名探偵になりたいヒカコと怪盗猫男爵

和響

第1話

 都内某所。だだっ広い敷地にまるでお城のような豪邸。ここは、その名も金有財閥かねありざいばつのお屋敷である。


 さて、このご立派すぎるお屋敷の一階にある客間では、この家の主人あるじ金有夫人かねありふじんと、一人の少女が話をしている。


「あなたが、かの有名な探偵一族、謎道なぞみち一族の当主?」


「いかにも、この私が、かの有名な探偵一家、謎道一族の名探偵ヒカコです」


 小学校の卒業式で着るような袴姿はかますがた、頭には黒いキャスケット帽子、黒縁の丸いメガネをかけているこの少女は、どんな難事件でも解決してしまうことで有名な探偵一族、謎道一族の、ヒカコである。


 主人の老婦人は、疑いに満ちた目で名探偵ヒカコを見つめ、静かに、「本当にあなたで大丈夫なの?」と聞いた。ヒカコは自信たっぷりに答える。


「もちろんです。つい先日も難事件を解決しました。では奥様、怪盗猫男爵が置いていったというカードは、今どちらに?」


 金有夫人は、「それじゃあ」と言いながら、名探偵ヒカコに柔らかい布張りの、いかにも高級なソファに座るように手で合図を出した。夫人もヒカコと向き合う感じでソファに座る。二人の間には、艶々つやつやとおいしそうな飴色あめいろをしたテーブル。その上には、白くて美しい薔薇がフラワーアレンジとして飾られている。


 その白い薔薇には興味がないのか、ヒカコは座ると同時にふかふかのソファに驚き、さりげなく身体を上下させているようだ。そんなところを見ると、やはり名探偵ヒカコはまだまだ中学二年生、といった雰囲気である。


「タカハシ、こちらにあのカードを」


 金有夫人が隣に立っていた執事のタカハシに声をかけると、執事のタカハシは白くて清潔そうな手袋をした手で、胸元からサッとワインレッドの光沢がある布を取り出し、それを名探偵ヒカコの目の前のテーブルに置いた。タカハシの白い手袋をはめた手がゆっくりとその布を開くさまは、これから起こる難事件をさらに謎多き世界へと導くための手招きのようにも見える。


――ゴクリ。


 自称、名探偵ヒカコは思わず唾を飲み込んだ。本物の名探偵にはまだなれるはずもない若干十四歳の自分に、果たしてこの難事件が解決できるのだろうかと思っているようだ。


――この難事件を絶対に解決して、お父様に認めてもらうんだもん!


 名探偵ヒカコはグッと身体に力を入れて、その怪盗猫男爵なるものが置いていったというカードを手にとった。みたところ、名刺サイズ、いいや、名刺よりも少し大きい。


「これですか……」


「はい。それが昨日の朝、わたくしの枕元に置いてあったのです。でも不思議なことに、タカハシに調べさせましたが、家の中から盗まれたものはありませんでした」


「ふむ……」


 灰色のザラッとしたカードには、怪盗猫男爵と思われる、猫がシルクハットを被り、片目の丸メガネをかけているロゴマークのようなものと、肉球らしきマークがついている。そこには一言、[お宝はいただいた]としか書かれていない。


「これを見る限り、なんのお宝を盗んだのかが、わかりませんね」


「そうなのよ。だから名声高き謎道家の名探偵さんにきていただいたんです」


「ええ。必ずこの謎といてみせます」


――うっそ、マジで全然わかんないって。なにこれ? ただのカードだって! えっと、考えろ考えろ、こういう時って、何かあるんだってば。水で濡らすと浮かび上がる文字とかさ、火であぶると浮かび上がる文字とかさ、あとなんだ?油? 紫外線ライト? そうそう、紫外線ライト持ってきた!まずは、カードを汚さないそれからだ!


 名探偵ヒカコはできるだけすました顔をしながら、胸元から一本の紫外線ライトを取り出した。百円ショップで売っている、俗にいう、《秘密ペン》というやつだ。


「奥様、こちらを試しても?」


「ヒカコさん、それは?」


「これは、紫外線ライトです。これを当てると文字が浮かび上がることがございます」


 名探偵ヒカコは、「では、早速」と言って、テーブルの上にカードを置き直し、百円ショップで売っている紫外線ライトで、そのカードを照らした。


――おもてのマークやらなんやら書いてある方は、何にも出てこないわね。残念!


「次は裏面を」


 名探偵ヒカコがそういってカードをくるりとひっくり返し、なにも書かれていない裏面に紫外線ライトを当てると、うっすらと青白い文字が浮かび上がってきた。


「「「おおおお!」」」


「ごほん、失礼。私の読み通りでしたわ。奥様」


「ええ、すごいわ。さすが若くても、名探偵一族のお嬢様」


 すっかり金有夫人も名探偵、いや、自称名探偵ヒカコのことを信用し始めたようだ。


「で、ここには、なんと書いてありますの?」


「ここにはですね、奥様、えっと、えっと……。し、しばしお待ちください、これは暗号文のようですので」


 そういって名探偵ヒカコはカードを見つめがながら眉間にシワを寄せた。カードの裏には、紫外線ライトに照らされて青白くひかる文字でこう書かれている。


『 たアぼたkaどたノ禾重たwonusUたンダ 』


――嘘でしょ? 全然わかんないって! もう、えっと、こういう時は、こういう時は、こういう時は……? なんかあったはずなのにぃー!


 考え込むフリをしながら内心焦りまくりのヒカコだったが、突然雷に打たれたようにひらめきの閃光せんこうが脳内に走った。


「はっ! 」


――こ、れは、もしかして、いいや、きっとそうよね、そうに違いない! なんだ! 簡単じゃないっ!


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