第35話 隣街の宿屋ごはん

 建物に入ると、髪を浅緑ライトグリーンの紐で束ねた受付の女性が、梨紗達を笑顔で迎えてくれた。


「宿屋”オール”へようこそ!」

「5泊、食事付きでお願いしたい。」

「5泊食事付きですね。……って、ねこぉ!?」


 受付の女性はギルの肩に乗った梨紗を見て大げさに両手を挙げた。どうやらユーモアのある人のようだ。


 そんな時でもギルの鉄壁の無表情が変化する様子はなかった。


「猫です。」

「ねこ……猫ですね! では、猫ちゃん付きで銀貨2枚と銅貨5枚になります。夕食が出来たら合図を出しますので、一階に集まってください。あまり遅い場合は私が残さず食べちゃいますよ。」

「……了解した。」


 部屋の鍵を渡されたギルはどや顔のお姉さんに困惑しながらも、鍵に書かれている部屋番号”202”を見て階段を上った。202号室は上ってすぐ左手にあった。


 扉を開けると、きれいに整えられた麻の布団と藁の寝床、人一人分のスペースと、壁に小窓が取り付けられていた。


 梨紗はギルの肩から飛び降りると、真っ先に窓へ駆け寄った。しかし、窓は不透明だったので、ここから外の景色を見ることはできなかった。残念。


 ギルは背負っていた荷物と刃渡りの長い剣を降ろすと、大きく伸びをしてゴロンと転がった。


 窓の外が見えなくてしょんぼりした梨紗は、さりげなく特等席麻の上を陣取った。


 梨紗はしばらくの間、荷物の整理をしているギルを観察していると、不意にとフライパンを叩く音がして、梨紗は1メートル程飛び上がった。


 梨紗は誤魔化ごまかすように逆立ったしっぽの毛づくろいをした。


 基本的に無表情なギルは、いつも通り動じることはなく、荷物を背中に背負って梨紗をひょいと持ち上げた。肩乗り猫リターンである。


 1階に降りて広めの食事スペースに向かうと、人がまばらに集まって楽しそうに食事をしていた。


 肉を焼くおいしそうな匂いが梨紗の元まで漂い、梨紗のテンションは見る見るうちに上がった。素敵ステーキ


 ギルがそこはかとなくほほえんで梨紗を見た。4人掛けの席についてお店の人が来るのを待った。そわそわ。


 しかし、待ちきれなかった梨紗は、近くにいる3人の冒険者グループの内最年長であるお兄さんが今まさにステーキを口に入れる瞬間を目を皿にして見ていた。


 ものすごく食べずらそうにしていたお兄さんは、とうとうステーキを皿に戻すと、付け合わせのパンをちぎって梨紗に分けてくれた。


 梨紗がパンを美味しそうに食べている間に、ギルは冒険者のお兄さんに銅貨を2枚渡そうとしたが、受け取るか受け取らないかでわちゃわちゃしていた。


 最後まで銅貨を受け取らなかったお兄さんは、さわやかにサムズアップをしてステーキを食べた。相当お腹がすいていたようである。

 

 その後、あっという間にごはんを食べ終えたギルと梨紗は、暗くなった部屋に戻ってそれぞれ身だしなみ毛づくろいを整えると、藁の寝床に入って土色の天井を見上げた。


 梨紗は、これからの冒険を楽しみにする気持ちでいっぱいであった。しかし、頭の片隅では、静謐な空気を漂わせた竹林が忘れられないのだった。

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