じ感じで、先端が何かに当たれば衝撃で前に押される。なので矢の中は空洞で、先端に仕込んだ小型化した魔法陣に、衝撃で起動用の小さい棒が前にスライドし、機動する仕組みになっている。

 火薬じゃないので、使った属性と込める魔力で威力が変わるのが良いし、先端に重りがないので矢の軌道が途中で変に変わらない。

 もちろん、あのベトナム帰りの退役軍人物の映画からヒントを得て作った。

 一本目の矢は硬い鱗が抜けなくても、表面で爆発して翼の皮膜くらいは破けるくらいの威力はあるので、最悪レールガンを展開しなくても、数発背中側に撃ち込めば地面に落とせる。

「えぐい物を使うんだな……。ってか一本目がの矢か」

「好きで長年旅をしてた訳じゃない。なんだかんだで色々修行しながら旅をしてた。この事はあまり話さないでくれよ? 飛竜を単独で倒せる奴って事で呼ばれたんだろうから、魔法で強化した矢を射っていたって事にしてくれ」

 実際に凄い魔法か何かで強化した弓矢で、飛竜を貫いたって感じだろうと、周りの兵士にも見えてるだろうし。

「その方が良いな。変に探りを入れたり、首輪を付けようとするとお前は逃げるからな。の異名を持ってる奴を、敵に回す様な事は上もしないだろう」

「その異名は嫌いなんだけどなぁ……。まぁ、異名も二つ名も、あだ名も似たような意味だけど」

 実際に千人くらい固まって進軍してる所に一本目の矢を撃ち込めば、一発で二十人以上は確実に吹き飛ばせる威力はある。魔力を多めに込めれば範囲と威力が上がり、十本も撃ち込めば隊として機能はしなくなる。

 魔法用の障壁を張られてても、物理的な物を防ぐ障壁じゃなければ防げない。

 もし物理用の障壁で防がれても爆発するから、多少の損害は出せる嫌らしい作りだ。レールガンの方は一列単位で吹き飛ばせるし、よほど強力な物理用の障壁でなければ抜けるし、真っ先にやっかいな魔法使いを殺せる便利な奴だ。

「俺の事を娼館狂いとか未だに言ってる奴に、言われたくはない」

「だろうな……。で、名前なんだっけ?」

 あの現象だよ。顔は覚えてるけど、名前が出てこないアレ。ちょっと仲良かった奴と、十年くらい会ってなくて街中でばったり会うアレ。

「もう良い、黙ってろクソエルフ」

「すまん……。んじゃ帰るわ」

「あぁ、後はこっちで上手くやっておく。助かった」

 俺はそんな事を言いながらピアスを外し、リングケースにしまう。

「あいよ。金の方は、そっちの都合の良い支払方法で良いぞ。今本名・・の方を思い出した。またな、

 思い出したので、とりあえず名前を言って帰る事にした。

「通称で呼べって言ってるだろ……。女みたいな名前であまり好きじゃないんだ」

「良い親じゃないか。とある国ちきゅうでのその名前の意味は、若々しい。はつらつ。基本的に男に付ける名前だ。そのおかげで騎士団長にまでなったんだ、名前に誇りを持てよ」

 俺は背中を見せたまま手を上げ、軽く振ってからムーンシャインの手綱を引いて階段を下り始めた頃に、レイブンがムーンシャインの鞍に留まった。

『何話してたんだ?』

「あいつの名前の事だよ。今さっき思い出した」

『珍しいな。お前が名前を覚えてるなんて』

「別に覚えてない訳じゃない。会った事のある奴が多すぎて、直ぐに出てこないだけだ。本当、長寿種ってそのあたり不便だぞ?」

『俺は見た目の特徴で覚えるから、こいつは餌くれる奴、こいつは石を投げた奴って覚えてる。お前の事は名前も覚えてる』

「カラスは人を覚えてて復讐するからな。本当お前は頭が良いし、いつも助かってる。ってかムーンシャインはロバなのに、距離も角度も読めるってかなり凄いんだけどな? さて、お前達の為に肉屋とお菓子屋に寄らないとな。ニンニクは帰りの露店で売ってるだろ」

『沢山』

「ニンニクか? ビスケットか?」

『両方』

「はいはい。厩舎の食事が悪いのか? 定期的に差し入れにいくわ」

『肯定』

「干し藁だけとかか?」

『肯定』

「お前、本当ロボットみたいに喋るな」

『ロボットってなんだ?』

「喋れるゴーレムみたいなもんだ」

『素敵』

 心なしか、ムーンシャインの目が輝いてる様に見えるな。あこがれでもあるんだろうか?

『俺はどんな感じだ?』

 レイブンは俺の頭の上に飛び乗り、くちばしで髪とおでこの生え際辺りをつついてきた。

 止めてくれ、生え際が後退したらどうする。

「んー。意思疎通が誰とでもできるハーピーだな」

『半分人の化け物と一緒にしないでくれよ。あんな大きくて、羽の構造や筋肉、骨が俺達鳥と違うのに、なんで飛べるかわからない化け物だぞ?』

『忠告』

「すまんすまん。鳥達にとって、そんな認識だったとは初耳だった。今後気をつける」

 確かにそうだ。人を鳥にした場合、大胸筋がもの凄く発達してないと無理とか言われてたな。まさか鳥にとっては化け物だったなんて。まぁ、魔物もいるし、種族としてもいるけどな



「戻りました」

 俺が学校に戻ったのは昼過ぎで、この授業が終われば放課後だ。

「あぁ、お帰りなさい。聞いてますが色々と大変だったみたいですね。けど授業中なのでさっさと席に付いて下さい」

 ヨシダ先生は机に両手を置き、何かの説明を途中で止めて、首だけこっちを向けて言ってきた。

 俺は座る時に邪魔になる装備を床に置き、ペンを持ってノートを開くと、ヨシダ先生は授業を再開した。

 授業中は結構真面目なんだよなぁ。酔うと面白い事になるのに。


「なぁルーク。何やったんだ?」

 授業が終わり、放課後になるとクラスメイトが一気に集まってきて、囲まれてしまった。

 この弓すげぇな! なんだこの片刃の短剣? とか色々声はあったが、ほとんどが授業を抜けて何をやっていたのかだった。

 十五歳くらいの年齢なら、こうなるのは仕方ないな。

「明日には噂になるから言うけど、飛竜討伐の手伝いだ」

 ほぼ一人で討伐したけどな。

 そういえば報酬とかはどうなるんだろうか? 軍人としての特別手当か? 討伐依頼の金額? 城壁の外で参加してた冒険者達と均等割りか? まぁ、金が振り込まれた時にでもわかるか。

「あー、もうそんな時季かー」

「もうそろそろ夏かー」

 俺が飛竜討伐を手伝ったっていう話題より、季節の変わり目って認識の方が強いのは、実際に対峙したことがなく、討伐に参加してないから言える事だよな。

 炎のブレスで大火傷とか、しっぽで薙払われて骨折、最悪かじられて死亡まであるのに。

「あぁ、他の冒険者優秀で、俺は矢を適当に射ってただけだよ」

 とりあえず適当にごまかしていたが、プルメリアが眉間に眉を寄せながら、複合毒の瓶が入ったポーチを指先でツンツンとつついていた。

 プルメリアは、鼻もいいのかもしれない。このクラスに犬とか狼の獣人族がいれば、大騒ぎになっていたかも。

 臭いは少ないが、気化した物を吸っても効果は出ないので、とりあえず問題はない。そもそもプルメリアに効くのかさえ怪しい。



「でー、その瓶は何?」

 寮に戻ると、即プルメリアが毒の事を聞いてきた。

「ざっくり言うと、猛毒」

「ふーん。あんな短時間で作れる物なんだ」

「材料があればな。ほら、スラムの女ドワーフ」

「あー、あそこか。懇意にしてるって意味が良くわかった」

「急いでたから代金もツケだったし、お互い持ちつ持たれつつって奴だ。物で払っても良いとか言ってたけど、寮生活じゃ無理だから今度の休みの時に行ってくるわ」

「なら私も行く。デートしようよ」

「はいはい。どう考えてもスラムはデートコースじゃないけどな」

 俺は毒の入った小瓶を取り出し、材料の横にあった合成に使っていない液体を注ぎ、毒を中和しておいた。

 その辺に捨てると土壌汚染が怖いし。効果的に毒を捨てた上を傷のある素足で一時間以内に歩かないと、意味はないけど一応ね?



○月××日

 今日は飛竜が来て、そろそろ夏だなぁ。とか思いつつ、まさか昔馴染みの娼館狂いが来るとは思わなかった。

 ってか騎士団長にまでなっていたとは思わなかったが、偉くなっても俺に対して態度が変わっていなかったのが嬉しい。

 飛竜は例の魔法と例の矢、例の薬で処理をした。銀貨一枚くらいの魔石を使ったが、自前の魔力を消費しすぎると、だるくなるからこのくらいの出費は問題ない。

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